空っぽの役者
「僕が全部、代わりに生きればいい。」
少年は笑った。
年齢は十六歳くらい。
整った顔。
穏やかな表情。
なのに。
目だけが。
何も映していなかった。
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「名前は?」
俺が聞く。
少年は少し考える。
「名前……。」
そして笑った。
「必要ですか?」
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その答えに違和感を覚えた。
「名前は必要だろ。」
「僕には。」
少年は自分の胸を指す。
「僕自身がないから。」
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春人が説明する。
「彼の名前は。」
「神谷透。」
「写世の中でも最高の能力適合者だ。」
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「適合者?」
高坂が警戒する。
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春人は言う。
「彼は誰に憑依しても。」
「自分を失わない。」
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俺は驚く。
「俺だって……。」
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「違う。」
黒瀬が言った。
「お前は。」
「必死に自分を守っている。」
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透は笑う。
「僕には守るものがない。」
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その言葉。
胸に刺さった。
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「最初に憑依した時。」
透は話し始めた。
「僕は父親になりました。」
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「父親?」
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「その人は。」
「家族を失って。」
「毎日泣いていた。」
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透は淡々と話す。
「だから。」
「僕が父親になった。」
「家族を笑わせた。」
「仕事も成功させた。」
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「みんな幸せになった。」
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「でも。」
透は首を傾げる。
「終わったあと。」
「誰も僕の名前を呼ばなかった。」
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「当然だ。」
「僕は。」
「誰でもないから。」
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俺は黙った。
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それは。
昔の自分に少し似ていた。
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エキストラだった頃。
名前も覚えられない。
ただ役を与えられる。
誰かになる。
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でも。
俺にはあった。
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役者になりたいという夢。
自分の名前。
黄泉代翔として生きたい気持ち。
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「透。」
俺は言う。
「お前は。」
「本当に何も欲しくないのか?」
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透は笑う。
「欲しい?」
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少し考える。
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「……分からない。」
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その瞬間。
初めて。
少年の顔が苦しそうに歪んだ。
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「分からない。」
「僕は。」
「何を好きだったのか。」
「何が嫌だったのか。」
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「誰かになるたび。」
「その人の人生が僕のものになる。」
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「最後に残るのは。」
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「空っぽだけです。」
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俺は拳を握る。
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「それは。」
「救いじゃない。」
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透を見る。
「お前は。」
「人を演じすぎた。」
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「だから。」
「自分を演じる方法を忘れたんだ。」
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透の目が揺れる。
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その時。
春人が口を開いた。
「翔。」
「君も同じ道を歩く可能性があった。」
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「もし。」
「最初に能力を使った時。」
「誰かの人生の方が幸せだと思っていたら。」
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「君は。」
「黄泉代翔ではなくなっていた。」
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沈黙。
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俺は透を見る。
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「俺は。」
「お前を助ける。」
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透が驚く。
「なぜ?」
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「お前が。」
「俺と同じだから。」
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「誰かになりたかったんじゃない。」
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「誰かに必要とされたかっただけだ。」
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透の表情が初めて崩れる。
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その瞬間。
村全体に警報音が響いた。
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春人の部下が駆け込んでくる。
「大変です!」
「黄泉代家の研究施設跡から反応が!」
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春人の顔色が変わる。
「……まさか。」
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「父親の最後の研究か。」
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黒瀬が聞く。
「何がある。」
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春人は答えた。
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「黄泉代翔が。」
「この世に生まれる前から。」
「父親が隠していたものだ。」
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俺は息をのむ。
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「俺が生まれる前?」
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春人は静かに言った。
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「君は。」
「偶然、能力者になったんじゃない。」
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「君は。」
「最初から選ばれていた。」
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