5 デートに割って入る
真田はため息をつきながら言った。
「やれやれ、ですよ。折角の夏休み、ようやく瑠璃さんをデートに誘ったかと思えば仕事を口実にしてくるし。まあ、仕事を手伝ってくれ、って言えば瑠璃さんが絶対に断らないっていう思惑あってのことなんでしょうけど、それにしたってもうちょっと色気のあるやり方ってのもあるでしょうに。それに、今のご時世何があるかわからないから、カラオケボックスの申し込みをするのにも用心しろと私が言うまで気付かなかったし。瑠璃さんに関しては警戒心が働いたのはいいんですが」
「あ……、すまない。本来なら、こちらで手配すべきところなんだろうが。……えっと、君は真田さん、でいいんだよな?」
すると、真田はベンチから立ち上がり、ぴょこりと頭を下げてお辞儀した。
「はい。真田です。こんにちは。体はもう大丈夫ですか」
「ああ。まあ、大体大丈夫、かな。傷が引き攣れたりはするが。で、何で真田さんも一緒に?」
健吾と瑠璃のデートじゃないのか。それに、部屋を取ってる呼坂って誰だ。一体何人でここに来ている?
真田は、歩きながら話しましょう、と言って歩き出した。俺もそれについていく。真田は俺にも聞こえるかどうかという小さな声で、
「氷上健吾の名前でカラオケボックスを予約するのはまずいんじゃないかって私が指摘したら、瑠璃さんが予約しようとしたんですけど、それは氷上健吾が反対して。ほら、最近あったじゃないですか。カラオケボックスのバイト店員が好みの女性客の連絡先を盗み見てつきまといをしたっていう事件。あんなことがあったらまずい、って。それで私が予約することにしたんですよ」
「うん?さっき、受付で、呼坂、って」
「本名です。でも、私は真田なんで。それで呼んでいただくようお願いします。是非呼び捨てで」
……よくわからんが、こだわりがあるらしい。
真田は話を続ける。
「カラオケボックス、本当は司さんが予約しようか、っていう話もあったんですけど、氷上健吾が却下して」
「司が?でも、あいつは鹿鳴にいるから、無理だろう」
言いながら、また魔法で行き来する、とかいう話なのかと俺は察した。それは正解だったらしく、
「練習をあっちでしようか、っていう話があったんですよ。司さんの地元のカラオケボックスなら司さんも会員カードを作ってるからって。いい話だと思ったんですけど、瑠璃さんに司さんが絡むと氷上健吾は頑なになるんです」
「そんなに司を警戒する必要があるかなあ。あっちには全然そういう気はないのに」
「それは司さんが悪いんですよ。氷上健吾が誤解するような言動をわざとするから。……まあ、氷上健吾の瑠璃さんへの執着があからさますぎて、からかうと氷上健吾の反応が面白い、っていうのはわかりますけど」
いや、俺はわからんぞ。寧ろ、健吾が気の毒に思う。きっと司は、誤解されるかされないかのギリギリのところで振る舞っているんだろうなあ。
真田に案内されて入った部屋には、健吾と瑠璃がいた。音楽はかかっておらず、静かである。健吾はテーブルに突っ伏し、向かいに座った瑠璃がそれを心配そうに見ている。
「おう、大丈夫か」
俺が健吾に声を掛けると、健吾はそろそろと顔を上げた。
「ツカズさん……。すみません、呼び出したりして」
「いや、それは別にいいんだが。何でそんな暗い顔をしてるんだ。周防からそんなに難しい曲でも言われたか」
そもそも俺の知らないところで歌ってみたの企画を動かそうとしていたことが問題だと思うが、それは健吾に言っても仕方がない。
健吾はスマホを操作し、メモを俺に見せた。そこには六曲ほどのタイトルが書かれていたが、それらはどれも歌ってみた界隈ではよく知られている曲ばかりだった。最近、周防はこの界隈について調べるきっかけがあって、その成果がここに出ている。
「本当はもっと違うのをやりたいけど、最初はこの辺りから、って周防さんが。周防さんはもうオリジナル曲を出していて、次に出す動画も一人だけで作って出したら、ユニット全体で見たときにバランスが悪くなるってことで僕に声を掛けてきたらしいんですけど、何で僕かなあ。四人全員でやればいいのに」
ため息混じりに言う健吾に、真田が言う。
「どっちにしても歌わないといけないのは変わらないのに、何グチグチ言ってるんですか」
「それはそうだけど」
「あの、健吾さん、それは周防さんに見込まれたってことなんじゃないですか。健吾さんなら出来る、って」
瑠璃が健吾をまっすぐに見つめながら言う。それに対して健吾はふにゃりとほほえんだ。
「そうだといいんだけど。でも多分、声を掛けやすかったからじゃないかなあ。僕とは舞台で共演経験があるから。あと、オンラインでユニットのミーティングをしていて思うんだけど、なんだか、周防さんと巧さんたちの間に溝を感じるっていうか。ツカズさんは感じませんか」
正直なところ、それは感じる。というか、間違いなく周防は巧を警戒している。それは俺を見舞いにきたときに周防自身が話していたことだ。
でも、ここでそれを肯定するわけにはいかない。なんたって、同じユニットの仲間なんだしな。
「俺はそういうのは感じないけどな。それで、歌はどんな感じなのか。そんなにひどいのか。お前だったらそんなことはないだろう」
「歌えますよ、もちろん。でも、周防さんがどんな風に仕上げてくるかを想像したら、絶対的に足りないんですよ。ボイトレも行き始めたのに、全然まだまだだ……」
「健吾さん、大丈夫ですよ。前よりも声が出るようになっていると思います。ほら、練習を録音しましょう。それに、ツカズさんにもきいてもらって、候補の曲を決めていかないと」
瑠璃の言葉に、健吾が苦笑しながら体を起こした。
「そうだね、とりあえず歌おっか。ツカズさん、いけそうなのから三曲ほど歌ってみるんで、きいてください。それで、感想をお願いします」
そして健吾は三曲歌った。どれも良かった。が、確かに周防と一緒に歌うとなると、周防は悠々とこれを越えてくるように思われた。
それから、残り三曲も歌ってもらった。健吾自身が言っていたとおり、最初の三曲の方が健吾には向いている気がするが、それだけだ。
どう感想を返そうかと俺が悩んでいると、健吾はウーロン茶をしきりに飲んでいた。瑠璃が心配そうにそれを見る。
「喉、大丈夫ですか」
「うん、大丈夫。ちょっと疲れたかも」
すると、瑠璃は健吾に断ってその隣に座り、健吾の喉に手を当てていた。健吾は気持ちよさそうに目を閉じている。もしかして、魔法を使っている?
真田が言った。
「駄目ですよ、瑠璃さん、甘やかしちゃ。ライブなんかのときにはそういうことはできないでしょうから」
「でも、その頃には喉が強くなっているかもしれないし、歌の技術が上がってもっと楽に歌えるようになっているかもしれないでしょう。今はそこまで追い込まなくてもいいと思うんだけど」
「それはそうかもしれませんけど、さっきから何回やってるんですか、それ」
「ごめん、昨日もちょっと一人で歌ってたんだ。それで、疲れが残ってるんだと思う」
健吾が目を開け、目だけを動かして真田を見て言った。真田は不満そうに、
「カラオケボックスの予約、用心しろと言ったのに何やってるんですか」
「グラハムのマンションに防音室があるから、そっちでちょっと」
「じゃあ、今日もそっちで……ああ、駄目ですね。うっかり誰かに見られて、女の子をマンションに連れ込んだ、とか言われたらマズいか」
真田が自己完結する。うん、俺もそう思う。
瑠璃が心配そうに、
「無理しちゃ駄目ですよ。少し休みましょう」
「そうですよ。それでその間に、ツカズさんの用事を済ませる、ってのはどうですか。で、その後、私たちが歌う!って流れで」
真田が言ってくる。そうだ、俺は周防の呪いの件で健吾にききたいことがあったんだった。
でも、真田たちがいる前でそんな話をするのもなあ。
俺がそう思いながら、どう話を切りだしたものかと少し迷っていると、真田が察して、
「私たちがいない方がいいっていうんだったら、外で待ってますよ。いいですよね、氷上健吾。瑠璃さんには私がついてますから。またナンパとかきても、私が追い払いますから」
また、って何だ。いつも瑠璃はナンパされてるのか。まあ、性格の良さそうな美人だからなあ。こういう子がいい、と思う男は沢山いるだろう。
当の瑠璃は、戸惑った様子で視線をあちこちに彷徨わせていた。それを見て、真田が眉根に皺を寄せる。
「瑠璃さん、妖精が何か言ってるんですか?」
「うん。私たちも一緒に話をきいた方がいいって言ってる」
俺はどう判断すればいいかわからず、固まった。健吾が俺に訊く。
「ツカズさん、用件って何ですか」
「えっと、それはだな、周防くんのことなんだが」
「瑠璃ちゃん、妖精たちが言ってるのはその件で間違いない?」
健吾に訊かれて瑠璃は少し小首を傾げていたが、
「そうみたいです」
「じゃあツカズさん、話して大丈夫ですよ。瑠璃ちゃんも真田も、口は堅いし」
「お任せください!」
真田がふんっと鼻息荒く言う。
それで、俺は言った。
「前に、健吾が、憑いてる霊とかを見える知り合いがいるって言っていたのを思い出して。その人を紹介してもらったりとかできないかと思ってな」
「ああ……言いましたね。でも、どうして?」
「ちょっと困ったことがあって」
そして俺は、伊東と鳴瀬が訪ねてきたこと、雑誌社が周防を調査対象にしていること、事の発端は周防の呪いの噂であること、を伝えた。
「水子がどうとかっていうネットの噂については、周防自身が弁護士に頼んで発信者の調査をしてるから、そこを踏まえての対処になるんだが、噂の出元がわかって今ネットに流れてる噂の対処をしても、今後、いつ周防の姿が誰かに写真に撮られて、少なくとも写真に黒い影が映るのが本当だってばれるかわからないし、それを心配し続けるってのもどうかと思ってな。それで、できれば呪いを解くことができないかと」
「なるほど。でも、前も言いましたけど、そのせいで周防さんがライバー活動をやめたらどうします?」
「そのときは仕方がないが、活動に取り組んでいる周防くんを見てると、そんなことはないんじゃないかっていう気がするんだ」
俺が言うと、健吾は、なるほど、と言って真田を見た。
「そういうことなんだけど、どうかな。周防さんの呪いって解けるものなの?」
俺はあっけにとられて、健吾と真田を見比べた。真田は小さくため息をつき、
「まさかそんな風に話が来るとは思いませんでした」
「じゃあ、まさか、君が?」
「はい。私が、氷上健吾が言っていた、憑いているモノが見える知り合いです」
何とまあ。




