3 鈴木の話
社長は言った。
「つまらんことを考えるもんだな。だけど、この件については対応はシンプルじゃないか。ネットにこんな詰まらんことを書き込んだ奴を特定して訴えればいい」
「では、開示請求ですか」
副社長が言い、俺は、あ、と思わず声を上げた。
社長と副社長の二人が俺を見る。
「どうした、津和」
「いやその、前に、鈴木から……プロダクト室のバイトの鈴木から相談があったんですよ。知り合いがネットで誹謗中傷をされているから、うちの弁護士を紹介してくれ、って。その知り合いってのが周防くんで、確か鈴木の話では手続きが進んでいる、ということだったような」
「確認しろ。うまくいくと、記者側と歩調を合わせてやっていけるかもしれん。とりあえず話はそれからだ」
「周防くんへの対応はどうしますか」
俺は訊ねた。本人にこのことを伝えるか、伏せるか。
社長は小首を傾げながら副社長を見る。
「伝えたところで精神的にダメージを負うようなタマではないと思うが、どう思う」
「そうですな、今の段階で伝えるのはまだ早い気もしますが、しかし調べているのが伊東さんたちだけではない可能性もある。用心するように言ってもよいのではないですかな」
俺は思わず訊ねた。
「それって、よそも調べているかもしれないってことですか」
「そうですな。周防さんは今、目立っていますから」
「とりあえず、周防にはお前から伝えておけ。用心しろ、くらいかな。そうきいたら、あいつは考えて立ち回るだろう。あと、開示請求の進み具合もきいておけ。それを確認して、また話をしよう」
マネジメント室に戻ると、俺はすぐに周防に電話をかけた。直接会って話せないか、と訊いてみる。明日の午後にはこちらに来られる、との返事があったので、それで了承をした。
とりあえず俺は息をついた。部屋には俺以外、誰もいない。来月の連休に藍堂のソロライブが予定されており、それに向けて皆、いろいろと動いているからだ。俺はメルザイオスの担当マネージャーということで、そちらの業務は外れている。藍堂からは、何故関わってくれないんだとクレームが時々入ってくるが。
俺は少し疲れを感じたが、まだ午前中だぞ、と気合いを入れ、コーヒーを取りに椅子から立ち上がったとき、ぱったりと、マウスを片手に備品置き場のパーテーションの向こうから出てきた鈴木と目が合った。
鈴木は居心地が悪そうに視線を左右にやっていたが、やがて、
「あの、えっと、何かあったんですか。周防さんが何かまた突拍子もないことを言い出した、とか」
電話で俺が周防を呼び出したのをきいただけで、鈴木はそう思ったらしい。
俺が否定しようとする前に、鈴木は口早に言葉を並べていく。
「すみません、周防さんは悪気はないんです。ただ歌とかダンスとか、また人前で披露できるようになるっていうのがとにかく嬉しいらしくて。察してほしいんです、本人としては不本意な形で芸能活動を休止するしかなくって、でもそれがまた再開することができて、それがどれほどの喜びか、って。暴走気味なのは僕も認めますけど、でも、周防さん、本当に生き生きしているんですよ。家でもなんかうきうきしている様子がわかって。妹とも、ライバーデビューの話を周防さんに持って行って良かったね、って話してるんです」
周防が暴走気味、というのは俺も否定はしない。メルザイオスのデビューから約二ヶ月。彼らのデビュー曲のMVだけでなく、周防のオリジナル曲のMV公表を終わらせたばかりだ。なのに、周防は、次は3Dでのダンス動画を出させろと事務所をつついてきている。周防自身のチャンネル登録者数もかなりの伸びで、勢いをつけたいというのはわかるが、それでも3Dモデルを作るのにかかる費用のことを考えると、じゃあ作りましょう、とはならない。ユニットの中で一番登録者数が多いのは鴫沢レンで、それをさしおいて先に周防のオリジナル曲を出しているだけでなく、更に3Dモデルまで、というのもバランスが悪い。
まあ、それはともかくとして。
「いや、周防くんを呼び出したのはそういうことじゃなくて。そうだ、お前さんにもきいたのでいいか。前に、周防くんがネットで誹謗中傷されて、その開示請求をしているっていう話をきいたが。あれ、どうなった」
「ああ、あの件ですか。IPアドレスの開示が通って、次の段階に進んだところです。根も葉もない噂を書き込んだ奴を絶対につきとめて、償わせてやるんだって、僕は妹と話してるんです」
鈴木は鼻息を荒くしている。いや、何でお前さんがそんなに熱くなっているんだ。というか、
「前から思ってたんだけど、お前、周防くんにものすごく入れ込んでるな。確か、心霊番組のロケのときに助けてもらったんだっけか」
「はい。周防さんは、僕と妹の命の恩人なんです。周防さんがあのときあの場所にいなかったら、僕たちは今、生きてないと思います。生きていたとしても悪いことになっていました」
「そうか。恩人についてイヤな書き込みをされたら、そりゃ、腹も立つよな。水子が、とか」
俺の言葉に、鈴木は心底悲しそうな顔をした。
「主任も見たんですね。……本当に、イヤなことを書く人がいるもんです。周防さんは全然そういう人じゃないのに」
「あー、それは、もし交際相手との間に子どもができたら、ちゃんと責任をとる、ってことか?」
言いながら、それも周防のキャラからするとなんか違う気がする、と思ったが、鈴木は更に悲しそうな顔になって、
「いえ。不用意に子どもができるようなことはしないし、できたとしても恨まれないように立ち回るから、そんなことを書かれることは絶対にない、って言い切ってました」
俺は少し目眩を覚える。いやまあ、周防ならそうだろうと納得しているんだが、それっていいことなんだろうか?
「でも、女性を妊娠させることはなかったとしても、知らないうちに誰かに恨まれたりっていうことは可能性としてはあるんじゃないか」
「それはそうなんですよね。周防さん、ただでさえ目立つし。知らない女性に勝手に惚れられて勝手に振ったことになっていて、それで勝手に恨まれている、とかもあるかも……」
「周防自身に心当たりはないのか。いや、妊娠させた相手とかじゃなくて、恨まれる心当たりっていう意味だが」
「それは、考えてもキリがないって言ってました。芸能界の一線でやっていたっていうことは、誰かを押し退けてそのポジションにいたっていうことだから、って。それに、家業のこともあるし」
「家業?心霊調査の方か?それで何で恨まれる?」
まさか、祓ったお化けとかに恨まれる、とか?いやいや。




