第二十二話 隠れ家(3)宇喜多秀家の手紙
水分を吸った油紙を竹千代がゆっくりと剥がすと、かすかに潮の匂いが残る、ざらついた楮の半紙二枚が現れた。囲炉裏の橙色の光に照らされ、滲みかけた墨痕が浮かび上がる。
二人は息を詰め、そこに流麗な筆致で記された、じっちゃん──宇喜多秀家の言葉を追いかけた。
——改めて啓上いたします。
遠く隔たった八丈の島より、愛しき豪、そなたの元へこの文を届けます。
加賀の地にて、そなた、ならびに娘たちが息災に暮らしているか、日々に思わぬ時はありません。
去る秋の野分(台風)は凄まじく、島の田畑や漁具は大きな被害を受けました。されど、案じてくださるな。島のものらと共に汗を流し、どうにか日々を繋いでおります。
かつて備前を統べ、天下を争った頃、私はそなたと共に多くの艱難辛苦を味わいました。そなたへの尊き想いは今なお変わりませんが、この孤島で衣食に窮する苦労をそなたにかけずに済んでいることだけは、天の配剤、離れ離れで良かったのだと自らを慰める夜もございます。
さて、老い先短い私の、生涯最後の我が儘を聞いていただきたい。
関ヶ原ののち、男衆は八丈に流され、女衆は前田家へと別れてより、幾星霜が流れました。長男・孫九郎に娘が生まれたことは、以前の便りで知らせた通りです。
もし、この文がそなたの手元に無事に届いたならば、これを持参した若者こそが、私たちの孫娘、八重その人にございます。——
「……え?」
ハチの喉から掠れた声が漏れ、竹千代の手が否応なく強張る。
——男ばかりのむさくるしい環境で育ったゆえ、お転婆を通り越して男勝りな、いささか無鉄砲な娘に育ちました。されど、その心根は誰よりも優しく、また武家の子女としての最低限の作法と矜持は、私がこの手で一通り仕込みました。数えの歳も、そろそろ娘盛りを迎えます。
流罪人の子孫として、この何もない荒海の島で生涯を終えさせるには、あまりに惜しい、輝くような命にございます。直系の身内たる私や孫九郎が息災なうちに、この子の未来を開いてやりたいと一計を案じました。
どうか、かつての我が娘たちと同様、そなたの後見のもと、加賀の地で一人の女子としての幸せな暮らしを授けてはくれないでしょうか。
この件について、八重は何も知りませぬ。
もし真実を話せば、情の深いこの子は「島のものを見捨てて自分だけ御家復興の果実を得るわけにはいかない」と、頑として八丈を出なかったでしょう。ゆえに私は「飢饉支援を乞う嘆願書である」と偽り、この過酷な旅路へ使いに出したのです。騙すような真似をして、孫娘には本当に申し訳ないことをいたしました。
豪、どうかお頼み申し上げます。前田の殿(利常様)へは、追って私より正式な弁明の使いを出すつもりです。
忘らるる 時もなきをば いかにせむ
水鏡にぞ 影さえ見えて
(そなたを忘れる瞬間など一刻もないのに、この切なさをどうすればよいのでしょう。ただ静かな水面を覗き込むとき、そこに愛しいそなたの面影だけが、今も鮮やかに映るのです)
宇喜多八郎秀家——
ハチの視界が、みるみるうちに涙で歪んでいく。
「嘘、だろ……じっちゃん……」
囲炉裏の火がパチリと爆ぜ、しんと静まり返った小屋に、ハチの震える吐息だけが響く。竹千代は何も言わず、ただただハチの手を、壊れそうなほど強く握りしめていた。
(⚠️このページに書かれている宇喜多秀家の手紙(嘆願書)と文末の和歌はすべて作者の創作です)




