俺は誰だ
闇だった。
どこまでも暗い。
自分が立っているのか。
座っているのか。
それすら分からない。
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『ありがとう。』
誰かの声。
森川修一。
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『もう一度、お父さんと呼べた。』
翔太。
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『私、自分を好きになれそうです。』
桐谷美咲。
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『音楽が怖くなくなった。』
三浦航。
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次々に声が響く。
助けてきた人たち。
その記憶。
感情。
笑顔。
涙。
全部が俺の中へ流れ込んでくる。
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「やめろ……。」
耳を塞ぐ。
でも止まらない。
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今度は知らない声。
父。
母。
詩織。
幼い頃の俺。
全部が混ざる。
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「違う!」
叫ぶ。
「これは俺じゃない!」
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その時。
暗闇の向こうから、小さな足音が聞こえた。
振り向く。
そこに立っていたのは。
五歳くらいの男の子。
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幼い俺だった。
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「お兄ちゃん。」
その子は笑う。
いや。
違う。
俺だ。
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「……お前。」
幼い俺は首を傾げる。
「どうして泣いてるの?」
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「俺は。」
言葉に詰まる。
「俺が誰なのか。」
「分からなくなった。」
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幼い俺は少し考えて。
笑った。
「じゃあ。」
「思い出そう。」
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周りの景色が変わる。
舞台。
照明。
拍手。
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高校時代。
演劇部。
初めて主役を演じた日。
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『演じるって、面白い。』
若い俺が笑っている。
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さらに景色が変わる。
オーディション。
落選。
また落選。
エキストラ。
誰にも名前を覚えられない。
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『才能ないよ。』
誰かに言われた。
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胸が痛む。
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「でも。」
幼い俺が言う。
「それでも。」
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景色がまた変わる。
第一話。
震える新人女優。
俺は自然と身体が動いた。
『助けたい。』
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第二話。
父親。
第三話。
少年。
第四話。
老人。
次々に依頼人の顔が浮かぶ。
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幼い俺が笑う。
「全部。」
「お前が選んだんだよ。」
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「選んだ?」
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「誰にも頼まれてない。」
「お金のためでもない。」
「有名になるためでもない。」
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「お前は。」
「助けたかっただけ。」
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涙がこぼれる。
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そうだ。
俺は。
役者になりたかった。
でも。
主役になりたかったからじゃない。
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誰かの人生を。
本気で理解したかった。
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だから。
演じたかった。
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だから。
この能力に惹かれた。
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「俺は。」
静かに呟く。
「黄泉代翔だ。」
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その瞬間。
暗闇に光が差した。
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現実。
倉庫。
高坂が必死に俺の肩を揺する。
「翔!」
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俺はゆっくり目を開ける。
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「……戻ったか。」
黒瀬が息を吐く。
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神崎は安心したように笑う。
「耐えたか。」
「普通なら。」
「二度と戻れなかった。」
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俺はゆっくり立ち上がる。
頭は痛い。
でも。
不思議と心は静かだった。
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写世の男が笑う。
「面白い。」
「壊れなかったか。」
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俺は男を見る。
怒りはあった。
でも。
飲まれなかった。
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「俺は。」
静かに言う。
「誰かになるために生きるんじゃない。」
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「誰かを理解するために。」
「演じる。」
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その言葉を聞いた高坂が笑う。
「やっと言えたな。」
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俺も笑った。
「役者になる夢。」
「まだ諦めてなかった。」
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その瞬間。
神崎がファイルを閉じる。
「それでいい。」
「能力者に必要なのは。」
「自分が何者かを忘れないことだ。」
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「あっけなかったな神崎。」
「だが、状況は変わらない。」
「君たちは抗えない。」
写世の男たちは。
銃口を向けている。
背後から迫りくる足音。
「なぁ高坂」
「あぁ、終わりだな」
二人は苦笑う。
黒瀬は戸惑っている。
「間に合った」
「黄泉代!!」
「助けに来たぞ」
その声には聞き覚えがあった。




