1 ゲスト出演に向けて
鴫沢レンと司の配信後すぐに、司から俺のスマホに着信があった。
電話してきたのは巧で、司からの電話ではなかったことに面喰らう俺に、こう訊いてきた。
「なあ、水子って何の話だ」
ユニットの配信が終わったらすぐに巧たちはTwitchの配信に入ると思っていたのだが、今は司が少し休憩しているとかで、その間に電話をしてきたらしい。
俺は少し考えた。周防に関するネットの噂を、巧たちに話したことはあるか。この前、カラオケボックスに行ったときに、水子の噂の件で記者が動いているというのは健吾に伝えたが、健吾は巧に伝えていなかったらしい。
とはいえ、巧は周防に憑いているモノが何か分かっている。だから、伝えて問題はないだろう。
というか、何で巧がそんなことを訊いてきたのか不思議に思い、
「いきなりどうしたんだ」
と訊くと、
「保留コメントの中にあったから」
言われて、そういえばこいつにモデレーター権限を与えたままだったのを思い出した。それでこいつは見たのか。
俺は巧に、ネットに流れている周防の噂を伝えた。すると、巧は鼻でわらった。
「水子?何だそれ。馬鹿馬鹿しい。もしかして、今回だけじゃなくて、周防単独の配信でもあんなコメント来てたのか」
「ああ。最近流れ始めた感じかな。なあ、真田さんにきいたんだが。周防くんの写真に映るあの影、守護霊っていうのは本当か」
「信じるかどうかはそっち次第だろ。それが本当のことだったとして、公にするわけにはいかないんだし」
「周防くんに伝えたらどうだろうか」
「それも意味ないだろ。ていうか、お前があいつにそう言ったとして、誰がそんなこと言ったんだって話になるだろ。で、お前が俺の名前を出した途端に、あいつはお前のことまで警戒し始めるぞ。俺のことを警戒するのは今更だけど、お前までそう言う目で見られるのはマズい。だからやめとけ」
……どうやら巧は、周防が自分を警戒していることに気付いているらしい。まあ、健吾ですら気付いているくらいだからなあ、わかるか。
「何故あんな影が映るのか、理由がわかったら安心すると思ったんだが」
「それは、俺が言うことが正しいとお前が思うからそう思えるだけで、周防からするとそうはならないだろ。で、どうするんだ?あのコメント、同じ奴が書き込んでるみたいだったけど」
「社長からは様子見だと言われている」
「まあ、あれだけじゃな。でもこうなると、もしかしたら火曜日のレンの配信にもこいつが書き込んでくるかもしれないな」
「かもしれない。……なんか、お前、楽しそうだな」
「そっか?まあ、別にあんな書き込みがあったからって気にはならないってだけだけどな。周防だってめげたりはしてないんだろ。あ、司が戻ってきた。じゃあな」
巧は電話を切った。これからTwitchの配信が始まるということなのだろう。
俺は画面をTwitchに切り替え、巧たちの配信を見た。相変わらず二人は例のわけのわからない言葉で配信をしていた。きいたことのない言葉の筈なのにどんなことを言っているのかわかるのが不思議で、俺は聞き入っていた。
週があけて例のコメントについて改めて社長や副社長と話した。
が、様子見という結論は変わらなかった。そこは予想外でも何でもなく、問題は火曜日に起きた。午後三時過ぎ、
「事務所の方針はどうなったんですか」
と、バイトのためにやってきた鈴木がマネジメント室の俺のところにやってきて迫った。
俺は、様子を見ることになった、としか言えなかったが、
「そんなの生ぬるいです。駄目です。徹底的にやらないと!」
絶叫する鈴木を、前島主任も含めたマネジメント室の他の社員が見る。例の書き込みの件は、前島主任には伝えてあったが、他の社員とは共有していなかった。かえって事を大きくするから、という副社長の判断だ。
俺が困っていると、部屋の入り口の側の壁を、コンコン、と軽く叩く音がした。
見ると、健吾がいた。今日は確かに配信の日だが、グラハムのマンションからやるんじゃなかったか?
健吾は戸惑った様子で、
「あの、今日の配信、こちらからやらせてもらえないかなって思って来たんだけど」
「それは構わないが。いつも使ってるところはどうしたんだ」
「んー、グラハムが来ていて、それは別にいいんだけど、お客さんも泊まっていて。配信をしてたら、きっと興味津々で、立ち会いたがると思うんだよね。止めようとしても、好奇心が勝ったらなんだかんだ言って部屋に入り込むような人で」
それは確かに困る。
俺は配信ブースの使用状況を確認した。空いているブースはあり、そこを予約しておく。
その間、鈴木はさっきのネットの書き込みのことは口に出さず、健吾をちらちらと見ていた。健吾は鈴木の視線に気づかない様子をしていたが、あまりにあからさまに見てくるのに無視もできず、何か?と訊いていた。
鈴木は少しためらいがちに、
「あの、氷上さんは写真を撮ったりされるんですか」
「写真……?まあ、スマホで撮るくらいは?でもそれは、誰だってやるでしょう」
俺はそんな二人の会話に割って入るように、
「健吾、ブースを押さえたぞ」
「ありがとう、ツカズさん。……本当は引っ越せばいいと思うんだけど、今のマンション、大学とかからも近くて、あんまりそういうことしたくないんだよね」
健吾が今住んでいる場所は便利だが、病院が近く、救急車の出入りが結構あるので、配信には向かない。賃貸で、防音室を設置することは断られているので、グラハムのマンションから配信をしているのだ。
「別に、事務所からでも配信はできるんだから、気にするな」
配信までは時間があるので、健吾がそれまで待機できるよう、別に部屋を確保した。俺は部屋の鍵を持って、健吾を案内した。そして、マネジメント室に戻ってみると、鈴木はマネジメント室からいなくなっていた。まあ、あいつの職場はプロダクト室だから、そっちに行ったのだろう。
平穏が戻った、と思い、俺はメールの処理に取りかかった。
そこからは平常運転で仕事を片づけることができた。うんうん、こういう日もないとな。
そのまま俺はマネジメント室の自分のデスクで、配信の開始時間より前から鴫沢レンのチャンネルにアクセスする。配信前のコメント欄はすでにいろいろ書き込まれていて、
巧って今日、本当に来るの?
ドタキャンとかあったりして?それとも司も連れてくるとか?
……うーん、本当に巧は自立できてないって思われてるのかな。ただのファンのからかいだといいんだが。このままだと、巧に良くないイメージがつきそうだ。
そして、午後八時に配信が始まった。
巧はきちんと配信に来ていた。それだけで、コメント欄が盛り上がる。
来た!ほんとに来た!
偉いなあ、一人で来た!
……本当に、巧は何だと思われてたんだ。
そして、コメント欄には、外国語の書き込みもかなりの数が流れてきた。司のチャンネルや司がユニットやレンのチャンネルの配信に出たときにも外国語のコメントはあったのだが、明らかにそれよりも多い。
レンも、驚きながらそのことに触れる。
「日本語以外の書き込みも多いね。司さんが来たときもあったけど」
「あー、なんか、Twitchのチャンネルの方で、俺のことは司が高性能のAIに喋らせてるだけなんじゃないかっていう疑惑があるみたいでな。この外国語で書いてる連中は、それを確かめに来た奴らって感じだな。おいお前ら、俺はAIじゃないからな!」
少し遅れて、外国語のコメントが盛り上がる。サイトの自動翻訳機能で、日本語をそれぞれの母国語に変換して追っているのだろうか。
レンは本気で吹き出していた。
「巧さんがAI……。うん、そんなの考えたこともなかった」
「そりゃ、お前は俺のこと知ってるから」
「そうだね。でも、リスナーのみんなは知らないから、知ってもらわないといけないよね。っていうことで、トークデッキ、用意しました」
「は?」
巧が意表を突かれたような、何とも言えない声を上げた。




