4 茅野会長の話
真中もどうやら、周防が受けている障りのことは知っているらしい。会長の剣幕に押されつつも、
「それは、確かにそういうことが本当にあるんだったらまずいけど、それってただの噂でしょ?津和さんだって気にしてる風に言うけど、それってこっちの頼みを断るための方便で」
「バカを言うな。章はそのせいで、前途洋々だったキャリアを諦めないといけなくなったんだ。もしあれがなかったら、章は今、もっと華々しく一線で活躍し続けることができていたんだぞ」
言いながら、茅野会長は涙声になっていた。目尻に涙も浮かんでいる。……いい人だ。周防が慕っているのもわかる。
一方の真中は、全く承服できていないのが、顔にありありと出ていた。
周防が言った。
「でしたら、今、この場で僕の写真を撮ってみます?そうしたら、会長が言ったことの真偽がわかるでしょう」
「章!」
茅野会長が声を上げる。が、真中は鼻息荒く、
「いいでしょう。撮りますよ。撮れば全部わかることだ」
真中は自分のスマホを取り出すと、レンズを周防に向け、写真を撮った。そしてすぐに画像を確認する。
「え、嘘、待って。これ、何のトリック」
何度も、スマホの画面と、目の前の周防を見比べる。恐らく、噂の通り、写真の中の周防の顔に影がかかっていたのだろう。
真中は震えながらソファから立ち上がり、
「ぼ、僕は知らない。こんな話知らない。帰ります!」
そう言って、逃げ出すようにして部屋を出ていった。会長も慌てて立ち上がり、
「また連絡する」
と周防に言い置いて部屋を出ていった。
俺たちはそれを見送るしかなかった。
俺は少し心配になって周防を見た。俺は人から自分の声を気持ち悪がられたときに、ものすごくショックを受けた。声を否定されることで、全人格を否定された気がした。今、周防は、自分が映った写真を見た真中に拒絶された。それがショックでないわけがない。
周防は困ったように僕を見て、
「肝が据わってないのも困ったものです。あんなので映画なんて撮れるんですかね」
俺は少し拍子抜けした。矢鱈な慰めの言葉は、却って本人を傷つける。そうならないようにどう言葉を掛ければいいかと頭の中でいろいろ考えていた俺は、逆にどう言えばいいかわからなくなった。
「えっと……どうかな。これで、映画の話自体がなくなればいいが」
「もう映画化は決まったんですよね。だったら、監督の個人的な事情だけでやめることは難しいんじゃないですか。まあ、さっきの話は放っておいて、とりあえず水饅頭を食べましょう。おいしいんですよ、おすすめです」
周防はにこやかに言い、俺たちはお茶と運ばれてきたお菓子をいただきながら、少し話をした。
周防は、今日見てきた藍堂のライブのキャリブレーションリハーサルの感想を熱心に語った。先日の七周年ライブよりも技術が進歩しているのはわかったが、それでもまだ足りない、とのことだった。そして、自分が3Dモデルでやるんだったらこういうことをしたい、と熱く語った。
俺は周防の話を黙ってきいていた。うん、こいつは人前で表現をしたいんだな。障りを受けて普通の芸能活動ができなくなったところへ、形を変えてでも人前でパフォーマンスをする機会を持つことが出来そうだというんで、本当に嬉しいんだ。……そして、つくづく理不尽だな、と思う。茅野会長は涙声で語っていたが、確かにその心霊ロケがなかったら、周防はきっといろいろなことに挑戦できていただろう。
話はそのうちにこの事務所での周防の働きぶりに移り、周防が先日も心霊番組のロケに同行してきたのだという話になったとき、俺は疑問に思っていたことを訊ねた。
「そういうところに行ったときに周防章だって気づかれて、騒ぎになったりはしないのか?」
すると周防は薄く笑って、
「サングラスとか眼鏡とか帽子とか、見た目もわからないようにするし、気配も消すというか、変えるので大丈夫です」
と答えていた。やはり周防みたいな力の持ち主が現地に行っていた方が、いろいろとわかることが多いので、できる限り現場に行くことにしているのだという。
「若は、オーラを消すのがうまいですから」
とは、途中から同席してお茶とお菓子に舌鼓を打っていた小野寺だ。
「でも、気づかれることはあるのでは?」
「まあ、そうですね。でも、いよいよとなったら奥の手があるので」
「奥の手?」
俺は訊いたが、周防も小野寺も笑みを浮かべるだけで、それ以上は何も言わなかった。
俺はその日はそのまま帰宅したが、とりあえず社長と副社長に、真中の件についてメッセージで知らせておいた。副社長からは、週明けに対策を考えましょう、という返事があった。うん、副社長が関わってくれるのなら大丈夫だ。
大船に乗ったつもりで俺は週末を過ごし、出社した月曜日の午前中、副社長からメッセージが入った。
茅野会長から、会って話がしたい、と副社長のところに連絡が来た、と。ついては今日の午後にでもこちらに来たい、との申し出だったらしい。その動きの早さにさすがだと思う。
俺は承知し、今日の夕方に茅野会長はこちらに来ることになった。
四時半に会長は一人で来た。俺と副社長は、会議室で会長と会った。
副社長と茅野会長は旧知らしい様子で、お互い軽く挨拶をする。その後、会長は俺に深々と頭を下げた。
「金曜日は、申し訳なかったです。真中とまた話をしようと思って何回もコンタクトをとってみたんですが、返事がなくて。母親と同居してるんで、母親の方に連絡をとってみたら、金曜日、帰ってきてからずっと部屋に籠もっている、と言われて。関係先に連絡をとっている様子もないのに、何を考えているのやら」
副社長は穏やかに、
「映画の話はききました。周防さんが家業の関係で映画の監修を受けると判断するのは、こちらとしては何かを言えるものではないです。ただ、映画の宣伝方法については、少し考えてほしい。特に、実在の人物と結びつけるようなことはしないでほしい。映画の中の、周防さんがモデルと結びつけられそうな登場人物がどういう風に描かれているのかは知りませんが、悪い風にエキセントリックな人物として描かれるのも駄目ですし、神格化されるようなことも駄目です」
「そこは大丈夫です。今の脚本だとそこまでの人物としては描かれていません。というか、章がそのまま登場人物になったという感じで、章本人を知っている身からすると、章ならこういう言動をするだろうな、と感心しきりで。ただ、それが他の人から見ると、どういう風に見えるかがわからない」
俺と副社長は思わず顔を見合わせた。




