生まれる前の願い
「君は。」
春人の言葉が響く。
「最初から選ばれていた。」
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その言葉に。
胸の奥がざわついた。
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「違う。」
俺は言った。
「俺は。」
「特別なんかじゃない。」
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春人は少し驚いた顔をする。
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「なぜそう思う?」
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俺は答える。
「俺はずっと。」
「何者でもなかったからだ。」
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エキストラ。
落ち続けたオーディション。
名前すら覚えられない日々。
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もし。
最初から特別だったなら。
あんなに悩まなかった。
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春人は静かに笑う。
「君らしいな。」
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「付いて来い。」
俺たちは黄泉谷の奥にある古い研究施設跡へ向かった。
そこは。
父が最後にいた場所。
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地下へ続く階段。
錆びた扉。
その奥に。
一つの部屋があった。
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中央には古いカプセル。
そして。
大量の記録。
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高坂が資料を拾う。
「これ……。」
「全部、翔のことだ。」
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俺は震える。
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『黄泉代翔』
『出生前検査』
『能力反応』
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「出生前……?」
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春人が答える。
「君の母親は。」
「能力の影響を受けていた。」
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「待て。」
俺は遮る。
「じゃあ。」
「俺は生まれた時から……。」
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春人は首を振った。
「違う。」
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「君の父親は。」
「それを恐れた。」
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記録には父の言葉が残っていた。
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『この子に能力を背負わせてはいけない。』
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『普通の人生を歩ませたい。』
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『誰かの痛みを背負う人生など、親が望むものではない。』
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俺は黙って読む。
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父は。
俺に力を与えたかったわけじゃない。
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ただ。
守りたかった。
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「じゃあ。」
俺は聞く。
「なぜ能力が発現した。」
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春人は答えた。
「君が。」
「誰かを助けたいと願ったからだ。」
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五歳の記憶。
観覧車。
詩織。
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あの日。
俺は初めて。
心の底から願った。
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『助けたい』
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その願いが。
眠っていた能力を目覚めさせた。
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「能力は。」
春人が言う。
「血ではない。」
「願いだ。」
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「だから。」
「君は選ばれたんじゃない。」
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「君自身が。」
「選んだんだ。」
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その時。
施設全体が揺れた。
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「なにか来る!」
黒瀬が叫ぶ。
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扉の向こう。
足音。
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現れたのは。
写世の兵士。
そして。
一人の女性。
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俺は息を止める。
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「……母さん?」
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写真でしか見たことのない顔。
でも。
分かる。
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母だった。
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しかし。
様子がおかしい。
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彼女の目には。
何も映っていない。
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春人が呟く。
「成功したのか。」
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黒瀬が睨む。
「何をした。」
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春人は答えない。
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女性がこちらを見る。
そして。
静かに言った。
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「翔。」
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「久しぶり。」
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俺の身体が固まる。
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「……嘘だ。」
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母親は笑う。
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「会いたかった。」
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その瞬間。
胸の奥で。
能力が反応した。
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分かる。
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この人は。
母さんだ。
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でも。
同時に。
違う。
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「あなたは……誰だ。」
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母親の表情が一瞬だけ歪む。
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春人が言う。
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「彼女は。」
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「君の母親の記憶を持つ存在だ。」
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「つまり。」
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「君の母親であり。」
「君の母親ではない。」
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俺は言葉を失う。
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春人は続ける。
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「これが。」
「私が追い求めた救済だ。」
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「失った人間を。」
「もう一度、作り直す。」
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俺は母を見る。
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「違う。」
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涙がこぼれる。
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「母さんは。」
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「そんな形で戻ってきてほしかったんじゃない。」
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母の瞳が揺れる。
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ほんの一瞬。
本当の感情が戻ったように見えた。
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そして。
小さな声。
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「……翔。」
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「逃げて。」
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その言葉と同時に。
施設の照明が落ちた。
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