あの日あの時、花火と二人――覚醒の夜
高校最後の夏。
三人で過ごせる、最後の夏祭りだった。
「卒業したら、三人ともバラバラだな」
橋の上で、花火が始まるのを待ちながら高坂が言った。
「仕方ないでしょ」
隣にいる彼女が笑う。
高坂と彼女と黄泉代。
三人は幼い頃からずっと一緒だった。
同じ児童養護施設で育ち、家族のように過ごしてきた。
だからこそ、高校を卒業して離ればなれになることが、三人とも少し寂しかった。
「……あ」
黄泉代が腹を押さえる。
「また?」
「……ごめん。ちょっとトイレ」
「花火までに戻ってきなよ」
「分かってるって」
黄泉代は橋を離れていった。
その背中を見送った高坂は、隣の彼女を見る。
今しかない。
卒業すれば、もう三人でこうしていられる保証はない。
「なあ」
「ん?」
「俺……」
言葉が出てこない。
ずっと好きだった。
でも、怖かった。
告白して、もし振られたら。
今までの関係が壊れてしまう。
もし彼女に好きな人がいたら。
もし、それが黄泉代だったら。
そんなことまで考えてしまう。
「……俺、何やってんだ」
高坂は拳を握った。
言わなきゃ。
言いたい。
好きだと。
でも言えない。
その時だった。
遠くから黄泉代が戻ってくる。
高坂と目が合う。
黄泉代は、何かを察したように立ち止まった。
高坂は目を逸らす。
怖い。
誰か、助けてくれ。
――助けて。
声には出していない。
それなのに。
「……え?」
黄泉代には、聞こえた。
高坂の心の声。
助けて。
黄泉代は高坂を見る。
そして思った。
助けたい。
アイツを。
ずっと一緒にいた、友達を。
次の瞬間――
世界が反転した。
「――っ!」
気づけば、黄泉代は高坂の身体の中にいた。
「……なんだ、これ」
目の前に、彼女が立っている。
黄泉代は自分の手を見る。
自分の手じゃない。
高坂の手だった。
「俺……高坂に……?」
戸惑う暇もなかった。
彼女がこちらを見る。
「……高坂?」
黄泉代は答えられない。
彼女はじっと高坂の顔を見る。
そして、小さく呟いた。
「……翔?」
黄泉代の胸が跳ねた。
「……」
何も言葉が出ない。
「……」
黄泉代は黙った。
彼女は少しだけ寂しそうに笑った。
「ごめん・・・変なこと言って」
「……うん」
彼女は夜空を見る。
「私、言わなきゃいけないことがあるんだ」
「‥·何を?」
「私、好きな人がいる」
黄泉代は黙った。
「……誰?」
彼女は答えない。
ただ、遠く離れた黄泉代の姿を見つめる。
そして、ほんの少しだけ笑った。
「それは……言わない」
二人にとっては、その言葉だけで十分だった。
やがて、身体の感覚が戻ってくる。
「ありがとう」
高坂の声が聞こえた、気がした。
「ありがとう」
彼女も言った。
「アイツの代わりに、聞いてくれて」
「え?」
次の瞬間。
黄泉代の意識が、自分の身体へ戻った。
「……っ!」
橋の上。
高坂の身体にいたはずの黄泉代が、元の自分に戻っている。
そして――
「高坂?」
高坂が走り出した。
「おい!」
黄泉代も追おうとする。
だが、彼女に腕を掴まれた。
「待って」
「離してくれ!」
「高坂なら大丈夫だよ」
「違う!」
黄泉代は彼女の手を振りほどいた。
「俺は、アイツのそばにいてやりたいんだ!」
「……」
「ごめん!」
黄泉代は高坂を追いかけた。
河川敷。
花火の光に照らされながら
追う黄泉代と、逃げる高坂。
しばらく走った先。
高坂は一人、川沿いに立っていた。
「……バカやろう」
夜空を見上げる。
「花火・・・終わっちまったじゃねぇか」
高坂が泣き、そして微笑む。
「……ごめん」
黄泉代が隣に立つ。
「お前の気持ちを考えたら……俺の気持ちなんて……」
「……高坂」
「いいんだよ」
高坂は笑った。
「三人でいられた。それだけでよかったんだ」
そこへ彼女が追いついてくる。
「……ほら」
二人を見る。
「ふたりとも帰るよ」
「……おう」
「うん」
三人は並んで歩き出した。
その夜。
三人で見上げるはずだった花火は、もう終わっていた。
高坂はこの日のことを、この不思議な出来事を
誰にも言わずにいてくれた。
時々発動するこの能力を。
不気味がらずに、受け入れてくれた。
ずっとそばで見守ってくれていた。
俺は彼を、親友と呼ぶようになっていた。
――そして今。
「お、写真届いてるぞ」
事務所に届いた一枚の写真。
そこには、ウェディングドレス姿の彼女が写っていた。
幸せそうに笑っている。
高坂と黄泉代は、二人並んで写真を眺めていた。
「……幸せそうだな、あいつ」
「ああ」
少しの沈黙。
高坂が黄泉代を見る。
「お前、本当にあれでよかったのか……」
「……良いんだよ」
黄泉代は写真を見つめたまま答える。
「主人公の初恋は、叶わないって決まってんだよ」
「誰が決めたんだよ」
「俺」
「いつのだよ!」
「……あのときの」
「おまえ……」
二人は顔を見合わせる。
その時。
高坂のスマホがなる。
「助けてください」
一通の依頼
「……憑依代行、か」
数年前のあの夜から。
黄泉代の代行人生は、始まったのである。




