2 芸能界の生みの親
現場で何か嫌がらせを受けているのではと心配する茅野会長に、青柳は何も気にしていない様子で、
「んー、俺が事前に台本読んできてないのとか、漢字読めないのとか?あとは挨拶の仕方とか食事のときの箸の使い方とか。周防さんは完璧でしたよ、みたいに言われて」
「そりゃお前が悪い。まあ、その話はまたしようか」
「はーい」
青柳は素直に返事した。返事の仕方は何だかなあと思うが、素直な様子はある。まあ、周りの指導は受け入れそうだ。
茅野会長は俺を見て、
「すみません、うちのタレントがみっともないところを見せて。こいつ、いいヤツなんですけど、ちょっといろいろ足りないっていうか。まあ、最初からきちんとしてるヤツの方が少ないんですが、それを育てるのがこの仕事の醍醐味だと俺は思っていて」
「そうですか。周防くんも会長さんがいろいろ手を掛けられたんでしょうね。すみません、そんな風に手塩にかけて育てたタレントをこちらがもらうような形になって、ご挨拶もせず」
「いや、気にしないでください。そちらの事務所にあいつが入ったのは、あいつがうちをやめてから何ヶ月も経ってからなんですから。それでこっちに仁義を切れとか、こっちは全然思ってないですよ。それに、あいつは最初からできあがってたっていうか。少なくとも、礼儀とか人付き合いとか、そういう面では手が掛からなかったですね」
「それはわかります。とにかくそつがない」
「そうなんですよ。育ちがいいっていうか、ちゃんと躾られてるっていうか。まあでも、私にも、芸能人としてのあいつの生みの親だっていう自負はあってですね。自分が見つけたヤツが売れていくのを見ることができたっていうのは嬉しかったですねえ」
目を細めて茅野会長は言う。
周防の芸能界デビューに関する経緯は、ネットの記事で見たことがある。が、ちょっとドラマティックというか、そんなことが本当にあったのかと思ったりしていたので、少し訊いてみることにした。
「彼、スカウトでそちらの事務所に入ったんですよね。ネットの記事で見たんですけど、地元の九州から北海道に修学旅行に行くのに、行きの羽田でそちらの社長さんにスカウトされて、帰りの羽田でそちらの事務所のスカウト担当の部長さんにスカウトされた、それが縁で入ったということでしたけど、本当ですか」
だって、あまりに出来すぎた話だろう。
茅野会長は破顔した。
「本当ですよ。ちなみに、行きの空港でスカウトしたのは俺です。当時はまだ社長で。創業者で会長だった小原も一緒にいたんですけど、俺が章を見つけたときにはたまたまトイレに行っていて、戻ってきたときに俺が章に名刺を渡しているのを見て、うまいことやったなあ、って笑ってましたねえ。自分が先に見つけたかった、って」
「うへえ、あの話って本当だったんだ」
青柳が声を上げる。真中が呆れたように、
「青柳くんだって、なかなかのエピソードだと思うけど。事務所の人が撮影現場から逃げ出したタレントを捜しに行った先のゲーセンでバイトしてたところをスカウトされた、とか」
「まあ、そうなのかも?俺はよくわかんないけど」
と、部屋のドアがノックされた。ドアが開き、周防が入ってくる。
「すみません、お待たせしました。津和さんも、申し訳ないです。映画の話、会長の話をきいた後で津和さんに相談しようと思っていたんですが」
「いや、それは別にいいんだが。先にこれを」
俺はトートバッグから例の手提げを取り出してローテーブルの上に置き、それから、あのぬいぐるみを取りだそうと思ったが、ぬいぐるみはどこにもなかった。
トートバッグの中を漁る俺を周防が不思議そうに見る。
「津和さん、まだ何かあるんですか?僕の忘れ物はその袋だけですけど」
「え、そうか?ぬいぐるみとか忘れていってないか?」
「ぬいぐるみ?何ですか、それ?」
周防は本気でわからないようだった。俺は考え直した。そっか、そうだよな、あんなぬいぐるみ、こいつが持ち歩いてたりはしないか。きっと事務所の誰かの忘れ物だったんだろう。まあ、ぬいぐるみがどう見ても俺のバッグの中にないのは気になるが、それは今はいい。
「気にしないでくれ。こっちの勘違いだ」
俺は手提げ袋を周防に渡した。周防は中身を少し確認して、確かに、と言い、それを持って部屋を出ていった。
そしてすぐに周防は戻ってきたが、後ろに湯飲みが載ったお盆を持った小野寺がついてきた。
「みなさん、お茶をどうぞ。すぐに若が買ってきた水饅頭を持って参りますので」
「お、もしかして夕汐堂の水饅頭か?」
茅野会長の顔が生き生きとする。周防は当たり前のように、
「そうですよ。会長がこの近所に来たときには必ず買って帰るときいていたので、買いに行ったんです」
「そうか。もしかして、それでお前、出かけてたのか」
「ええ。折角来られるんですから、用意しておこうと」
にっこり笑む周防に、青柳が少し呆けたように、
「こりゃ真反対だって言われるわ……」
と呟いていた。それを受けて、周防がちらと青柳に目をやった。
「それで、こちらはどちら様で?」
「ああ、こっちの若いのは青柳爽馬で、お前が出ていた舞台、失われた王冠のクロイツ役を、お前の後を継いでやることになったんだ。俺がお前に会う用があると知って、挨拶に来たいと言ってな。それで連れてきた」
「初めまして、先輩。青柳爽馬っていいます。これ、先輩に渡したくて」
青柳はサコッシュから封筒を取り出すと、周防に渡した。
「失われた王冠のチケットっす。是非見に来てください」
会長は完全に面喰らった様子で言った。
「お前、いきなり何言ってるんだ。相手の都合もきかないでチケットを用意してるとか。そもそも、章に挨拶をしたいっていうから連れてきたのに、最初からそういうつもりだったのか」
「え?都合とか、最初にきくんすか?無理だったら来ないっていうだけなんじゃないんすか」
「そんな訳あるか。……すまん、章。いろいろ躾がなってなくて」
言われた周防の方は困ったような表情で、
「まあ、初めての舞台なら仕方がないですよ。チケットの日付、拝見しても?」
周防は封筒を受け取ると、チケットの日付を確かめて言った。
「この日は多分、行けます。もし僕が無理だったとしても、他の者を行かせますので、席に穴が開くことはないですよ」
「すまんな、章」
心底すまなそうな茅野会長に対し、青柳の方はにこにこ顔で、
「あー、良かった。俺、先輩に是非見てほしくって。クロイツ役、結構頑張ってやってるんです!歩き方とか椅子の座り方とか姿勢とか、いろいろなおされてますけど」
にこにこしながら言う青柳を、真中が少しばかり顔をしかめながら見て言う。
「キミ、そんなので大丈夫なの?」
「え?大丈夫っすよ?ちゃんと毎日稽古に行ってるっすから」
すると、周防も顔をしかめて、
「仕事なんですから、それは当たり前でしょう」
「そうっすか?俺、今までこんなに何かが続いたことってなくて。バイトは大抵一日目で辞めてたし。ゲーセンのバイトだけは奇跡的に続いてましたけど、それからすると、すっげえ偉くないすか?」
青柳はニカッと笑った。周防はため息混じりに茅野会長に、
「すみません、この人、本当に大丈夫なんですか。クロイツ役って、品が必要なんですけど」
茅野会長が答えるより先に、青柳自身があっけらかんと言った。
「あー、それ、稽古のときにみんなに言われてます。本当なら氷上健吾さんが良かったのに、って。所属事務所があんなゴタゴタしてなかったら、絶対にそっちに話を持っていったのに、って」
突然の話に、俺は唖然とした。何だ、それは。
茅野会長が少し叱責するように、
「よさないか。ここにいる津和さんは、氷上さんの今の担当マネージャーでもあるんだぞ。氷上さんの前の事務所のこととはいえ、突然そんなことを言われても、困るだろう」
……うう、VTuber鴫沢レンの中身が健吾というのは公然の秘密とはいえ、俺はどう反応すればいいんだ。
青柳は少しバツが悪くなったようで、
「すんません。俺、氷上健吾さんの弟の藤原駆くんと友だちで、なんか勝手に親近感持ってるっていうか。いつか共演できたらいいな、とか思ってて。アクションとかできて、かっこいいですし!」
無邪気な青柳に、会長ももはや打つ手なし、といった様子でため息をついていた。
周防は気を取り直したように、
「それで、会長のご用件は、この事務所への依頼の話ときいていたんですが、そちらにもこちらの彼は関係があるんですか?」
すると、青柳は勢いよくソファから立ち上がった。
「俺、そっちの話は関係ないっす。そういう話、苦手なんで。あ、津和さん、俺、VTuberとかも見てて、メルザイオスの他の人たちもみんな見てるんです。いつか共演とかしたいなあって思ってるんですよ。先輩も、先輩の同僚の人たちとかも、配信に呼んでもらえたらいつでも出ますんで!じゃ!」
「おい、勝手なことを言うな!」
これは茅野会長だ。しかし、青柳は意に介さない様子で部屋を出ていった。
「すまん、章。津和さんも。大変失礼を」
ため息混じりに茅野会長が頭を深々と下げるのに対し、俺も周防も黙って受け入れた。というか、自社のタレントがあれだったら、かなり苦労するだろうなと同情する。うちのタレントはあそこまで滅茶苦茶じゃなくて良かった。
そして茅野会長は、改めて、と真中を周防に紹介した。
「こっちの真中は、今回初めて映画監督をすることになったんだが、その映画のことでこちらの事務所に、というか章に、脚本や映画の監修とロケの同行をお願いしたくてな」
「僕に、ですか?それに、ロケの同行はわかりますけど、脚本や映画の監修、というのはどういうことですか」
茅野会長は真中を見た。真中は固い表情で、
「今回の映画、周防さんが以前に参加した心霊番組のことを下敷きにしていて。……実は、俺の弟があのロケに参加していて、いろいろ話をきいていたんですが、それを元に脚本を書いて、とある脚本のコンテストに応募したんです。その賞は副賞として映画化してもらえるんですけど、それを受賞して、映画化が決定しまして。これがあらすじです」
真中は、A4の一枚紙を周防に差し出した。それを受け取り、読む周防の表情が険しくなる。
読み終えると、周防は、信じられない、という風に真中と会長を見た。
「どういうことですか、これは」
「俺をそんな目で見るな。俺もそれを読んでびっくりしたクチなんだから。まあ、脚本自体はリライトの指示が出てる」
「出てますけど、大きく変えるつもりはないですよ」
真中は少し不服そうに言う。茅野会長は少し苦笑いしながら、
「うちの事務所はその賞の協賛をしている関係もあって、映像化にあたってタレントを出すことになっているんだ。そのこともあって俺は関わってるんだが、心霊関係の監修というか、専門家を頼もう、という話が出て。それでお前に頼めば一石二鳥になるんじゃないかと思って、今日、訪ねてきたんだ」
周防が険しい顔をして沈み込む。
俺はおそるおそる訊ねた。
「あの……その脚本が、何か?」
「読めばわかりますよ。……ツカズさんに見せてもいいですよね?」
周防の問いに、真中は頷いた。
俺は読ませてもらい、そして周防の反応の理由を知った。
確かに、これはため息をつきたくもなる内容だった。
昔から心霊スポットとして知られているとある古い隧道に、心霊番組のロケ隊がやってくる。主人公は、そのロケに参加したスタッフの一人だ。彼は、下っ端としていろいろ走り回っていたが、出演者の一人、今をときめく二枚目俳優に、細かな用事をいろいろと言いつけられ、疲弊していく。
二枚目俳優が、普段の彼の評判とはかけ離れたエキセントリックな言動をとったり、撮影中に不穏な出来事がいろいろ起きたりといったことはあったが、撮影は進んでいった。
しかし、日が沈む頃、近所に住む兄妹が現場に紛れ込んだことをきっかけに、ロケ隊は恐怖と混乱に陥り、帰ることすら難しくなる。そんな中でも、霊感が全くない主人公の鈍感さと、逆に実は霊能力がある二枚目俳優の協力により、皆、その心霊スポットから帰還することができたのだった。
……というのが、映画のあらすじだ。
これって、もしかして、周防が障りを受けるきっかけになった、そして鈴木たちが周防に助けられたという、例の番組のロケのことを元にしているのか?




