表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人さらいと辻斬り将軍 〜徳川家光を誘拐したらなぜか懐かれて道連れに〜  作者: しんの(C.Clarté)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/30

第二十四話 隠れ家(5)ひとつの掻巻を二人で分け合って

 竹千代が指摘した「孫を謀略の道具に使ったのではないか」という疑念は、ある意味、当たっていた。

 確かに、ハチはじっちゃんにだまされていたのだが、それは孫娘の幸福を願い、流刑地の島から救い出すための命がけの嘘でもあった。誰が責められようか。


「……そなたは、八重姫というのだな」


 竹千代がふっと微笑んでそう呼ぶと、ハチは真っ赤になって顔を逸らした。


「ちょ……、やめてよ」

「どうして? 美しい名ではないか」

「私は姫なんて柄じゃない。今の私は『ハチ』だ」

「ふふ、そうだな」


 ハチの涙はすっかり引っ込み、いつもの調子で不機嫌そうに顔をしかめた。

 竹千代は可笑しそうに笑っていたが、少しだけ真面目な顔を取り戻すと、しばし見つめ合った。

 張り詰めていた空気がゆるみ、二人の掛け合いはいつもの心地よい温度に戻っていく。


「竹千代……」


 ハチは囲炉裏の炎を見つめながら、ぽつりと言った。


「ずっとこのままでいられないのは、わかってる」


 ハチだけではない。竹千代もまた、将軍宣下を受けるために京をめざしている身の上だ。


「いつかは、それぞれの場所にいかなきゃいけない。……でも、もう少しだけ。私は竹千代の相棒の『ハチ』でいたい。……いいかな?」

「……余も同じ想いだ。そなたの前では、ただの竹千代でいられる」


 二人は、どちらからともなく微笑み合った。


 山の夜は更け、囲炉裏の火が徐々に小さくなっていくと、炭焼き小屋のなかに容赦のない冷気が忍び寄ってきた。

 身につけていた小袖も袴も襦袢も干してしまい、身に纏っているのは埃っぽい大きな掻巻(かいまき)と、古びた(みの)だけだ。


 ハチが小さく肩を震わせ、寒そうに鼻をすする。竹千代は意を決したように、自分が羽織っていた蓑に手をかけた。


「ハチ、こちらへ来てくれるか……?」

「え?」

「このままでは凍えてしまう。……その、不埒な意味ではないぞ? ただ、暖を取るだけだ」


 長い沈黙——。いや、実際はほんの一瞬だったのかもしれない。

 ハチは碓氷関所での問いかけを思い出していた。正勝に「若の側室になる気はあるか?」と聞かれて、うろたえながら「そんなこと考えたこともない」と否定した。徳川の軍門に下るなんて絶対にあり得ないと、心の中で何度も言い聞かせた。

 だが、あれ以来、竹千代へ向ける想いが少しずつ変化していたのかもしれない。二人は忍び旅の道連れで、頼りになる相棒で、今や、弱さも甘えもさらけ出せる唯一の……。


「……うん、いいよ」


 竹千代は羽織っていた蓑を脇に置くと、ハチが体ごと包まっていた大きな掻巻の隙間に、滑り込むようにして体を割り込ませた。


 一枚の掻巻が、二人の体を包み込む。


「……っ」


 お互いの肌の温もりが下帯越しに伝わってくる。


 ハチの小さく強張った背中を、竹千代はそれ以上押し入ることはせず、ただ優しく包み込むようにして己の体を添えた。しなやかな体の輪郭、見た目以上に華奢で儚げな肩。しっとりと湿り気を帯びた髪からは、微かに雨と海の匂いがする。ハチもまた、竹千代の男らしくなりつつある引き締まった胸板と、その下で早鐘を打つ若い鼓動を背中に感じていた。


 暗闇の中、どちらからともなく、手をそっと手繰り寄せて指を絡ませた。


「……あったかいな、竹千代」

「……ああ、そなたも驚くほど温かい」


 外では、嵐の去った静寂の中に、虫の声が微かに響き始めている。

 二人はひとつの掻巻を分け合い、その中で繋いだ手の強さを確かめ合った。

 初心(うぶ)な二人にとってはあまりにも濃密で、どこまでも清らかな、特別な夜が、深く静かに過ぎてゆく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
⚠️アルファポリスで先行公開。2026年6月現在、歴史・時代小説大賞にエントリーしています。
▼『人さらいと辻斬り将軍 〜徳川家光を誘拐したらなぜか懐かれて道連れに〜』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/394554938/47053912
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ