5 踊る星
「健吾、それに榊木さんも。すまないな、津和についてもらって」
真っ暗な視界に、社長の声が響いてきこえる。
健吾が答える。
「僕たちは大丈夫です。寧ろ、ここにいたら、マスコミに追いかけられなくてすむから僕にとっては都合がいいというか。社長さんこそ、マスコミの対応、大変でしょう」
「まあそこは副社長がうまくやってくれているからな。それで、こんなところで話すのも何だが、明日の配信のことだ。配信はやるぞ。ただ、こんなことがあった後だから、巧と司のゲストはなしだ。二人には火曜日のお前の配信に出てもらう。……明日の配信、やれそうか?」
社長が少し声を低めて訊く。健吾は力強く、
「やります。大丈夫です。もしツカズさんが起きてたら、何でやらないんだ、って言うと思うし」
「それはそうだな」
社長が小さく笑う。そのとき、俺の頬を何か小さいものがつつく感触がした。俺はうっすらと目を開けた。ベッドに寝ている俺の顔を、妖精が何匹も覗きこんでいた。俺が見ると、妖精たちは離れていって、その姿は光の球に変わった。
瑠璃が言った。
「健吾さん、社長さん、ツカズさんが目を覚ましました」
社長が、健吾が、ベッドの傍から身を乗り出して俺の顔を覗きこむ。
「津和、気分はどうだ。ああいや、ナースコールかな、まずは」
「今、押しました」
瑠璃がすかさず言う。
健吾が震える声で、目に涙を浮かべながら、
「ごめん、ツカズさん。俺が隣にいたのに、ツカズさんが刺されるまで気づけなくて。これじゃ何のために武術をやってるのか」
俺が口を開くより先に、社長が言った。
「自分を責めるな。もし仮にお前が気づいていたとしても、相手はナイフを持っていたんだ。素手で相手をして、お前に何かあった可能性だってある」
窘めるような社長の言葉に、健吾は下を向いた。
俺は今度こそ口を開いた。
「すみません、社長。ご心配をおかけして。健吾、俺は大丈夫だから。そんなに自分を責めるな」
「うん、ありがとう。ツカズさん」
健吾が落ち着くのを見届けてから、社長が、
「とりあえず医者と話をしないとならないが、まず間違いなくお前はこれから入院になる。着替えとか必要なものはこっちで持ってくるから。家の鍵は荷物の中からとっていいか?」
「はい。お願いします。それで、お願いついでなんですけど。俺のパソコンを持ってきてもらえませんか。いや、スマホでいいです。ユニット名とか、ユニットのバックストーリーとか、思いついたことがあるんです」
「それはこちらでやるつもりだったが」
「いえ、俺にやらせてください。お願いします」
「……じゃあ、今はユニット名だけでもきいておこうか。バックストーリーについては、後でいいから」
「ありがとうございます。ただ、ユニット名は、あの、申し訳ないですけど、アイデア段階なんですけど」
言いながら、俺は恥ずかしくなる。さっきあれだけ見栄を切っておいて、こんな有様だ。
だが、社長は笑ったり怒ったりしなかった。一つ小さく頷いて、
「アイデアでもいい。話してみろ」
「あの、踊る星、というのをどこかの国の言葉に訳したらと思っていて」
「踊る星?」
健吾が怪訝そうに訊く。俺は慌てて言った。
「ゆくゆくはお前たちにダンスパフォーマンスもしてほしくてだな、それで、輝いてほしいっていうか、宇宙規模に活躍してほしいっていうか」
説明する俺の方はしどろもどろになる。まあ仕方がない。さっき巧が翼の城に向かって放っていた光の軌道を見て思いついたことだからな。あれも魔法なんだろうが、そんな話、ここではできない。
社長が言った。
「ニーチェか」
「ニーチェ?」
思いもよらなかった反応に、俺は訊き返す。社長は片方の眉を上げ、
「違うのか?ニーチェの、ツァラストゥストラはかく語りきにあるだろう、踊る星を生み出すためには、自分自身の中にまだカオスを持たなければならない、っていう有名な一節が」
「えっと……知りませんでした。たまたまで。でも、その踊る星っていうのは良い意味なんですか」
「かなりポジティブなモノだったと記憶している。まあ、私もニーチェに詳しいわけではないが」
健吾が社長に訊いた。
「ニーチェということは、ユニット名はドイツ語ですか?」
「別にそこにこだわる必要はないだろう。津和の着想はもともとそこにはないのだし。わかった、そのアイデアに沿って考えよう」
そのとき、医者が看護士と一緒に病室に入ってきた。
医者は、意識がきちんとある俺を見て、
「……本当にもう意識が戻ってる?」
と、半信半疑な様子を見せる。あー、もしかしてこれはあれか、瑠璃の魔法の効果か。
社長が怪訝そうに医者に訊いた。
「何か気になることでも」
「いや、まあ、予定よりだいぶ早いなと。でも、あり得ないことではないので」
医者は俺に幾つか質問をし、俺が普通に答えると、何度も頷きながら、でも確かにない話じゃない、とぶつぶつ言って、それから俺に今後の見通しについて教えてくれた。当初の見込みでは入院期間は三週間だったらしい。
「でも、回復が早ければ二週間くらいで出られるかもしれません。無理は禁物ですが」
「あの、スマホはいつから使っていいですか」
俺が訊くと、医者は、今日から使っていい、と言ってくれた。ただし体調と相談しながらとのこと。
俺は気をよくして更に訊いた。
「仕事はいつからしていいですか。ベッドの上で、パソコン作業とか」
すると、医者はじろりと社長を見た。
「あなたが社長さんでしたよね。あなたは怪我人にそこまでして働かせる気ですか」
社長は神妙に、
「事務作業をさせる気はないんです。うちはYouTubeの配信をやっていまして、それのリアルタイムの視聴をしてもらえたらと思ったんです。スマホでもできますが、コメント欄を見るのにはパソコンの方が楽ですから。それに、動画を見ていたら気散じになるかと思いまして」
「そういうことでしたら、まあ。ここは個室ですから、無理のないようにやってもらったらとは思いますが、それでも今日は諦めてください。明日以降ならいいですから」
ということで、今日持ってきてもらえるのは着替えだけで、パソコンは明日届くことになった。
とはいえ、俺はじっとしていられず、皆が帰った後、すぐにスマホのメモアプリを立ち上げ、少しずつユニットのバックストーリーを書いていった。
社長の言葉通り、その日の夕方には着替えやら身の回りのもので入院期間中に必要なものが届いた。届けてくれたのは副社長だった。そしてその翌日の午前中には前島主任がパソコンを届けてくれた。休日なのに申し訳なく思う。前島主任によると、藍堂や柳沢も手伝いたいと言ってくれたが、遠慮してもらったとのこと。
「だって、彼女たちにも配信がありますから」
「藍堂はよその事務所とのコラボ企画がありましたよね」
「ええ、ノレプの音咲さんと。柳沢さんも自分の配信がありますし、そちらに専念してもらったんです」
とはいえ、スマホが手元にあるので、ライバーたちから続々と電話やメッセージが入ってくる。女性陣は、男性が苦手な上月以外は皆電話だった。
驚いたのは巧から直接メッセージが来たことだった。今まで司に全部ことづけていたのに。といっても、「無事か?」という一言だけである。俺は、「お陰様で何とか生きてる」と送ったあとで、少し考えた後で、「いろいろとありがとう」と付け加えて送信した。
司とは電話で話した。話題は主に、金曜日の夜に公開されたPVの反響のことだった。といっても、Twitchでの反応だ。俺はYouTubeのコメント欄しか見ていなかったのだが、あちらは少しリスナーの反応がYouTube側と違うようだった。
「歓迎している人もいるけど、戸惑っていている人が一番多いですね。半分くらいが戸惑っている感じで」
「そうなのか。YouTubeのコメント欄は大多数が歓迎コメントだったが」
というか、YouTubeにあげた二人のPVのコメント欄は独特な感じになっていた。かなり多言語が入り交じっていたのだ。二人のPVは彼らがTwitchでこれまで歌っていたのと同じような歌がたっぷり使われていて、それをききにきたTwitchのリスナーたちが書き込んでいったらしい。多かったのは、あなたたちの歌をききながら眠るとよく眠れるので、今まではそれをききにTwitchの配信をきいていたけど、今度からはこの動画を見ます、というような内容だった。そのせいか、二人のPVは最初に出た鴫沢レンや周防のPVの再生数にすぐに追いつきそうな勢いだった。
司は苦笑気味に、
「それは、Twitchからわざわざ追いかけてきた人たちですから、好意的になると思いますよ。まあ、これまで通り二人でゲーム配信は続けていくから、と伝えたら、ある程度は落ち着きましたけど、そもそも僕らが日本語で話すのに違和感を覚える人が多いみたいで、今後はTwitchの情報パネルに日本語でお知らせを載せて、配信本体では日本語は使わないことにしました」
「すまんな、気を使わせて」
「ツカズさんが謝ることじゃないですよ。TwitchもYouTubeもやるって決めたのは僕らですから」
司は穏やかに言う。そんな司に、俺は訊きたいことがあった。あの夢の中の話だ。多分、あれは本当にあったことなんだ。それは、俺が目を覚ます前に社長が健吾に話していた通りに、日曜日の鴫沢レンの配信への巧と司のゲスト出演がなくなり、二人の出番は火曜日のレンの配信枠に移ったというのをきいて確信に変わった。それをきく前も、健吾が瑠璃に話していたことがあまりに事実を反映していたので、あれはきっと夢ではなかったんだろうと思っていたのだが、一方で、俺が眠っている側で健吾が瑠璃に求愛をしていたのが事実だとすると、何というか、こそばゆいというか、何だかなあという感じで、それを認めるのも何だか居心地が悪い感じがしていたのだ。
それはともかくとして、意識を失っていたときに出会った真田は、司に言われて翼の城まで俺を迎えに来た、と言っていた。だから、司も翼の城のことを知っている筈なんだが。
だが、司はそんなモノはこの世には存在しない、というような雰囲気で現実的な話しかしてこない。これは、やんわりとその話題を避けている?
俺はものは試しと話の振り方を考えながら言った。
「なあ、司。この前の周防がゲスト出演した鴫沢レンの配信のときに、翼の城っていうコメントを巧が消したんじゃないかってきいたよな」
「ええ、そんな話がありましたね。それが何か?」
司は普通に怪訝そうに訊いてくる。俺はどう言うべきか脳味噌をフル回転させたが、何も浮かばず、最後には、
「ああ、いや……すまん、何でもない」
と呟くようにしてその話題を終えた。
その夜、鴫沢レンの配信があった。当初の予定では巧と司がゲストで出る筈だった回だ。
昨日、病室で会った健吾の様子がかなり不安定な感じだったので、大丈夫だろうかと思いながら配信の時間を待った。




