1 春風のような青年
VEMは、リアルな銃器が売りのFPSだ。そのバトルの舞台もプレイヤーに与えられる能力も現実的なもので、ファンタジー的なモノは何一つない。
その筈なのに、目の前で繰り広げられているのは、どう考えてもファンタジー系のゲームの光景だった。青年は剣撃の合間に、どう見ても魔法と思われる攻撃を繰り出して、ドラゴンと戦っている。
そして、よくよく見ると、ドラゴンと戦っているのは青年一人だけではなかった。青年からつかず離れずの位置にいた白い猫に似た生き物も、魔法を使って戦っていた。
俺が見ている目の前で、一人と一匹はドラゴンを倒した。ドラゴンの血が流れ、嗅覚にその臭いが届く。うわ、なんてリアルなんだ、これ。
俺がそう思ったとき、剣を鞘に納めた青年がこちらを見た。遠目にも、整った顔立ちなのがわかる。白い肌に紺色の瞳、口元にほほえみが浮かんでいるが、その後ろに倒れているドラゴンの死骸との対比で、何とも言えない絵面になっている。
青年はこちらに向かって歩いてきた。白い猫に似た生き物がその肩に飛び乗る。重さを全く感じさせない跳躍で、飛び乗られた青年の側も全く体がぶれない。というか、さっきの戦闘を見ても、こいつは絶対に運動神経がいい。歩いてくる様子が健吾に似ている。巧や司、周防なんかも運動神経が良さそうな身のこなしをしているのだけど、それともなんか種類が違うんだよな。
「こんにちは。どちらさまですか?」
向こうが話しかけてきた。春風を感じさせる爽やかな声だ。なんか、見た目と似合ってる。……いや、待て待て。これはきっとゲームのbotだろう。だったら、声と見た目が合っているのは当然のことじゃないか。
「こいつ、何でこんなとこにいるんだ。巧が用意した入口から入ってきたみたいだけど」
いきなり、ざらついた男の声がした。低音で、声の感じからすると若い。声の主を捜して俺は辺りを見回したが、この青年以外は誰もいない。……というか、もしかして。
俺の視線を受けて、青年の肩に乗っていた白い猫もどきが言った。
「おう。喋ってるのは俺だ。お前、名前は」
「津和。津和徹和」
名乗ると、途端に二人の表情が変わった。それまではよそよそしい雰囲気だったのが、納得した、という風な感じになっている。
青年は明らかに親しげな笑みを浮かべて、
「なんだ、ツカズさんか。巧さんからきいてます。今度ゲームの大会に出るから、練習に来るって」
「でも時間が早くないか?俺たち、まだ時間に余裕があると思って練習してたのに」
「練習?」
俺が訊くと、青年は頷いて、右手をさっと軽く上げた。すると、ドラゴンの死体が消えた。
「ここは、いろんなことの練習が出来る場所なんです。狙撃の練習もできれば、今みたいな戦闘訓練もできる」
「ああ、なるほど……」
専用サーバーで、VEM以外のゲームの練習もできるように作ってあるのか。
「僕はアレクシスっていいます。今日はあなたの練習相手を務めます。あなたとタッグを組んでのデュオ戦ですね。巧さんたちのチームと試合をして、あなたの今の実力を見るということです。本当は健吾さんと組んでやるべきなんでしょうけど、健吾さんは配信を終えてすぐのテストになって、それは酷だろうからということで、僕が代わりに」
さすがbotだ。いろいろと事情がわかってる。しかし。
俺はアレクシスの服装を見た。服はいいとして、そのマントはFPSには向かないんじゃないか。
アレクシスは俺の視線に気がついて、
「ああ、これですか。もちろん、変えますよ」
アレクシスは指をパチンと鳴らした。すると、服装が、普通のVEMのアバターと同じものになった。ただ、カラーリングは紺色がベースだ。VEMだとカーキとかグリーン、グレイくらいしか選べないのだが。
「おい、それよりも前に片づけないといけない奴が出てきたみたいだぞ」
アレクシスの肩の上の猫もどきが言った。それをきいて、アレクシスは小首を傾げながら、
「本当だ。困ったなあ、今日はこれから予定があるのに」
「まだ時間はあるだろ。先に片づけようぜ」
「まあ、ね?でもツカズさんはどうする?」
「こいつをここに置いておく……はまずいか。一人浮いてる奴がいると見なして、狙ってくるかもしれん」
「だとしたら、来てもらったらいいかな。ついでに手伝ってもらおうか。ツカズさん、狙撃はどれくらいできます?」
「狙撃?ああ、まあそれなりに?」
社長と組んでデュオ戦に出るときには、社長が前衛で俺が後衛。狙撃は俺の担当だ。
「じゃあ、決まりだね。ツカズさんには後ろから援護してもらおう」
「おいおい、こいつの守りはどうすんだよ。ブレス浴びたら一発で死ぬぞ。体まで死ぬわけじゃないけど、魂の調整は手間だろ」
「それは、キョウの守り次第だけど。できるよね?」
「まあなあ。いざとなったら、本気出すわ。でもそうなったらここの空間が崩れるかもしれないけど、覚悟しとけよ?」
「そのときは先代に頼んで修復してもらうよ。巧さんにだって頭を下げるし」
「お前、そういうの全然気にせずやるよなあ。すげえわ」
キョウ、と呼ばれた白い猫もどきはため息混じりに言った。アレクシスはまた指を鳴らし、さっきの軍服にマントの服装に戻って、にっこりと俺にほほえみかけた。
「ツカズさん、ドラゴンを狩りにいくので、手伝ってください」
は?ドラゴン?




