6 それでは呪いの話を
「私が、氷上健吾が言っていた、憑いているモノが見える知り合いです。……ってことでいいんだと思います。氷上健吾が正確にはどんな風に言ってたか知りませんけど、氷上健吾の知り合いの中で見える人間ってことなら、まずは私ですね。あとは、巧と司さんですけど」
「司も見えるのか?」
巧が見えるというのは全く意外ではなく、一方で司の名前がここで挙がったことに意外に思った俺は訊ねた。それに真田が答える前に健吾が小首を傾げながら、
「司さんはそういうのはあんまり得意じゃないってきいたけど」
「あの人の得意じゃない、は信用できないですよ」
「巧が見えるってのはわかるんだが」
俺の言葉に、真田は少し顔をしかめて見せながら、
「そうですね。でも、あいつは見るだけじゃなくて、会っただけで呪いを消滅させかねないですよ」
なるほど、健吾が前に言っていたのは、つまり、真田と巧のことってことか。霊とかを見ることができるのは女性で、会っただけで憑いてるモノを消滅させてしまう知り合いは男性だと健吾は言っていた。
「それじゃ、巧はもう周防くんについている呪いを解いてしまっているのかな。だとしたら、問題は解決だが」
「解いてないですよ。前に巧と話したことがあるんですよ、氷上健吾が周防章と一緒に仕事をすることになるそうだけど問題はないのか、って。あの人の状態は、こっちの界隈でよく知られてますから」
こっちの界隈ってどっちの界隈だ。
「そうしたら、巧曰く、周防章に憑いているモノ、周防章の写真を撮ったときに映る影は悪いモノじゃないんだそうです。寧ろ、いいモノだって。だから、消さないでおいている、って言っていました。どうも、守護霊的なものらしいです。それの力が写真に映ってるんだって」
「あれが守護霊?不吉そうにしか思えないが」
「でも、氷上健吾に見せてもらった周防章の写真に映っていたのを見ても、邪悪な感じはしないんですよね。ただ映ってるだけ、っていうか」
「それじゃ、祓ったりはしない?」
「しませんね。私も巧もしません」
てことは、周防はあのままってことか。
「こっちは延々と、周防が隠し撮りとかされないように気を揉ませ続けないといけないってのはキツいなあ。その、守護霊とやらは昔は写真とか動画に映ったりしなかったのに、何で今は映るようになってんだ」
「これも巧の話ですけど、周防章は一時、かなり危ない状況に陥ったんじゃないか、って。それで周防章の守護霊が彼を守ったけど、周防章が回復しきってないことと、守護霊自身もダメージを受けて己の存在のありようを制御できなくなっていて、こんなことになってるんだと」
俺は真田を思わず真顔で見た。真田は俺を見返す。
「何です?」
「いや、全部巧からの受け売りみたいだけど、真田さんの意見はどうなのかな、って思って」
「そもそも私は周防章に直接会ってないですから。でも、もし会ったとしても、そこまではわからないでしょうね。さっきも言ったように、こっちの、祓い屋の界隈であの人の今の状態ってものすごく知られてるんですけど、誰もそれの原因とかを解明できていないんですよ。というかですね、巧のヤツが出鱈目なんですからね。あいつ、本当に何なんですか。何でもできるんだから」
真田が言うのをきいて、健吾がため息をつく。
「本当にね。巧さん、歌もうまいからなあ。多分、ダンスもできるよ。司さんには、巧さんと比べたら駄目だって言われてるけど」
「そりゃまあ、他人と比べても仕方がないからな」
俺が言うと、真田も力強く頷いて、
「そうですよ。とりあえず、ツカズさんの用件は終わり、ってことでいいですかね。じゃ、次は私と瑠璃さんが歌う番、ってことで」
カラオケ機の入力端末を操作し始める真田を瑠璃は呆れたように、
「何で今の話の流れでそういうことになるの?」
「だって、ここはカラオケボックスですよ?さっきから私、歌いたくてたまらなかったんです。ツカズさんも歌いますよね?」
いや、俺は仕事中なんだが、と言い掛けて、健吾が楽しそうに笑っているのを見て考え直した。うん、健吾にとってはこれも仕事の一環だよな。それを楽しくやれるんだったら、俺はそこに協力していいんじゃないか。
とはいえ、俺は歌を歌うのは得意ではない。音程を追えないわけじゃないが、自分で歌ってみると、元の歌とはかけ離れてるというか、こんなんじゃない、という感想しか出てこない、というか。
瑠璃と真田がかわいらしいアイドルの曲を二人で元気よく歌う。瑠璃が上を、真田が下を歌ってうまくハモっている。
俺が褒めると、真田が少し胸を張るようにして言った。
「私たち、同じ高校で合唱部だったんです。瑠璃さんがソプラノで、私がアルト担当だったので、ハモりは得意なんです」
「ツカズさん、次、どうぞ」
瑠璃に勧められて、俺は数少ない持ち歌のうちの一曲を歌った。
案の定、俺が歌うと、健吾も瑠璃も真田も、ぽかんとした表情で俺を見つめていた。歌い終わっても拍手がない。
健吾がぽつりと言った。
「僕、ツカズさんの歌、初めてきいたんだけど、何ていうか……何ていうか……」
そりゃ、今までカラオケとか一緒に行ったことなかったろう。健吾がうちの事務所に入る前は、大抵はメッセージのやりとりだけで、会っても食事をしたり、という感じで。
真田が興奮した様子で、
「やっぱりいい声ですよね!破壊力抜群です!下ハモを歌ってもらったらかなりいいですよ。どうです、周防章とじゃなくて、ツカズさんと二人で歌ってみた動画を出すのとか」
「いいねえ、それ」
健吾は乗り気な様子を見せたが、俺は渋い顔になった。
「いや、俺はスポークスマンなんだから、歌わないだろ」
「別に歌ってもいいんじゃない?それに下ハモだったら目立たないって」
健吾はけらけらと笑う。いや、マジでそれはない。第一、お前が鴫沢レンとして初めて出す歌ってみた動画になるんだぞ?もっときちんと、リスナーのニーズに合ったヤツでないと駄目だろ。
結局俺は、昼食をカラオケボックスでとり、それから事務所に戻った。その頃に、周防からメッセージが入っていた。明日の午前中には事務所に来られるという。
というか、明日の午後、藍堂のライブのキャリブレーションリハーサルに、後学のために見学に行ったらいい、と、夏代室長に連れていってもらえることになったんだそうで。……歌ってみたの企画の件といい、リハーサルの見学の件といい、何で周防はマネージャーである俺の知らないところでいろいろと話を進めているんだ。
まあいい。明日はちょっと説教もしないとならないってことだ。
翌日、俺はマネジメント室の自分の席で、周防が来るのを待っていた。周防との約束の時間まであと少しというときに、夏代室長がどかどかと足音も荒くマネジメント室に入ってきた。そして、俺のところまで歩いてきながら言った。
「津和主任。ちょっと話があるんだが。メルザイオスの件で。巧と司、あれ、どうにかならないか」
どうにか、とはどういう意味だ?




