6 新米映画監督の苦悩
真中が、事務所の前にいた。事務所前の歩道にあるガードパイプに腰掛けて、呆けた様子でうちの事務所を眺めていた。その手には、アリクイのぬいぐるみがあった。うちの事務所の会議室にあった忘れ物で、周防のものかと思って心霊調査事務所まで持って行こうと俺のトートバッグの中に放りこんだ筈が、その後どこにも見つからなかったあれだ。でも、何で真中が持ってるんだ。もしかして、似た製品ってことか?
「それじゃ、またね」
そう言って、鎔先生が駅へ向かって歩いてくのを俺は玄関を出てすぐのところまで出て見送った。そんな俺に、横合いから声が掛かった。
「あの……こんにちは、津和さん」
真中だった。俺は無視するわけにもいかず、真中に向き直った。
「こんにちは。こんなところで何をしているんですか」
自然な感じになるよう心がけて俺は言った。何しろ、前に会ったときの去り際があんな感じだったので、話し方も気をつけないと気まずい感じになりかねない。
真中はおずおずと、
「あの……これを届けに来たのと、津和さんに訊きたいことというか、相談があって」
真中は俺にぬいぐるみを差し出した。俺は、これを受け取っていいものかどうかと思いながらそれを見る。
俺が受け取らなかったからか、真中は慌てた様子で、
「あの、すみません。本当は早くに届けに来ようと思ったんです。でもちょっとあの、あれからいろいろ考えることがあって、それで動けなくて。外出するの自体、あの日以来なんです」
俺が反応しないのに不安になったのか、真中はどんどん早口になって喋り続ける。
「これ、あの日帰ったときに、あの心霊事務所の前の廊下に落ちていて、それを拾ったんです。津和さんが、ぬいぐるみを届けに来た、みたいなことを言っていたから、これなのかなって」
「そうでしたか」
俺はぬいぐるみを受け取り、そして顔をしかめた。ぬいぐるみが明らかに汚れていたからだ。それまでは真中の手で隠れていたが、白かった筈のぬいぐるみの足が茶色く汚れていた。
真中は慌てたように、
「すみません、コーヒーをこぼしてしまって。あの、洗った方が良かったですか」
それは当然だろうと思いながら、
「別に構いませんよ。こちらで洗います。それで俺にききたいことっていうのは?」
すると、真中はちらりと辺りを見回しながら、
「あの、ここではちょっと話せないことで」
言われて、俺は自分の迂闊さに気がついた。真中の用件なんて、例の映画のことに決まっている。制作発表もされていない、しかも取り扱っている題材が題材である。こんな人通りのある場所でする話ではない。
俺は真中を、さっきまで鎔先生との打ち合わせで使っていた会議室に通した。
そして、とりあえずぬいぐるみをテーブルの上に置くと、テーブルを挟んで真中に相対するように座った。
真中は俺が座ると、おもむろに話をききだした。
「あの、津和さんって、周防さんがああだということを知っていたんですか。その、写真を撮るとあんな影が映る、とか」
「はい。最初に会ったときに事情を説明されて。それで俺も、周防くんに言われて写真を撮りましたから」
「……やっぱり影が映ったんですか」
「ええ。映りました」
「あれって、いつでも映るものなんですか」
「そうなんじゃないんですか?そのせいで彼は芸能界を一線から退くことになったっていうくらいなんだから。俺が写真を撮ったときに、同時に他の人も撮っていたんですけど、そちらにも影が映ってたし」
「そうですか……。実は、俺、今、映画の脚本のリライトをしていて。いろいろ根本的なところから見直しているところなんです。プロデューサーからは、周防さんをモデルにした二枚目俳優を主役にして書き直してくれって言われていて」
なるほど、と思った。確かにその方が、映画にしたときに映えそうだ。真中本人の意向はといえば、
「俺は、本当は書き直したくなかったんです。スタッフを主人公にしたモキュメンタリー風を目指してたんです。茅野会長に相談したら、会長も俺の意見に賛成してくれて、その上で、リライトがどうなるかは別として、撮影となったら心霊現象への備えは必要だし、脚本自体の監修も必要だろうから、周防さん本人に会いにいってみようって言われたんです」
会いに行って良かった、と真中は言った。
「本物の周防章に会って、実物の魅力っていうか、深さっていうか、それがわかって、あの人を主役に置いたら画面が締まって、映画自体に説得力が出る、って思って。それで、プロデューサーが言うように書き直すにしても、俺としては周防さんに主役をやってほしいというか、当て書きでやりたいと思って。それで、ちょっと津和さんに確かめに来たんです。周防さんの写真に映っていたあの黒い影はいつでも映るものなのかって。映らないときがあるのなら、映画に出てもらえる可能性があるでしょう。茅野会長は、いくらやっても、周防さんの映像はもうああいう黒い影がつくから無理だって言われたんですが」
「申し訳ない、彼がきいたら喜ぶかもしれませんけど、でも実際には難しいでしょう。お力になれずに申し訳ない」
俺が話を切り上げようとする気配を感じて、真中は少し焦った様子で、
「いえ、それはまあ、あわよくば、という感じで、本題は、周防さんへの映画の監修のお願いです」
「監修は引き受けると周防くんは言いましたが」
「でも、監修の内容が変わるので、改めて説明をしたうえで約束をもらっておくべきなのかなと思って。また周防さんに引き合わせてもらうよう茅野会長にお願いしてみたんですけど、今度は自分で周防さんに会いに行け、って言って協力してくれなくて。……前回、会いに行ったときに、俺、あんな風に出て行っちゃったから、周防さんに会いに行くのも気まずいというか。それで、まずはマネージャーの津和さんに相談しようと思って」
「それはつまり、周防くんへの橋渡しを頼みたいということですか」
「そうです。やっぱりこういうことは、事務所を通した方がいいと思って」
「なるほど。でも、今回のこの件は、タレントとしての周防くんへの依頼というより、彼の家業の関係の依頼という感じですよね。そっちの方の話はうちはノータッチなんですが」
そう言うと、真中は乾いた笑いとともに、
「そうですよね。なかなか首を突っ込むと危ない界隈っていう感じがしますしね」
「そうですね。正直なところ、よくわからないモノではありますからね」
「そうなんです!俺も、リライトしているうちにいろいろわからないところが出てきて。このシーンで霊能力がある主役はこういう風に動かして正解なんだろうか、とか、こっちの都合で登場人物を動かしすぎていないだろうか、とか。いろいろ考えたら先に進めなくなって」
「それで周防くんに相談したい、と」
「はい。あの、何とか口添えというか、取り次ぎというか、していただけませんか。現地取材とかそういうのは自分で何とかするんで、まずは脚本の相談に乗っていただければそれで」
……今、何て言った?現地取材って、こいつは事が起きた心霊スポットに行くつもりなのか。




