8 匿名の向こうの悪意
水子に呪われて顔出しできないんでしょw
保留中のコメントたちの中にあったそれを俺は凝視していた。伊東たちからネットの噂をきいてから、水子、という言葉をNGワードにすることにしたのだが、その言葉が入っているコメントを周防自身の配信で見るのは初めてだった。
そして、そういうコメントは一つだけではなかった。幾つかあった。とはいえ、同じ人間の書き込みだ。
このことを社長や副社長と共有するのは当然だが、周防とはどう話すべきか。
俺がそう思い悩んでいると、俺のスマホが鳴った。かけてきたのは鈴木だった。
「津和主任、今、周防さんの配信の保留コメントを見てますか」
見ている、と俺が言うより先に、鈴木は叫ぶように言った。
「絶対に、保留されているコメントを消さないでください。証拠として保存して、開示請求しないと!」
「わかってる。コメントを消したりはしないから。というか、すぐに証拠を記録すればいいんだろ」
「あ、そうですね。そうだ。……はい、今、スクリーンショットを保存しました。でも、コメント自体も消さないでくださいね。それで、貝塚先生に相談しましょう!」
貝塚先生というのは、うちの事務所の顧問弁護士だ。開示請求やなんかでいつもお世話になっている。
と、俺の後ろで周防の声がした。
「貝塚先生がどうかしましたか」
振り返ると、周防がいた。
「いや、これは」
保留コメントのことを周防にどう話すか決めていなかった俺は、頭の中が混乱していた。
そんな俺に周防は、
「行道くんの声がきこえましたが。電話の相手は行道くんですよね。また何かネットに書き込みでもされていましたか」
そう言いながら、周防は俺のパソコンを覗きこんだが、保留されているコメントを見て、なるほど、と呟く。
「確かに貝塚先生にお願いする案件ではありますね。まあ、本当に開示請求するかはまた考えますか」
すると、周防の声が電話越しに聞こえていたらしい鈴木が、興奮した様子で怒鳴ってきた。
「絶対にしないとダメですよ!何悠長なことを言ってるんですか!」
俺はもうスマホを耳に当てていられなくて、スマホをスピーカーモードに切り替えると、周防の前に差し出した。周防は淡々と、
「そんなに大きな声を出したら近所迷惑になりますよ。もうすぐ帰りますから、それからまた話しましょう」
周防はやがて帰っていき、俺も帰った。事務所から近い場所に住んでいるので、帰るのも簡単だ。
社長と副社長には簡単に事の次第をメッセージで送った。様子を見よう、という返事が社長から返ってきた。確かに、まだ様子見でいいとは思う。
土曜日は普通に休みをとった。健吾とは時間が合わず、俺は一人で巧の例のサーバに潜ると、アレクシスを相手に一日中、ゲームの練習をした。日曜日も軽くゲームの練習。こちらは普通にVEMでエイムの練習をした後、野良参加だ。
夜は、メルザイオスのユニットチャンネルの配信を、モデレータとしてコメントのチェックをしながら視聴する。
その日は、鴫沢レンと司の出演だった。
話題は、まずは周防の次回の歌枠への反響についてだった。あの告知から二日経っているが、界隈ではものすごく話題を呼んでいた。周防の歌のうまさは以前から有名だし、VTuberとしてデビュー後すぐに発表したオリジナル曲もものすごい勢いで再生回数を上げている。俳優をしていた頃にはオリジナル曲をリリースしたことがなかったが、VTuberとしてオリジナル曲を発表して、それがまさかここまでになるとは、本人も思っていなかったくらいだ。
ただやはり、Vのガワを被ってではなく、周防には顔出しで歌ってほしいとの意見が周防が参加していないユニットチャンネルのこの配信でも多数みられた。
そういうコメントが来たらどう対応するかについては事前に打ち合わせ済みで、最初は軽くスルー、幾つか見られた場合に、
「それは僕らに言われてもね」
というくらいにとどめてあとは触れない、ということで終わらせることにしていた。
レンも司も打ち合わせ通りに対応し、話題は、火曜日のレンの配信への巧のゲスト出演に移った。心なしか、コメント欄の勢いが落ち着いた気がするが、それでもコメントはどんどんつく。
一番多いのは、本当に巧は一人でレンの配信に出られるのか、だった。
それらのコメントを読んで、司が苦笑気味に、
「なんか、みんな巧のことどう思ってるかがよくわかるよね。まだデビューして少ししか経ってないのに」
「巧さんは、今度のゲストのこと何か言ってる?」
「んー、トークデッキを作ってるよ」
「トークデッキ?僕の配信に出てもらうんだから、僕の方で準備するものなんじゃないの?」
「別にいいんじゃない?巧は、自分がゲストに行って、レンくんのことを掘り下げてやるんだって言ってたから」
「それ、普通は逆でしょ。僕が巧さんを掘り下げていくものなんだってば。司さん、そのトークデッキの中身がどんななのか知ってる?」
「知らないよ。巧が一人で作ってるから。ちょっと訊いてはみたけど、教えない、って。楽しそうに作ってたよ」
「楽しそう……?なんか、嫌な予感がするなあ」
「そう?僕は楽しみだけどね」
「ひとごとだからそんなことを言えるんだよ」
レンの本気のため息に、司は苦笑し、
「まあ、レンくんのことを掘り下げる、っていうことなんだから、そういう感じの質問がくるんでしょ。それに、巧のことだから、きっと楽しい配信になると思うよ?」
「……きっとね?」
コメント欄は、レンを励ます書き込みで一杯だった。なんだか、ほっこりした気分で俺は画面を流れるコメントを見ていた。
配信が終わった後、俺はまた表示が保留になっているコメントを確認した。やっぱり、水子云々という書き込みはあった。
水子がついてる人と組んでユニット活動とか、イヤじゃない?
といった書き込みだ。コメント主のアカウント名は先日の配信と同じだ。相手が見えないようで見えている、というか、匿名の筈なのに、確かに相手の存在を感じる。
確かにこれは貝塚先生にお願いするようになるのかな、と思っていると、スマホに電話が入った。
司からの着信だったので、電話に出た俺は、配信お疲れ、と言おうとしたのだが、
「よう、ツカズ。お疲れ」
相手が巧だったのに面喰らった。そして、巧が言ってきた言葉に更に俺は面喰らう。
「なあ、水子って何の話だ」
と、巧は言った。




