6 虚構のうまい使い方
日曜日の夜八時、鴫沢レンの配信が始まった。ライバーデビューして日曜日の配信はこれで三回目だ。
レンは今までと同じように配信を始めた。まずは、巧と司がゲスト出演する予定だったのが火曜日に延期になったことを伝える。
「今日ゲスト予定だった二人なんだけど、ちょっとスケジュールの都合で火曜日に変更になりました。楽しみにしてくれてた人はごめん、火曜にちゃんとやるのでよろしく」
俺が刺された例の事件で、被害者が事務所関係者というのはマスコミに出ているので、コメント欄にはそのこととの関連を訊いてくるものが多く出てくる。レンは、巧たちのゲスト回が延期になったことと事件との関係について訊ねるコメントは無視し、被害者は大丈夫なのかという質問だけを拾う。
「心配かけてごめん。本人は一命を取り留めて、今は治療中です。意識も戻っていて……本当によかったです」
レンはそこで感極まったように声を詰まらせ、それからすぐに切り替えて、
「それ以上はここでは話さないけど、落ち着いたらまた伝えます」
そこからレンは雑談を続け、いつもより少し短い長さで配信を終えた。
「今日はこのくらいにしとくね。また火曜日にちゃんとやるから」
と前向きなコメントで締めて。コメント欄は「無理しないで!」「火曜日楽しみにしてる!」といった好意的なコメントで占められていた。まあ、今回もモデレーターのおかげでおかしなコメントは出ていないのだろう。
モデレーターといえば、この配信も巧がモデレーターとして参加していたらしい。それは配信翌日の月曜日に見舞いに来た健吾が教えてくれた。
「本当は司さんも参加したいって申し出たんだけど、前島主任さんが、それは運営の仕事だからって断ったんだって」
「その理屈だと、巧の参加も許可されないんじゃないか」
「うん。主任さんは巧さんの申し出も断ったんだけど、巧さんの方でちゃっかりと社長の許可をもらっていて。まあ、ちょっと人手が足りないらしくて、一人でも人手を確保したいっていうのはあったみたい」
「それは申し訳ないな」
恐らく俺が入院して配置に穴をあけてしまったからだろう。
健吾は少し慌てたように、
「ツカズさんのせいじゃないよ。そもそも僕たちのデビューの関係でみんな忙しいし、あと、この前の事務所の七周年ライブ。あの評判が良くて、それで前よりも案件が入ってきているんだって。忙しいのはそれでだね」
だとしても、俺が入院なんてしていなかったら問題のないことじゃないか。
俺が気にし続けているのを察したらしい健吾は、話題を別な方に振った。俺の手元のスマホを見ながら、
「社長さんからきいたけど、ユニットのバックストーリー、スマホで書いてってるって本当?」
「ああ。パソコンの方が本当はいいんだが、ちょっと体を起こして座るっっていうのがまだ傷に障ってな。あ、でもちゃんと最後までできたから。それに、そもそもそんなに長い文章じゃないし。まあ、かなり頭は使ったけどな。さっき社長にメールを送ったんだが。お前もここで読むか」
「いいの?」
健吾が驚いた様子で俺を見る。俺は頷いてみせた。
「ああ。まあ、社長のゴーサインは出てないから、もしかしたらやり直しを命じられるかもしれないが、俺はいい線いってると思うんだ」
俺は健吾のスマホにファイルを送った。
健吾はそこですぐに送られてきたファイルを開いて読み始めた。一読し、また最初から読み始め、また最後まで読み、というのを何度も繰り返している。その目はまん丸に見開かれていた。
「ツカズさん、これ……」
「な、いいだろ。これでも結構考えたんだぞ。鴫沢レンは架空の人物なのに対して周防はリアルの本人そのままだし、そこへもってきて巧と司だろ。リアルの芸能人である周防と一般人の二人をどう絡ませるかとか、どうすれば不自然にならないかって。それで、考えたんだ。巧と司にも虚構の設定をてんこもりにしてしまったらいいんじゃないかって」
このユニットのバックストーリーに必要なのは何か。それは、なぜこの四人が集まったのか、この四人の関係性は何か、その説明だ。
とはいえ、鴫沢レンの設定は決まっている。周防章だってそうだ。決まっていないのは巧と司。
そこで俺は、鎔先生のキャラクターデザインを思い出した。現代日本の服装と、中世ヨーロッパのようなファンタジー世界の物語にありそうな衣装。巧と司は実はそういう世界の住人なのだという設定にすればいいのではないか。
話の筋はこうだ。鴫沢レンはナイトレイヴンのときと同じように、父と一緒に異世界からの侵攻に対抗するレジスタンス部隊に加わっていた。
レンは指揮官として現場に赴き、そこで異空間を繋ぐ嵐に巻き込まれ、別の世界に行った。
そこでレンは巧と司に出会う。巧と司がいたのは魔法がある世界だが、レンを保護し、話をきくうちに、魔法がない世界とはどんなものだろかと興味が湧いて、レンを元に戻すついでについて来た。
だが、本来ならレンが元いた世界に行く筈だったのだが、手違いでよく似た別の世界に来てしまった。
その世界で三人はアイドルとしてライバーデビューさせるタレントを探しているライバー事務所スタッフと出会い、スカウトされ、そこで元々のこの世界の人間である周防と引き合わされ、意気投合してユニットを組むことになった。
「ツカズさん、これって、僕が異世界に行っていたっていうのをきいて考えた?」
「まあ、取り入れはしたな。そこには書いてないけど、レンが巧たちの世界に行っている間に元の世界では十年が経過しているので戻りづらいっっていう設定もある。ただ、それを表に出すと、リアルの氷上健吾が十年間神隠しに遭ってたっていうのを皆が連想しそうだから省いているが。あと、裏設定で、巧は向こうの世界の王様で、司はご意見番の学者っていうのもある。だから、二人は時々向こうに帰らないといけないんだ。で、普段Twitchの配信で二人が喋っているのは、元いた世界の言葉なんだ」
「そっか。ありがとう、ツカズさん。すごくいいと思う。でも、この設定の中にある、デビューしないかって誘ってきたライバー事務所のスタッフってツカズさんのことだよね」
「まあ、そうなるな」
「ツカズさん、いいの?ツカズさんはあんまり巻き込まれたくないみたいだったけど」
「仕方ないだろ」
「そっか。でもこの設定だと、僕が昔からツカズさんの世話になってるっていうのは言えないね」
「言わない方がいいだろ。知り合ったきっかけのあの件なんて、詮索されない方がいいんだから」
「そっか。そうだね。わかった」
健吾は小さく笑った。ほっとしている様子があった。これが健吾の役に立てばいいのだが。
火曜日の午後には周防が見舞いに来た。
これは俺には意外だった。周防がわざわざ病院に足を運んできた、というのが。ちなみに、周防から見舞いのメッセージは早々に来ていたが、定型文みたいなもので、社会人として最低限、という感じだった。
「こんにちは。具合はいかがですか」
周防の服装は、ブルーのストライプのシャツにベージュのパンツ、淡いグレイのジャケットを合わせ、伊達メガネをかけ、更に帽子をかぶるという格好だった。人目をひかないようにという意図はわかるが、やっぱりスタイルの良さや垢抜けた雰囲気は滲み出ている。健吾といいこいつといい、何なんだ。
俺が自分の体調について簡単に説明すると、周防は少し呆れたように言った。
「やっぱりそうですよね。ユニットの設定を病院のベッドの上で書いてきたときいて、そんなに早く回復したのかと思ったのですが」
「いや、時間がないと思って。俺のせいでユニット名とか決まっていなくてPV制作を止めてたりとか迷惑かけてた自覚はあったから」
「だとしても、体はいたわらないと。今は大事な時期ですよ。そうだ、そのユニット名のことですけど、決まりました。今日の午前中にオンラインでミーティングがあって、津和さんのアイデアを元に話し合って。そのことで氷上さんからでも連絡はきてますか」
「いや、知らない。何になったんた」
「僕たちみんなで結構話し合って決めたんですけど。メルザイオス、です」
は?何だそりゃ。




