父が残したもの
『絶対に能力は継がせない』
写真の裏に書かれた父親の文字。
その一文が、頭から離れなかった。
「……俺に」
「この力を持たせたくなかった?」
俺は呟く。
だったら。
なぜ。
俺はこの力を持っている?
研究施設から戻った夜。
俺は久しぶりに実家の押し入れを漁った。
古いアルバム。
手紙。
父親の遺品。
今まで見ようとしなかったもの。
そこに。
一冊のノートがあった。
表紙には。
『翔へ』
と書かれていた。
手が震える。
父からの手紙。
俺はゆっくり開いた。
『翔へ』
『もし、このノートを読む日が来たなら』
『私はもう君のそばにはいないのだろう』
胸が苦しくなる。
父親の震えた字。
初めてだった。
『お前に謝らなければならないことがある』
『私は、お前に普通の人生を歩んでほしかった』
『誰かの痛みを背負う人生ではなく』
『自分自身の人生を生きてほしかった』
ページをめくる。
『この能力は、人を救う力ではない』
『使う者の覚悟を試す力だ』
俺は息を止める。
『誰かの人生を知れば』
『その人の苦しみも、自分のものになる』
『優しい人間ほど壊れてしまう』
そこで文字が乱れていた。
まるで。
父親が苦しみながら書いたように。
『だから私は願った』
『君だけは、この力を持たないように』
ページの最後。
一文。
『それでも、もし君がこの力を使っているなら』
『どうか、自分を犠牲にするな』
俺はノートを閉じた。
翌日。
高坂の事務所。
俺は黙っていた。
「どうだった?」
高坂が聞く。
「父さんは」
俺は答える。
「俺を守ろうとしてた」
「でも」
拳を握る。
「俺はもう、この力を使ってる」
高坂は言う。
「辞めるか?」
その言葉。
少しだけ心が揺れた。
辞めれば。
普通の生活に戻れる。
役者を目指して。
自分の人生だけを生きる。
それも悪くない。
でも。
頭に浮かぶ。
桐谷美咲。
森川さん。
朝倉さん。
助けを求める声。
「……無理だ」
俺は言った。
「何が?」
「見なかったことにはできない」
高坂は笑った。
「お前らしいな」
その時。
事務所のドアが開いた。
入ってきたのは。
黒瀬だった。
「話がある」
俺は警戒する。
「何だ」
黒瀬は一枚の資料を置いた。
「神崎について調べた」
「奴はまだ何かを隠している」
資料には。
神崎冬馬の研究記録。
そして。
一枚の写真。
そこに写っていた人物。
俺の父親。
そして。
もう一人。
若い神崎。
二人は昔。
同じ研究をしていた。
「昔は仲間だったようだ」
黒瀬が言う。
「でも、ある事件で別れた」
「何があった?」
黒瀬は黙った。
そして。
「君の母親だ」
胸が跳ねる。
「神崎は、君の母親を救おうとした」
「君の父親も同じだった」
「だが」
黒瀬の表情が曇る。
「二人の考えは違った」
「父は何を選んだ」
俺が聞く。
黒瀬は答える。
「失うことを受け入れること」
「神崎は?」
「失うことを許さなかった」
沈黙。
その時。
スマホが鳴った。
知らない番号。
出る。
『黄泉代翔君』
神崎の声。
『君のお父さんが隠した真実を知りたくないか』
俺は黙る。
『君の母親は』
神崎は続ける。
『本当に死んだわけではない』
息が止まる。
「……何?」
『会わせてあげよう』
『君の母親に』
電話が切れる。
高坂が言う。
「行くな」
黒瀬も。
「罠だ」
分かっている。
きっと罠だ。
でも。
母親。
一度も覚えていない人。
写真でしか知らない人。
俺の中で。
初めて。
能力とは関係ない願いが生まれた。
「……会いたい」
その瞬間。
胸の奥が熱くなる。
俺は初めて気づいた。
今まで。
誰かを助けたいと思っていた。
でも。
俺自身も。
誰かに助けてほしかったんだ。




