第二話 北桔橋門(2)矢文を射る
高貴なる人質「竹千代殿」を簀巻きにして船着場の小屋へ転がすと、人さらいは夜明け前の江戸城北側へと足を運び、石垣の影に身を潜めた。
北桔橋門はその名の通り跳ね橋で、普段は橋が上がっていて通行不能だ。
だが、人質を捕まえた夜から今に至るまで、橋は下ろされたままになっている。
もし、竹千代のふざけた名乗りが事実なら、夜歩きに出かけた若君が帰ってくるまで橋を下ろしておく慣わしなのだろう。日常的に城下で夜遊びしているなら、まだ誘拐はばれてないのかもしれない。だが、時間の問題だ。今さら引き返すことはできない。
辺りの様子をうかがう。
物見の櫓が無人ということはないだろうが、今夜の見張り番は居眠りでもしているのか、まったく気配を感じない。
ただ、湿った夜気を含んだ不気味なほどの静寂が、石垣の隙間から這い出してくる。
跳ね橋や櫓の見張りよりも、北の丸にそびえる大天守の方がはるかに恐ろしい。
日中にあの高さから見下ろせば、身を隠す場所は皆無だろう。
人さらいは、夜陰に乗じて侵入するか迷っていた。ふところには、墨のにじんだ奇妙な脅迫状がある。
(東軍の総大将の孫……か)
なんと数奇な運命だろう。
まさか自分がさらった相手が、徳川家康の孫――次期将軍・徳川家光その人であったとは。
人さらいは、祖父の武勇伝を子守歌のように聞きながら育った。
祖父の手はあたたかく、眼差しは穏やかで、天下分け目の関ヶ原に参戦した武将とはとても思えなかった。
徳川に恨みはなく、敗者となったことに悔いもない。時の運とはそういうものだ。
何度となく、そう言い聞かされた。
祖父の言葉に嘘はないとしても、当時まだ元服前だった父は昔の暮らしぶりが忘れられないようで、今のみじめな暮らしを嘆いてはたびたび塞ぎ込んでいる。
流刑先で百姓同然の暮らしに甘んじている身からすれば、やはり徳川一門は不倶戴天の敵だ。
少しくらい恨んでもバチは当たるまい。
だが、あの船着場で「人質の作法がわからなくて」とのたまった幼さの残る顔を思い出すと、どうしても敵意が湧かない。
罪人の孫と蔑まれようと、私怨で無抵抗な者を手に掛けるのは名門の末裔としての矜持が許さなかった。
人さらいは石垣のかたわら、土塁に生えている黒松に狙いを定めた。
息を潜めながら小型の弓矢を取り出すと、脅迫状を結びつけた矢文を放った。
弦が「ブン」と短く空気を震わせる。
その手つきは淀みなく、姿勢は凛としている。
ただの賊にしてはあまりにも筋が良すぎる。
かすかな風切音は、大天守の高みまでは聞こえないだろう。
なおもしばらく様子を窺ったが、拍子抜けするほど人の気配がない。
こうも反応がないと、こちらの居場所がばれる心配よりも、犯行に気づかれない心配の方が上回ってくる。
矢文を射たところを目撃されるのはまずいが、目立たなすぎて、身代金を引き渡す刻限までに脅迫状が誰にも見つからないのも困る。
(念のため、大手門の石垣にも放っておくか)
曲輪を回り込むころには、夜がすっかり明けていた。
夜の北桔橋門の静寂とは正反対に、大手門付近は早朝から騒がしく熱気に包まれていた。
「上洛軍本隊の出発だ!」
どこからともなく声が聞こえた。
江戸城の正面にある大手門が大きくひらかれ、数千の足音が地響きとなって伝わってくる。立派な馬揃いの武者行列がどこまでも続く。朝日に照らされた無数の甲冑がギラギラとまぶしく、ツンと鼻を突く馬の匂いが風に乗って流れてきた。
頭を下げなくても咎められないよう、遠巻きに野次馬している町人たちに紛れて観察していると、早馬が颯爽と通り過ぎ、勇ましい行列の中では比較的ゆるゆると進んでいた輿のひとつが引き止められた。
早馬の騎手はあわただしく下馬すると、腰を落として駆け寄った。
輿の引き窓がひらくと、蒼白な顔色の女性が見えた。騎手が何事かを耳打ちすると、その女性は今にも泣き出しそうな様子で、祈るように手を合わせた。その手には数珠が絡まっている。
(……あいつの母親か)
彼女が悲痛な表情を浮かべる原因は、説明するまでもない。
今さらながら、「身代金目的の誘拐」という罪の重みを自覚し、胸を突かれた。
(ごめんなさい。あなたの息子さんは必ず返しますから)
人さらいは心の中で深く詫び、逃げるようにその場を立ち去った。




