5 降ってきた話
副社長は少し首を傾げながら、
「その、今回監督をされる真中さんという方は、元々周防さんと知り合いではないんですよね?そんなにうまく描写できているんですか」
「ええ。まあ、俺からいろいろと章の話はきいているから、それがあってかもしれないけど」
「そうですか。だとしても、才能がある方には違いないんでしょうね。良い方に向けばいいんですが」
そして俺たちは少し話し合った。まずは会長が、今回の映画の関係先とそれとなく話をしてみることになった。特に、映画の配給会社の感触を。実在の人物や実際の事件と結びつけてプロモーションをしようとしているのか、まだ映画自体ができていない状況でそれは難しいかもしれないが、もしそういう方向でプロモーションをするのなら、自社のタレントを使わせることはできない、と言ってみる、と。
「達郎は……真中は反対するでしょうけど、仕方がない。実際に障りが起きている件を元に映画化するんだ、参加させたタレントに何かあったら困る」
「それを防ぐために周防さんの家業の方の協力が必要だ、と」
「そうです。協力を得られるように、こちらも状況を整えないといけない。俺はそのために動きます」
茅野会長は力強く言った。こちらとしては今のところそれを信じるよりほかない。
話し合いが終わると、茅野会長はとたんににこやかに、
「それじゃ、行きましょうか」
と副社長に話しかけていた。何のことはない、面会をこの時間に設定したのは、話し合いの後、そのまま飲みに行くためだったらしい。俺も誘われ、どうしようかと思ったが、考えて、つきあうことにした。今後のことを考えると、つなぎを作っておいて悪くはない。
俺たちは、いつも事務所で使っている店で飲んだ。楽しいお酒だった。会長は周防のことをとにかく褒めていた。ちょっと頑固なところはあるが、向上心のあるいい男だと。自身が育てたタレントを次の事務所に送り出すに当たっての、芸能界の生みの親からの周防への餞だったのかもしれない。
副社長と茅野会長は二軒目に行ったが俺は断ったので、帰りはそんなに遅くはならなかった。少しいい気分で家に帰り、充電のためにスマホを取り出して、メッセージの着信に気づいた。柏宅からだった。
メルザイオスのことで相談したいことがあるんだけど、明日の午前中、こっちの案件の打ち合わせが終わった後、相談に乗ってもらっていいかな。社長も一緒に。
俺は少し顔をしかめた。わざわざ会って、しかも社長を交えて相談、とは、きっとまた厄介な話に違いない。
憂鬱な気分になりながら眠りに就き、すっきりしない気分で目が覚めた。
いつものように事務所に出て仕事をする。今日は夕方にメルザイオスのユニットのミーティングがある。メンバー全員参加のオンライン会議だ。ユニットやメンバーのチャンネルのコメント欄やアナリティクスを確認しながらミーティングに向けて準備をしていると、柏宅が俺のデスクにやってきた。柏宅のマネージャーの福沢も同行している。小柄な女性で、前島主任と同い年だときいている。
案件の打ち合わせは終わったとのことだった。俺は事前に社長のアポ取りをしていたので、そのまま社長室に柏宅と福沢マネージャと入った。副社長も呼んである。
柏宅は少し緊張したような面もちで口を開いた。
「昨日、私、Rush modeの水天宮イルマちゃんと配信外で話をしていて。イルマちゃん、今、次の水天宮杯の企画をしているところなんですけど」
Rush modeというのは、ウミツグリやノレプに続く業界の第二集団の中に位置するライバー事務所で、eスポーツに特化している。Vtuber部門とストリーマー部門があるが、そのVtuber部門でゲームの腕前とともに人気もダントツトップを誇るのが、水天宮イルマだった。ゲーマーの柏宅とは仲がよく、配信でコラボしているだけでなく、配信外でもいろいろとお喋りをしているというのは前からきいていた。
そして、水天宮杯というのは、イルマが自分自身の強さを確認するために開いているゲーム大会で、VTuber界隈では大人気の企画だった。チーム戦のことが多いが、ソロ大会のときには柏宅も選手として参加している。
俺は訊いた。
「お前さんに声がかかるってことは、次はソロ大会なのか?」
「いえ。次回はVEMのトリオ戦でやるって言ってました。企業勢Vtuberは事務所単位で出てもらうことを考えていて、うちの事務所からはメルザイオスに出てほしいんだ、って。それでイルマちゃんから私に相談があって」
「相談?何をです?」
副社長が静かに訊く。柏宅は少しためらった様子を見せていたが、意を決したように、
「今回だけ、メルザイオスと私のコラボ禁止を解いてもらえないか、って。イルマちゃんとしては私にも出てほしいけど、メルザイオスにも出てほしくって。メルザイオスというか、司くんと巧くんに。二人のTwitchの配信をイルマちゃんは前から知っていたらしくって、あの二人と私がチームを組んだら、イルマちゃんのチームと互角に戦えるだろう、って」
水天宮イルマのチームはプロともいい勝負ができる。そこまで買ってもらえているのは、まあ、司たちの実力ならわからなくはないが。
「駄目だ」
社長が一言で終わらせた。柏宅は一瞬怯んだが、すぐに言い募る。
「でも、水天宮杯って、VTuberの界隈じゃ最高峰の大会なんですよ?チーム戦のときは大体いつも事務所対抗で、うちの事務所に声が掛かることはなかった、それが今回は声が掛かったのはチャンスじゃないですか。私が参加しなかったら、チームを出せないんですよ?」
「鴫沢レンを入れる。今も鍛えているところだし、大会本番までに仕上げる」
「でも」
「お前は今、水天宮の依頼を受けてコラボ解禁を頼みにきたと言ったが、そうなのか?本当は違うんじゃないのか」
社長の言葉に、柏宅は俯いた。




