7 気になる書き込み
俺は慌てた。
「待ってください、例の心霊ロケがあった場所に行くつもりなんですか。撮影場所は変えるようにと周防くんからは言われたじゃないですか」
「ああ、撮影場所は変えますよ。僕がいうのは、脚本を書くための取材です」
「いや、そういう場所に行くこと自体が問題なんじゃないですか」
俺はそういうことの専門家ではないが、それがマズそうというのはわかる。
真中は俺の剣幕にバツが悪そうに、
「いやその、勿論、冗談ですよ。行ったりなんかしません」
もごもごと言うが、なんだか安心できない。
「絶対に、ですよ。とりあえず、周防くんには俺から話しますから」
「お願いします。……あの、プロデューサーからは、仕上がりをせかされていて、ですね」
「わかりました。なるべく早く周防くんに話します」
実のところ、今日、周防は配信のために事務所に来ることになっているので、タイミングとしてはとてもいいのだが、そのことは真中には伝えなかった。
真中は何度も頭を下げて帰っていった。
それを見送り、デスクにそのまま戻ろうとしたところで、俺は例のぬいぐるみを会議室に置きっぱなしにしていたことを思い出した。俺は会議室にぬいぐるみを取りに行くと、給湯室に持って行った。誰のぬいぐるみかはわからないが、少しでも早く洗っておくべきだろう。
俺は給湯室にあったは食器用洗剤でとりあえず洗ってみたが、あまり綺麗にはならなかった。洗ったぬいぐるみをタオルドライしていると、周防が給湯室に顔を覗かせた。
「こんにちは、津和さん。こちらにいるときいて来たんですけど、何をしているんですか」
「ああ、もうそんな時間か。ぬいぐるみを洗ってるんだよ。コーヒーのしみができて」
俺は、タオルでくるんでいたぬいぐるみの顔を、タオルからひょっこりと出すように見せた。周防は微笑する。
「なんか、愛嬌のあるぬいぐるみですね。これ、津和さんのですか」
「いや。事務所の忘れ物だな。誰のかわからないんだが、だからといって汚れたままにしておくというのも気分がよくなくて」
「なるほど。でも、コーヒーのしみだったら、その洗剤では落ちませんよ」
「そうなのか?」
「ええ。何だったら、僕が洗ってきましょうか」
「それはありがたいが。いいのか」
「いいですよ。その手のしみに効く洗剤なら、行道くんのところにたくさんあります」
俺はとりあえず配信が終わるまでぬいぐるみを乾かしておいて、帰り際に渡すことにした。
そして、配信が始まるまでの時間に真中からの用件を伝えた。周防は、できあがった脚本の監修はするし、撮影現場にスタッフを行かせることはする、との返事だった。つまり、対応は変わらないということだ。まあ、これで真中に頼まれたことはやったということでいいだろう。
周防の配信は午後八時に始まった。いつものように軽快なトークをやっていく。
周防がいつも事務所から配信しているので、自然、俺も金曜日の夜は事務所に遅くまで詰め、モデレータをしている。モデレータはほかに鈴木も務めていて、こちらは家からの参加だ。まあ、中学生の妹一人を夜遅くに一軒家においておくのが心配なのはわかる。
周防はいつも雑談配信をしているのだが、今回の目玉は来週の配信で歌枠をするという告知だ。
周防は最初、歌枠というものの存在を知らず、怪我で入院していた俺を見舞いにきたときに、良い機会だからと今後の配信の内容を打ち合わせた中で、そういうモノがあると伝えると、すぐさま飛びついてきた。歌える曲のリスト作成もあっという間で、そこから音源の許諾を簡単に得られるものを優先させてセットリストを作ったのだが、一度目に作ったものは、
「面白味がない」
と社長に却下された。新しくVTuberという活動をはじめたのだから、今まで歌ったことのない分野の曲に挑戦してみろ、という注文で、周防本人がその言葉に発奮し、いろいろな曲をききまくってセットリストを練り直した。結局その二度目の選定作業に時間がかかった印象だ。
周防の雑談配信も悪くはないのだが、やはり周防の歌は待ち望まれていたらしい。配信の終わりに周防が次週の告知をした瞬間、ものすごい早さで夥しい数のコメントがコメント欄を流れ出した。大抵が周防の歌を聞けることを歓迎していたが、VTuberのガワではなく、顔出しで歌ってもらいたい!と書き込んでいる者が結構いた。
それに対して周防は、
「折角、鎔先生の描いてくれた素敵なアバターがあるので」
とかわしていた。
配信が終わってから、俺はNGワードに引っかかってブロックされたコメントがどれほどあったか確認した。毎回やっている作業で、そういうコメントはあるが特に多いとは感じない。周防の配信ならいつもこんな感じだろう、という数だ。
だが、今回はそのうちの一つが特に気になった。
それは、こう書かれていた。
水子に呪われて顔出しできないんでしょw




