8 エピローグ
男性アイドルライバーグループ、メルザイオスのメンバーとしての初配信を終えて、司は一つ安堵しながら隣の巧の部屋に行った。
巧は椅子に座ったままで大きく伸びをしているところだった。司が入ってくるのを察すると、くるりと椅子ごと回転してこちらを向く。
「今の配信、すっげえ面白かったな。健吾、案外話を回すのうまいな。いつもと違う」
「いつだって彼はそつなくやってるよ。それをかきまぜようとしてるのは巧でしょ」
「でも、今回だって俺、いつも通りだったけど、健吾はいつもよりもしっかりしてて、ちゃんと話を予定したオチまで持っていけてた。……あ、そうか。司がフォローに入ったから」
「いつも僕はフォローに入ってるけど。今回は巧がさすがに自制してるなって思ったよ。いつもと比べて無茶ぶりはなかった」
「そっかー?俺、いつもと変えてた自覚ないけどな」
巧は小首を傾げる。まあそうだろうなと司は思う。巧はそういうのを巧まずやれてしまう。無意識だ。その強さは昔からで、そのことに無自覚なのも相変わらずだ。
「次はTwitchの配信な。三十分後だっけ。お前、いけるか?」
「いけるか、って、配信のこと?勿論。大丈夫だよ」
巧はこんな風に司のことを気遣ってくる。基本的に司はひ弱なものだと認識しているからだ。確かに、巧に比べればひ弱だ。というか、巧よりも頑丈な存在を司は知らない。とはいっても、刺されればそれなりに怪我はするし、一時的に活動不能状態にもなるのだけど、人の世に属することに拠ってでは、本当の命の危機というところまではいかない。
と、ポケットに入れていた司のスマホに着信があった。取り出して確認すると、津和からのメッセージだった。
「ツカズさんからだ。配信きいてたって。良かったって」
「そっか。良かった、元気そうで」
「まあね。刺されて療養中のベッドの上でも仕事してたくらいだしね」
「あー、ユニットの設定な?そんなのが必要とは思わなかったけど、確かに何か決めておかないと、鴫沢レンと周防章と俺たちが絡むことの説明がスムーズにできないからな。とはいえ、ツカズが出してきた設定はちょっと驚いたけど。なんて言うか、うまいこと考えたっていうか」
巧が笑って言う。司は肩を竦めて見せた。
「まあね。本当にあったことをうまく落とし込んだ感じだね。こっちに来たときに、健吾くんの神隠しの真相を話してきかせたけど、それがまさかあんな風になるとはね」
「任せて良かったよ」
巧が軽い調子で言うのに、司は内心呆れる。巧のそれもまた無意識だ。巧は最初から、津和に任せれば良い方に転がるとわかっていて提案している。巧が津和にその仕事を任せることにこだわっていたのはそのせいだ。成功するとわかっているから、それにこだわる。
長い付き合いで司にはわかっていることだったが、そのことを巧の前で口にしたことはない。巧の自然な能力の発露を妨げることになるのではと思うからだ。それはずっと昔からそうしてきていたことだった。この子は伸び伸びと伸ばさないといけない。昔の自分が心に決めたことだ。そして、巧をこの世に送り出した存在が望んだことでもある。
「俺も見舞いに行こうかな」
珍しいことを言うのに、司は一瞬意表を突かれた気がした。思わず巧に訊き返す。
「見舞い、ってツカズさんの?東京まで行くってこと?」
「そりゃそうだろ。グラハム絡みじゃないんだから、東京にはさっと行ってしまえばいい。真田の家のどこかを使わせてもらえば、行きも帰りも誰かに見られることはないだろ」
魔法で移動することを言っている。それはそうなのだが、基本的に面倒くさがりな巧がそこまでして見舞いに行こうとは、これもまた無意識で何かを察知しているのか。ちなみに、グラハム絡みでなければ、というのは、グラハムに、魔法を使わなくても対処できることについてまで魔法を使うなと言われているからだ。それが重なればこの世界の理を壊しかねないからと。司の感覚では、それくらいではこの世界は壊れはしないけれど、とりあえずはおとなしく言うことを聞いている。
司はさりげなく訊いた。
「何か気になることでもある?」
「ああ。翼の城に取り込まれかけてたときのこと、ツカズはどれくらい覚えてるかなって。お前との電話では、翼の城っていう言葉に何か覚えがあるようだったっていうことだけど」
「それ以上のことを覚えているかもしれないって思っているんだ。心配?」
「そりゃ、覚えているよりは覚えていない方がいいに決まっている。記憶の断片は、向こうの付け入る隙になる」
「会って確かめたいんだ?でもどうやって?面と向かって訊くの?もしほとんど記憶がなかったら、こっちのバツが悪いよ?それよりは、真田さん辺りを動かして探った方がいいんじゃないかな。多分、真田さんはこの件、乗ってくると思うんだよね」
「そりゃ乗ってくるだろ。あいつ、ツカズのことかなり気に入ってたしな。あの声と鎔蘭デザインのビジュアルがいい、とか。本人の見た目とのギャップがまたいい、とか」
「ツカズさんにはきかせられないね。本人、きっと気にしているから」
司は苦笑したが、ふと、巧がこちらをじっと見ているのに気がついて笑うのをやめた。
「何?」
「いや、お前こそ、何か気になることがあるんじゃないかって」
「ツカズさんのこと?そうだね、確かにあるよ。周防さんが動いているんじゃないかって」
「あいつがツカズに何かするってのか?しないだろ」
「勿論、悪いようにはしないと思うよ。でも、僕らに対抗するのに、ツカズさんを利用するんじゃないかなって」
「あー、それはありそうだ。まあ、様子を見るさ。別に俺らを警戒とかしなくてもいいんだけど、口で言っても信用しなさそうだしな」
「そうだね。なまじ力があるだけに、難しいだろうね」
力がある者には、巧の存在は脅威にしか思えないだろう。巧のことは、敬意を示して受け入れてくれればいいのだが。例えばグラハムのように。
「ま、どう転んだって、悪いようにはならないと思うぜ」
巧は軽く言った。司は昔からそうしてきたように、その言葉を信じることにした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
いったんこのお話はここで完結とし、今週の土曜日の同じ時間にこの続きで続編を投稿したいと思います(投稿の操作をミスりませんように……南無南無)。
よろしくお願いします。




