もう一人の憑依者(アナザーゴーストアクター)
「君が――次の憑依者か」
その男は、そう言った。
俺は警戒しながら聞く。
「あなたは誰ですか」
男は笑った。
「名前くらい名乗ろうか」
少し間を置く。
「黒瀬零」
「君の父親と、一緒に仕事をしていた男だ」
俺の父親。
その言葉だけで、胸がざわついた。
「仕事って何ですか」
黒瀬は答えなかった。
代わりに。
「君は何のために能力を使っている?」
そう聞いてきた。
「……人を助けるためです」
俺が答えると。
黒瀬は笑った。
「甘いな」
「甘い?」
「人間は弱い」
黒瀬は言った。
「自分の人生すら、自分で選べない」
「夢を諦める人間」
「過去に縛られる人間」
「間違った道を進む人間」
「そんな人間を、ただ見ているだけか?」
俺は黙った。
黒瀬は続ける。
「俺なら救える」
「その人間になって」
「正しい人生を歩ませる」
俺は眉をひそめた。
「それは救うんじゃない」
「何だ?」
「奪ってるだけだ」
黒瀬の目が変わる。
「君も同じだろう?」
「誰かの身体を借りて」
「誰かの人生を経験して」
「自分が満たされているだけじゃないのか?」
その言葉。
胸に刺さった。
俺は反論できなかった。
昔。
俺は確かに思った。
主役の身体になった時。
このままでいいんじゃないか、と。
能力は、人を救うためだけじゃない。
自分の欲望にも使える。
「君の父親も最初は同じだった」
黒瀬は言った。
「人を助けたいと思っていた」
「でも」
「ある出来事で変わった」
「何があったんですか」
聞く。
黒瀬は静かに答えた。
「救えなかった」
「大切な人を」
その言葉に。
俺は息を止めた。
黒瀬は一枚の写真を出した。
そこには。
若い父親。
そして。
知らない女性。
「この女性は?」
俺が聞く。
黒瀬は答える。
「君の母親だ」
写真を見る。
母親。
そして父親。
二人は笑っていた。
「君の父親は」
黒瀬が言う。
「妻を救うために能力を使った」
「だが」
「救えなかった」
俺は黙った。
父も。
この力で苦しんだのか。
その時。
黒瀬のスマホが鳴った。
「依頼だ」
「依頼?」
黒瀬は俺を見る。
「見せてやる」
向かった先。
そこには一人の青年がいた。
名前は、
三浦航。
才能あるミュージシャン。
しかし。
ステージに立てなくなっていた。
過去の失敗が原因だった。
「この人を助ける」
黒瀬は言った。
「どうするつもりですか」
「簡単だ」
黒瀬は笑う。
「俺が、この男になる」
「待て」
俺が止める。
「本人は望んでるのか?」
黒瀬は答えなかった。
青年の前へ行く。
黒瀬は手を伸ばす。
しかし。
能力は発動しない。
当然だ。
本人の願いがない。
「やはりな」
俺が言う。
「できない」
黒瀬は笑った。
「だから」
彼は青年の耳元で囁いた。
「願わせる」
その瞬間。
青年の表情が変わる。
黒瀬が何かを言った。
不安。
恐怖。
罪悪感。
それを利用した。
「もう一度、人生をやり直したくないか?」
青年の目から涙が落ちる。
「……助けて」
能力が発動する。
黒瀬の身体が光る。
俺は驚いた。
「そんな……」
黒瀬は青年になった。
そして。
その瞬間。
彼は笑った。
「これだ」
「この感覚だ」
演奏が始まる。
圧倒的だった。
技術。
表現力。
観客は熱狂する。
でも。
俺には分かった。
これは。
青年の喜びじゃない。
黒瀬の満足だ。
演奏後。
青年の身体から戻った黒瀬は言った。
「見ただろ?」
「これが救いだ」
俺は首を横に振る。
「違う」
「何が違う」
「その人の人生を、その人から奪ってる」
黒瀬は笑った。
「なら聞こう」
「君は?」
「君は本当に一度も、他人の人生を羨ましいと思わなかったか?」
答えられない。
帰り道。
高坂が言った。
「大丈夫か?」
俺は歩きながら答える。
「分からない」
「俺のやってることも」
「本当に正しいのか」
夜。
鏡を見る。
自分の顔。
黄泉代。
でも。
ふと思う。
もし。
俺がこの身体じゃなく。
もっと才能のある誰かだったら。
もっと恵まれた人生だったら。
その時。
スマホが鳴る。
黒瀬からだった。
メッセージ。
『君の父親は、最後に何を選んだと思う?』
続けて一文。
『自分の人生を捨ててでも、誰かを救うことだ』
俺は画面を見つめる。
そして。
初めて思った。
この力は。
本当に祝福なのか。
それとも――
呪いなのか。




