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帰る場所

「父親は……生きている。」


写世の男が残した言葉。


その意味を考え続けたまま、一週間が過ぎた。


神崎は入院。


黒瀬は写世の情報を追っている。


高坂は依頼をほとんど断っていた。


「少し休め。」


そう言われた。


---


俺は久しぶりに街を歩いた。


仕事でもない。


依頼でもない。


ただ歩く。


こんな日が、いつ以来だろう。


---


駅前のスクランブル交差点。


信号待ちをしていると、後ろから声がした。


「黄泉代さん!」


振り返る。


桐谷美咲だった。


帽子にマスク。


変装しているつもりらしい。


でも、全然隠せていない。


「お久しぶりです。」


「映画、見ました。」


そう言うと、彼女は照れくさそうに笑った。


「ありがとうございます。」


---


「そうだ。」


彼女はバッグから封筒を取り出した。


「これ。」


中には二枚のチケット。


『映画完成披露試写会』


「私の初主演です。」


「来てもらえませんか?」


---


俺はチケットを見つめる。


主演。


かつて憧れた場所。


少しだけ胸が痛んだ。


でも。


悔しさはなかった。


「もちろん。」


そう答えると、美咲は嬉しそうに頭を下げた。


---


別れ際。


彼女が振り返る。


「黄泉代さん。」


「私。」


「ようやく、自分を演じられるようになりました。」


その言葉に、思わず笑みがこぼれた。


「それが一番難しいんだ。」


---


その日の午後。


ライブハウスへ寄る。


ステージには三浦航が立っていた。


以前のような派手な演奏じゃない。


少し不器用で。


少し荒削り。


でも。


楽しそうだった。


演奏が終わると、彼は客席の俺に気付いた。


「今日は。」


笑いながら言う。


「ちゃんと俺が弾きました。」


---


夜。


公園。


ベンチには森川修一が座っていた。


隣には、亡き妻との写真。


「まだ毎日来るんですか。」


俺が聞くと、森川さんは頷いた。


「ええ。」


「でも。」


写真を見つめて笑う。


「最近は報告が増えました。」


「ありがとう、じゃなく。」


「今日はこんなことがあったよって。」


---


俺は空を見上げる。


みんな。


ちゃんと自分の人生を歩いている。


俺が救ったんじゃない。


自分で歩き出したんだ。


---


その夜。


事務所へ戻ると、高坂が珍しく難しい顔をしていた。


「……どうした?」


机の上には、一枚の古い地図。


赤い丸がいくつも付いている。


「黒瀬からだ。」


「写世のアジトか?」


「違う。」


高坂は首を振る。


「お前の父親が。」


「最後に目撃された場所だ。」


---


地図を見る。


山奥。


小さな村。


名前は、


**黄泉谷よみだに。**


「黄泉谷……?」


俺は初めて聞く地名だった。


---


高坂が資料をめくる。


「不思議な村なんだ。」


「戸籍上は存在する。」


「でも。」


「地図から消えたり現れたりする。」


「どういうことだ?」


「誰も長く住まない。」


「そして。」


一枚の写真を差し出した。


---


古びた鳥居。


その前に立つ男。


後ろ姿だけ。


でも。


分かった。


父さんだ。


---


写真の裏には、父の字。


『ここが、すべての始まりだった。』


---


「始まり……。」


俺が呟く。


その瞬間。


黒瀬から電話が入る。


「翔!」


珍しく焦った声だった。


「その村へ行くな!」


「え?」


「もう写世が動いてる!」


通信が乱れる。


『……聞こえるか。』


『黄泉谷には——』


そこで電話は切れた。


---


部屋が静まり返る。


高坂が小さく息を吐く。


「どうする?」


俺は迷わなかった。


「行く。」


---


窓の外では雨が降り始めていた。


まるで。


新しい旅の始まりを告げるように。



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