1 謝罪から始まる面談
ここから第二部が始まります。よろしくどうぞ。
「大変申し訳ありませんでした!!!!!」
ものすごい声量での謝罪とともに、直角に腰を曲げて勢いよく頭を下げた相手に、俺は唖然とした。
「えっと、これは……?
「すみません、彼なりの誠意でして」
頭を下げる青年の傍で少し弱ったような笑みを浮かべながら俺に言うのは、大手雑誌社の記者、鳴瀬。そして、怒鳴り声にも等しい声量で謝罪をするのは、鳴瀬の後輩の伊東だ。
俺が勤めるライバー事務所Postnubila Worksがデビューさせた男性VTuberユニット、メルザイオスがデビューして約二ヶ月が経った。
その配信動画の再生数や、チャンネル・メンバーシップの登録者数の伸び方は、うちの事務所としては前代未聞の右肩上がりという中、メルザイオスのことで是非会って話がしたい、と鳴瀬から連絡を受け、事務所の会議室で会うことにしたのだが、会っていきなりこんな風に頭を下げられるとは思わなかった。
「とりあえず、頭を上げてください。そもそも、何の謝罪ですか」
「前に氷上健吾さんへインタビューするためにこの事務所に来たとき、大変失礼なことを伊東が言ってしまったことについての謝罪です。あのインタビューのときから伊東の様子がおかしくて、何か引っかかっていることがあるようだったので、話すようにと言ってきかせてようやく喋ったのが最近でして。本当なら氷上さんに直接謝罪するべきなのでしょうが、失礼なことを言った記者にタレントさんが会ってくれるかどうかわからなかったので、まずはマネージャーである津和さんに会おうと」
「失礼なこと……ああ」
それで俺はようやく思い当たる。将来の目標を訊ねられて、人に楽しんでもらえるようなものを提供できるようなエンターテイナーになりたい、と答えた健吾に対し、「がっかりだ」と伊東は言った。多分、あのことだろう。
「とにかく、頭を上げてください。俺に謝られても仕方がないんで」
「それでは、氷上健吾さんに取り次いでもらえますか」
顔をぱっと上げて伊東が訊いてくる。それを宥めるように鳴瀬が、
「待て待て、そんな勝手なお願い、どういう神経だったらできるんだ」
「でも」
「あの、伊東さん、謝罪はわかりました。氷上には俺から伝えておきます。というか、氷上は気にしてないと思いますよ」
「でも、あのとき、間違いなく氷上さんは固まっていて。俺、氷上さんを傷つけるつもりとか全然なくて。というか、あの、あんなこと言うつもりなくて。えっと、俺、あのときかなり緊張してて」
「まあ、社会人として働き始めてまだ少ししか経っていないんだから、それでいきなり芸能人相手にインタビューってのも緊張するでしょう。大丈夫です、氷上もわかっていると思うんで」
「違うんです。あの、俺は普段、緊張とかしないタチなんですけど、あのときは特別というか。鴫沢レンって、俺の子どもの頃からのヒーローで」
顔を真っ赤にして半ば叫ぶように伊東は言った。……えーっと、俺はこれはどういう反応をすべきなのかな?そりゃ健吾を相手にするんだったら、そう言うのが相手の歓心を買うのに手っ取り早いだろうと思うが。
俺の内心を読んだかのように鳴瀬が言った。
「津和さん、こいつは本当に鴫沢レンのファンなんです。社会人になって二年目の俺が、仕事のことで腐りかかってたときに、鴫沢レンと鴫沢司令の稽古シーンを心の支えにして乗り切ったみたいに、こいつにも鴫沢レンに特別な思い入れっていうのがあってですね」
伊東は子どもの頃にリアルタイムでナイトレイヴンを見ていてもおかしくない年代ではあるが。
鳴瀬の言葉に、伊東は椅子に腰を降ろし、姿勢を正して言った。
「俺、鴫沢レンみたいになりたいって子どもの頃から思ってたんです。俺は六人兄弟の一番下で、子どもの頃から上のきょうだいにいじめられてたっていうか、無視されてたっていうか、それで毎日辛かったんですけど、ナイトレイヴンを見て鴫沢レンっていう目標ができて、それでずっとやってこられたんです」
「鴫沢レンが目標、ですか」
伊東は頷き、熱を込めて語る。
「だって、鴫沢レンって、司令部で一番年下じゃないですか。唯一の子どもなんですよ?でも、基地のみんなに頼りにされて。主人公なんか、困ったことがあったらすぐにレンを頼るし、冷笑気味で頭のいいブラックだって、レンの言葉には一目置くでしょう。俺、レンがいつも言ってた「僕に任せて」っていう台詞、すっごく好きで。レンがそう言ったら、どんな困り事も解決するじゃないですか。年下でも実力があればあんな風になれるんだって本当に憧れたんです」
「こいつ、鴫沢レンに憧れて、剣道も始めたんですよ。今も続けていて。そうだよな?」
「はい。剣道で強くなったら、鴫沢レンに近づけるかなって。あと、大きくなったら鴫沢レンと一緒に戦えるかな、とか。子ども心に思いました」
はにかみながら伊東は言う。こうして話をきくと、なんかいい奴だな。
「それじゃ、あの日、あんなことを言ったのは……?」
「あれは、その。俺の中で鴫沢レンに対する期待が大きかったっていうか、だから氷上健吾ならものすごくかっこいいこと、世間がさすがだって思うようなことを言うんじゃないか、って思っていて。でもよく考えたら、VTuberとしてのデビュー前だったし、矢鱈なことは言えなかったですよね。すみません、勝手に期待して」
「あー、えっと……」
鴫沢レンというVTuberの中身が氷上健吾だということは、ファンの間ではすっかり知られている。とはいえ、俺がそれを認めるわけにもいかない。
と、会議室のドアがノックされた。入ってきたのは、副社長だ。
「すみません、打ち合わせが長引きまして」
そう、そもそもは今日のアポは副社長を通じて入ってきたものだ。当初は副社長も一緒に鳴瀬たちと会うことになっていたのに、約束の時間の直前になって副社長に緊急のミーティングが入り、それで俺だけで鳴瀬たちに会っていたのだ。
鳴瀬が気安い様子で、
「大丈夫です、佐久間さん。今、こちらの一つ目の用が終わったところで」
「そうですか。では、本題はこれからということですかね」
「本題?何かあるんですか」
まさか健吾のことでまた何か記事にしようとかいう動きがあるのか。VTuberデビューしたから、そのことで?
鳴瀬は渋い表情をしながら、
「本題、というか、俺もこれはちょっとどうしたものかと思っていて、それでいっそのことそちらに相談してみたらいいかと思ってアポをとったんですが」
「あの、健吾が……氷上が何か」
「氷上健吾さんじゃないです。周防章さんです」
周防章?何で?
周防のことで何を記事にすることがある、と俺は咄嗟に思ったが、すぐに、いやそんなことはないか、と思い直した。
いや、記事にしようと思えば簡単にできるじゃないか。
第二部も毎日20時に投稿します。過去編もやっていますので、そちらもどうぞ。




