9 戦闘
健吾のスマホに、対戦相手の巧からメッセージが入った。北東の農場に行け、ポイントを稼がせてやる、と。
俺はゴーグルを着けたままで訊いた。
「まさか、罠か?」
「そんな姑息なことはしないと思いますよ。あの人は、ゲームに関しては負けることまで楽しむ感じです」
社長もゴーグルを着けたままで、
「同感だ。動画で奴らのプレイは何度か見たが、巧の方はいつも正々堂々戦っていた。それもあって、奴のプレイは人気がある」
「司の方はそうではない?」
俺が思いつきで訊くと、健吾は困ったような様子で、
「まあ、司さんの方がいろいろと考えた立ち回りをしますね」
「そうだな。奴の方がいろいろ仕組んでくる感じだ。まあ、スマートな立ち回りではあるから、そういう意味で奴のプレイスタイルを好むリスナーも多い」
社長が二人の配信を見ているというのは本当らしい。俺はふと思いついて訊いてみた。
「二人がデビューしたら、Twitchのチャンネルのリスナーはついてきますかね」
「どうかな。そうなったらラッキーぐらいじゃないか。アイドルで売り出すことで拒絶反応を示す奴もいると思うから。まあ、そんなことはデビューについて二人から承諾を得てから心配すればいいことだ」
「あの、デビューのことなんですけど」
健吾が社長に訊く。
「ツカズさんがメンバーをスカウトしていますけど、スカウトされた人がそのままデビューということになるんですか」
「おい、何言って」
健吾が断ってくるのかと思って俺は慌てたが、健吾は冷静で、
「だって、最終的には社長さんというか事務所がどう考えるかでしょう」
「安心しろ、今のところこいつが選んできた奴は合格だと思ってる。お前さんも含めてな。ただ、ライバーとして活動してどれくらいファンを集められるかは、顔出しで活動していたときとは全く勝手が違うと思う。芸能人としてブレイクを経験したお前さんみたいな人間にとってはなかなかにきついだろう。だから、この話を断ってくれてかまわん。但し、うちがこういう企画をしていることは内密にしてくれ」
「ライバー活動をしたらゼロからの出発っていうのはわかっていたことです。どのみち、今、氷上健吾として活動を続けても、恐らくうまくいかないと思います。あと十年くらいしたらそんなこともなくなるかもしれないけど、そこまで僕は何もせずにいたくはない」
「十年くらいしたら顔出しの俳優に戻る、か?別にそれはそれでかまわん。今回のプロジェクト、少なくとも五年先までの計画はある。そこを過ぎたらどうするかはそのとき話し合えばいい」
そのとき、健吾のスマホが鳴った。健吾はスマホを確認すると、スピーカーにして電話に出る。
「巧さん、どうしました」
「どうしましたじゃねえ。お前ら、最初の地点から動いてないじゃねえかよ」
スマホから巧の声が流れてきた。何で俺たちの位置を捕捉できているんだと俺が疑問に思った時、社長が言った。
「さっきから気になっていたんだが。これはVEMなのか?テストプレイ版に似ているが。まさか、VEMのプログラムをいじった?」
「そんな危ないことはしねえよ」
巧は上機嫌な様子で言う。
「これは、VEMとは全く別のゲームだ。似てるかもしれないけど、プログラムもデータも一から作ってある」
「なんでそんな酔狂なことを」
「知り合いにそういうのを作りたがる奴がいるんだよ。まあそういうことだから、招待された奴以外は入ってこれない。それで、そろそろ動かないか。試合のヒントは送ったろう?」
健吾は少しため息混じりに、
「僕らの居場所がバレてるとわかっていて、動けると思いますか?司さんに狙撃されるに決まってるのに」
「大丈夫だ。こっちの武器も射程の長いものは用意してない」
「それでも当ててくるのが司さんでしょ」
すると、スマホの向こうから含み笑いをしている司の声が聞こえた。
「僕はそこまでじゃないよ。まあ、そんなに心配なら、今から十分間は何もしないって約束する。巧が送ったメッセージの場所に行くといいよ。というか、行ってあげてほしいな。かわいそうに、あんな初心者を一人で放っておくなんてね」
「あいつは参加してもいいって言ったぞ」
巧が言うが、司は困ったようにため息をつきながら、
「そんなの、真面目なあの子はそう言うしかないでしょ。あの子は健吾君や真田さんとは違うんだから」
健吾の声が険しくなった。
「……チームの三人目に誰を巻き込んだのかわかりました。行きます。今から十分間は手出しをしない、ですよね」
「うん、狙撃はしないよ。約束する」
司の返事をきくなり、健吾は通話を切り、別な誰かに電話をし始めた。が、
「……出ない。大丈夫かな」
言ってからまた別な相手に電話をする。そちらはすぐに出た。
「こんにちは、真田さん。今、家?だったら確かめてほしいことが……え、そう。すぐに戻れるかな。実は、巧さんたちとVRのFPSをすることになって。なりゆきでトリオ戦をやろうってことになっただけど、多分、瑠璃ちゃんが向こうの三人目になってる。今、瑠璃ちゃんに電話したけど、出なくて。うん、頼む。僕はゲームに戻るから。ゲームの中で瑠璃ちゃんの無事を確認できれば、こちらからまた連絡する」
そこまで言うとすぐに健吾は電話を切り、ゴーグルを装着してゲームに戻った。そしてすぐさまアバターを動かすと、それまでいた建物から飛び出していた。敵に場所を把握されているのに不用心だと思い、俺は声を掛けた。
「おい、健吾」
「すみません、行かないと。大丈夫です、十分間は向こうは狙撃はしないって言っていたんで」
「狙撃はされないかもしれないが、待ち伏せられて近接戦闘は有り得るだろう」
そう言いながら、社長も健吾に続いて建物から出て行った。俺もついていく。
町を走りながら、社長が指示を出す。
「津和、お前は左を警戒しろ。私は右を見る。氷上は前を見て走れ。フォローする」
「すみません、説明もなしで動き出して」
「いいさ。さっきの会話の様子からすると、農場にお前さんの知り合いがいるんだろ。で、初心者だと。何でそんなに急がないといけないのかわからないが」
「その子、VRが致命的に合わないんです。もしかしたらVR酔いをしているかもしれない。本人に電話をしたけど出ないから、今、知り合いに様子を見に行ってもらうように頼みましたけど」
「何でそれなのにゲーム参加を承知したんだ」
「いい子なんです。頼まれて、少しぐらいだったら無理してでも何とかしようって考えたんだと思います」
「なるほど。まあいい。自分でログアウトしてくれればいいが、酔いがひどくて動けなくなっているとまずいな。とにかく、近接ボイスチャットが使えるところまで行こう」
約束の十分は早かった。町を出たところで俺たちが走っていたすぐ後ろで着弾音がした。走る速度を緩めず、健吾が言う。
「やっぱり司さんは撃ってくるんじゃないか」
「だが、配信で見たあいつの精度ならもっときちんと当ててくるぞ」
社長が後方を警戒しながら言う。
問題の農場にはやがてたどり着いた。農場はいくつかの藁の山と柵に囲まれていた。建物も幾つか建っていて、見通しはよくない。
手分けして探すか、と俺が提案しようとする前に、健吾は農場の敷地内に走り込んでいた。
「瑠璃ちゃん、聞こえる?応答して!」
必死に呼びかける健吾の声がゴーグルのスピーカーから聞こえ続ける。
社長が言った。
「私たちはあいつが行っていない方向を当たろう。……危ない!」
社長が俺の後ろに向けて銃を撃ったのと、後ろから追ってくる足音に俺が気がつくのとがほぼ同時だった。
俺は撃たれたが、致命傷ではなかった。傍にあった藁の山の後ろに隠れ、手当のために救急キットを使う。効果が出るのを待ってすぐに戦闘に復帰しようと藁の山の後ろから出た。
社長は敵のプレイヤーと戦闘を開始していた。が、お互いに読み合っていてなかなか攻撃が当たらない。とは言え、相手の方が余裕があるように見える。
俺は状況の打開を狙って敵から一歩離れた地面を撃った。向こうはそれも避け、俺の方を見て愉快そうに言う。
「2対1か。いいぜ、やろう。楽しめそうだ」
巧だった。
俺と社長は巧に向かってそれぞれが撃った。社長とは今までデュオを組んで大会に参加したことがあるし、そのための練習だってしてきている。最近はあまり一緒にプレイできていないが、連携はそれなりにできていた。
が、巧は俺たちの攻撃を巧みにかわしつつ、俺のことも社長のことも少しずつ削ってきた。やがて、先にダメージが蓄積していた社長が先にキルされた。その場から社長のアバターが消える。
俺は唾を呑んだ。こんなのを一人で相手できる自信はない。だが、逃げることもできなさそうだ。
覚悟を決めたそのとき、俺の右手から銃撃があった。巧は後ろに下がってそれをよける。
「すみません、ツカズさん。戻りました」
健吾の声が聞こえる。
俺が後ろに下がりながら攻撃が来た方を見ると、二人のアバターがこちらに向かってきているところだった。一人は健吾だ。一人は、多分向こうのチームのメンバーの筈だが、二人は仲間みたいな感じで一緒に走ってきている。
そして、ある程度の距離まで近づいてきたとき、
「巧ー!」
怒りが漲った若い女の子の怒声がイヤホンから聞こえてきた。




