2 ネットの噂
周防のことで何を記事にすることがある、と俺は咄嗟に思ったが、すぐに、いや、記事にしようと思えば簡単にできるじゃないか、と思い直した。
周防は俳優としてドラマに映画に舞台にと活躍していた。それが一年半ほど前にぱったりと表舞台に出なくなった。そのときの事情も明らかにされないまま、このたびVTuberとしてデビューしている。その辺りを調べて記事にすれば、読者は食いついてくるのではないか。
特に、芸能界に流れているという、「周防章は呪われている」という噂は記事のネタになりそうな気がする。
副社長は首を傾げながら、
「周防さんについて、何か問題がありますか。スキャンダルというか」
「佐久間さんは、芸能界で流れている周防さんの噂はご存じありませんか」
「呪われている、とかいうあれですか?そのせいで、写真を撮ると黒い影が映る、と。しかし、それはただの噂でしょう」
「津和さん、周防章の写真って、宣材のために撮ったりされましたか」
伊東が俺に訊く。俺は首を横に振る。
「いえ。だって、うちの業界では本人の写真を宣材に使うことはありませんし」
「確かに。でも、気になりませんか」
「伊東。お前、話の本筋からそれてるぞ」
鳴瀬はそう言いながら、持ってきていたノートパソコンに何やら打ち込むと、画面を俺と副社長に見せた。
そこには、悪意以外の何も感じられない書き込みがずらりと並んでいた。内容は一律だ。周防は女性を妊娠させて堕胎させており、その水子が呪ったせいで写真や映像に映るたびに黒い影がその顔にかかる、と。
ふと、検索窓を見ると、
周防章 水子 呪い
と入力されていた。
「水子、って」
「こっちは最初、周防章が芸能界から身を引いた理由を調べていたんです。その過程で、芸能界に、周防章は呪われて写真を撮ると黒い影が映るようになった、っていう噂があるのはわかったんですけど、ネットには、呪われた原因は水子のせいだ、っていう書き込みが多々あって」
鳴瀬の言葉に続いて、伊東が言う。
「多分、始まりは一つの書き込みなんです。一人ほど書き込みをして、それがコピーされて広まったという感じです。まあ、便乗していろんな誹謗中傷を書き込んでいるケースもあるようですが」
「実は、このネットの噂がきっかけで、周防章の身辺について調査をして、記事にしようという話が編集部内で出ていまして。周防章が芸能活動を実質的に引退したままだったらそういうことにはならなかったのですが、このたびVTuberとしてデビューしたでしょう。しかも、かなり話題になって人気を集めている。記事にする旨味が周防章にまた出てきたので、編集部も目をつけたという感じです」
「それで、俺が調査を担当することになったんですけど、周防章って今は氷上健吾さんの同僚じゃないですか。周防章がスキャンダルでイメージダウンになったら、氷上健吾さんに影響が出ると思って。それで、鳴瀬さんに相談したんです」
「こいつ、氷上さんに暴言を吐いたってずっと落ち込んでたところにこんな話がきて、これ以上氷上さんに迷惑をかけたくないって相談してきたんです。それで、こちらの事務所に話をしてみようかと。氷上家を記事にしたときに氷上健吾さんに直接インタビューをしたように、今回も何か周防章のダメージコントロールができる方法がないかと思って」
副社長は頷きながら言った。
「お話はわかりました。周防さんに関する記事がいつ出るかはもう決まっているんですか」
「いえ。まだ調査の段階です。でも、周防章みたいな人はうちの編集部としてはおいしいので、マークはゆるまないと思いますよ」
「わかりました。まだ少し時間があるということでいいですかな。こちらも考える時間がある、と」
「はい。そう考えていいと思います。ただ、他のネタの記事が上がってこなかったときに進み具合を訊ねられる可能性があるので、調査は続けていくつもりです」
鳴瀬が言い、伊東も頷く。副社長も頷いて、
「わかりました。そちらの編集部を満足させつつ、周防さんのイメージも守れる方法を考えましょう」
俺たちは今後もこの件について連絡を取り合うことで合意し、俺は伊東と連絡先を交換した。
二人を会社の外まで見送って、建物の中に入ったところで、副社長は俺に言った。
「すぐに社長に相談しましょう。周防さんは本名でライバーデビューしているので、周防さん自身のイメージに傷がつくと、ライバー活動の方に直接的に影響が出ます。事務所で対応する案件です」
俺も同感だ。
二人ですぐに社長室に向かうと、社長は先日手に入れた新しいマウスの操作性をゲームで試しているところだった。手に入れた、というのは、それは社長が自分で買ったものではないことを俺が知っているからだ。
社長は部屋に入ってきた俺たちを見て訊いてきた。
「記者の対応、どうだった。また何かあったか」
今日、鳴瀬と伊東に会うことは、社長の耳には入れてある。
副社長は苦笑しながら、
「彼らが会いにきて、何もないわけではないですよ。あちらの用件は、周防さんについてでした。あちらの編集部が、周防さんをターゲットにしているとのことで」
「周防が調査対象になったということか。しかし、あいつは何か記事にされるようなキズでもあるかな」
そこで、副社長は自身のスマホを取り出した。俺のところからも副社長のスマホの画面は見ることができたが、副社長は先ほど鳴瀬が検索エンジンで調べたのと同じ言葉を入れて検索していた。そして、その結果を社長に見せる。
「これです」
「なに……?水子?呪い?写真を撮ったら黒い影が映る?まさかこれを記事にしようっていうのか?あり得んだろ、普通に考えたら名誉毀損ものだぞ?」
「だから、慎重に調査をしているんでしょう。呪い云々はともかくとして、女性を妊娠させて堕胎させた、となるとかなりのスキャンダルです。もともと人気絶頂のときにいきなり表舞台から姿を消し、今度はVTuberとして活動を再開したがそれもかなり勢いがある、そんな人物のスキャンダルとなれば、話題性は十分でしょう」
「つまらんことを考えるもんだな。だけど、この件については対応はシンプルじゃないか」
社長はあっさりと言った。……何をどう考えたらそういう結論になるんだ?




