4 グッズ打ち合わせ
このサーバのことやアレクシスのことを他の人には言わないでほしい。
司が突然言い、何かまずいことがあるのかと俺は心中で身構えたが、理由は全然そんなことではなかった。司はいつもの柔らかい口調で、
「技術的な腕試しで作っただけの未完成なゲームだし、VEMのパクリ扱いされるのも面倒だから、身内以外には秘密にしているんだ」
「未完成……こんなにうまくできているのに?」
「作った本人は満足していないんだよね」
なるほど。こだわりのある技術者ならそう考えるか。
「わかった。しかし、凄い技術を持った人なんだな、その人は。どこで知り合ったんだ。Twitchの配信の関係か?」
すると、巧が、
「違う。これを作ったのはグラハムの会社にいる技術者なんだ。そうだ、ここのことはグラハムにも言わないでくれ。そいつがこんなのをプライベートで作ってると知ったら、仕事をもっとちゃんとやれ、とか言いそうだからな」
「十分にやってると思うけど、余裕を見せすぎて、もっとやらないか、って思われそうなんだよね」
司が苦笑気味に言う。
俺は約束した。
その翌日の午後、俺は社長に呼び出されて社長室に行った。
部屋に入ると、副社長の他に、柏宅と福沢マネージャーがいた。
この顔ぶれは一体どういうことだろうと思っていると、柏宅が椅子から立ち上がり、俺に深々と頭を下げた。
「主任、メルザイオスに大会に出るように話してくれてありがとうございました」
思いもかけないことに、俺は慌てた。
「いや、頭を上げてくれ。礼を言われるようなことじゃない。それに、ある意味、お前さんの犠牲の上に成り立っている話なんだから、こっちが寧ろ申し訳ないというか」
言いながら、俺は柏宅の表情が晴れ晴れとしているのが気になった。
俺は社長と副社長、そして福沢マネージャーを見た。皆が明るい表情をしている。
社長が言った。
「お前には共有しておこうと思ってな。柏宅のオンライン3Dライブが決まった。開催日は水天宮杯の翌日だ」
その言葉に、俺は思い当たった。メルザイオスが水天宮杯に出場することで柏宅が出場できなくなってしまう、その批判をかわすための策がある、と社長は言っていたが、それがこれか。
本当にうまく考えた。これなら、柏宅が水天宮杯に出場できないことの理由ができる。しかも、ライブ開催の告知は、水天宮杯の開催告知の一週間前という。これだと、大会に出られなくなったから急遽ライブをする、とは見えない。
俺は社長に深々と頭を下げた。
「社長、ありがとうございました」
「うん?何でお前に礼を言われるんだ?」
「だって、社長のアイデアがあるおかげで、メルザイオスも助かるので。これで心配することなく、大会に集中できます」
「そうだな。まあ、頑張ってくれ。私が出られるかどうかは今問い合わせ中だが、もし断られたら、司たちのチームにはお前に入ってもらうから、そのつもりでいてくれ」
「……なんか、胃の痛い話をしますね。まあ、頑張りますよ」
「主任、何だったら、私が主任をみましょうか?配信外で」
柏宅が言ったが、俺は断った。柏宅はこれから忙しくなるんだ、ひとの面倒を見ている余裕はないだろう。それに、俺のことは巧が鍛えると言っているし。
それから毎日、俺は帰宅するとゲームの練習をした。エイムだけはVEMのサイトで15分程度練習して、それから巧の専用サーバーに入る。いつもアレクシスが待っていて、1v1をやった。
ゲームの練習に時間を費やすと、やっぱり生活に皺寄せが出るというか、何かを犠牲にしないといけなくなる。それは俺の場合、睡眠時間だった。そんなに長時間練習をしているわけではないのだが、家でぼうっとしている時間がなくなり、そして睡眠時間が減った。
そんな生活ぶりが顔に出ていたのだろう。その週の金曜日、今後のメルザイオスのグッズの打ち合わせのために事務所に来た鎔先生が、俺の顔を見るなり、
「疲れてるんじゃない?大丈夫?」
と言ってきた。俺は思わず姿勢を正す。
「あの、大丈夫です。最近少し寝不足で」
「そうなの?そんなに忙しいの?」
「はあ、まあ。ちょっとやらないといけないことが出来て」
としか言えない。ゲーム大会の開催が公表されるまでは、これは関係者だけの秘密だからな。鎔先生にも言えない……と思ったが、鎔先生はあっさりと、
「ああ、ゲーム大会に参加するのだったわよね。祷子からきいてるわ。何でも、とっても権威のある大会なんだそうね」
「あの……何で」
何であの人は鎔先生にそんなことを教えてるんだ。
鎔先生は俺の反応が不思議そうで、
「え、だって、大会配信用にメルザイオスの衣装を考えてくれ、って言われたから。事務所として参加してるんだ、っていうのを出したいから、って。津和くんも、ツカズさんとして事務所の公式チャンネルからプレイしてるところを配信させるって言ってたわよ?」
……聞いてない!俺はただ普通にプレイして、それが鴫沢レンのチャンネルに映るくらいの話だと思っていたのに。
俺の反応で察したらしい鎔先生がけらけらと笑った。
「まあ、祷子だもの。使えるチャンスは何だって使うわよ。練習、頑張ってね」
……うう、胃が痛い。配信しながらプレイするって、何をどうすればいいんだ。普段のプレイが出来ないんじゃないか。
新しい悩みの種に俺が頭の中で七転八倒していると、鎔先生がすまなさそうに俺に言った。
「いろいろ忙しいところ悪いけど、シインクロニシティ・レッスンのこともそろそろ話し合っていきたいのだけど。先週、担当編集者と会って話すことがあって。ほら、引っ越しも終わったし、今後の仕事の話をしましょうって、ことで。それで、連載を再開したいと思っている、って伝えたのね」
俺は唖然とした。いや、原作を考えていた先生のご主人が亡くなった後、休載になっているシンクロニシティ・レッスンの続きを一緒に考えると、確かに俺は承知した。承知したが、やらないとならないことが一度に増えすぎじゃないか。
俺の不安が顔に出ていたのか、先生は慌てた様子で、
「あの、今すぐじゃないから。担当編集も、こちらの準備が出来たらやりましょう、って言ってくれたから。でもね、何て言うか、あの人が死んで、私もいつまでも元気でいられるわけじゃないんだな、って思ったら、心残りは早く片づけたくて。連載が中途で終わるのは避けたいな、って。ね、変でしょ?前は、シンクロニシティ・レッスンをもう再開しなくていい、なんて思ってたのに」
そう言って、先生は小さく笑った。それを見て俺は思った。ああ、この人は夫が死んだ強いショックから回復してきているんだな、と。それに役立てるのなら、シンクロニシティ・レッスンの話、ないがしろにすることはできない。
とはいえ、今すぐにどうこうというわけにはいかないが。
「あの、大会が終わったら、本当に考えますんで。待ってもらえますか」
「ええ、そうね。でも実は私、シンクロニシティ・レッスンの続きをちょっと考えてきたのだけど」
鼻高々に鎔先生が言う。俺は期待した。
「その話、きかせてもらっても?」




