4 健吾の告白(いろんな意味で)
神隠しから戻ってきた後も、一度、最初にテレビ局で会ったときみたいに俺に助けられたことがある、と健吾が話すと、瑠璃は首を傾げた。
「えっと……最初にテレビ局で会ったときって、変な人に健吾さんがいたずらされそうになったのを、ツカズさんが止めてくれたんですよね、その変な人の楽屋に入る前で呼び止めてくれて。そのときと同じって、まさか」
瑠璃が息を呑む。健吾は苦笑しながら、
「そう、そんな感じのことが、こっちに戻ってきて、芸能界に復帰してから起きたんだ。実はね、こっちに戻ってきて本当にしんどかったのは、他の人たちが僕を腫れ物扱いしたことじゃなくて、僕を二十六歳の男性として扱ってたことなんだ。見た目は高校生のままで全然変わってないし、社会経験だって積めていないのにさ。瑠璃ちゃんも知ってるでしょ、僕が十年間いた場所がどんなだったか。魔法と剣の腕前でただ毎日命のやり取りをしているだけの、あんなところで十年過ごしても、その経験なんてこっちでは全然通用しない。だから、僕としては精神的には高校生から全然変わってないのに、本当、しんどかったよ。性的な話もどんどん出てきてね。高校生にはできない話でも、二十六歳の男相手ならできるだろうって。話だけなら黙ってきいていれば良かったんだけど、実際にお誘いとかもあって」
健吾は少し言葉を切る。
「うん、誘われているだけならただ断ればいいだけなんだけど、中には無理矢理そういうことをしようとしてきた人もいて。そんなときに、ツカズさんに助けられたんだ」
「あの、健吾さん、辛いことだったら話さなくても大丈夫ですよ」
「大丈夫、未遂で逃げたから。ただ、あのときツカズさんに出会わなかったら、逃げきれなかったかもしれない」
「ツカズさん、その場所にいたんですか?」
「たまたまね。そのとき僕は雑誌の撮影の仕事だったんだけど、撮影が終わった後、共演してた女性タレントから飲み物に薬を盛られて」
「え、薬?」
「そう。薬で僕の意識を失わせて、その間にホテルに連れ込んで既成事実を作ろうって思ってたみたい。でも、どういうわけか薬があまり効かなくて。相手のタレントが、僕が意識を失わないことに怯んだ隙に、向こうの世界で護身用にって最初に習った目眩しの魔法を使って逃げだしたんだけど、薬のせいで遠くまで逃げられなくてね」
瑠璃は息を詰めて健吾の話を聞いている。健吾は苦笑しながら、
「僕は、回復するまで待とうと思って、撮影現場だった公園の隅にあった茂みの裏手に何とか逃げ込んだ。向こうが追いかけてきているのは足音でわかってたから、気が気じゃなかった。解毒魔法を使ったけど、意識が朦朧としていたし、向こうに気づかれたらどうしようって焦ってたし、そもそも僕はあんまりそういう魔法は得意じゃないしでうまくいかなくって。向こうの足音が本当にすぐ近くまできて、隠れてばかりじゃ駄目だって思って、公園の隅からなんとか外の通りに出た時に、ツカズさんとたまたま出くわしたんだよ」
そう、あのときのことは俺もよく覚えている。事務所近くの公園の隅から健吾が飛び出してきて、ちょうど歩いていた俺とばったり会ったんだ。神隠しのことがあり、健吾とは十年以上会っていなかったが、相手が健吾だとすぐにわかった。それで俺は軽く手を上げて挨拶した。
「おう、健吾じゃないか。久しぶり。元気してたか」
俺は何気なく声をかけたが、すぐに健吾が普通の様子じゃないことがわかった。目の焦点があってなかったし、何だかやけに汗をかいていたし、歩き方はふらついていたし。それで、俺は思わず健吾に歩み寄っていった。
健吾は俺の顔を見ながら一瞬泣きそうな顔をして、
「あの、ツカズさん。久しぶり、本当に」
「どうした、大丈夫か」
俺は健吾の腕を掴み、支えてやった。健吾が安堵したように大きく息をつくのがわかった。
そのとき、健吾が出てきたのと同じ公園の中から、一人の女が足早に歩いてやってきた。そのときは俺はその女が何者かは知らなかったが、タレントだろうなというのはすぐにわかった。そういう雰囲気をしていた。
「ねえ、氷上さん、タクシー呼んだから。具合が悪いんだったら、休める場所に行きましょ?」
女の甘ったるい声とその足は、健吾の傍にいる俺を見て止まった。女は少しひきつったような笑みを浮かべながら、
「氷上さん、その人は?」
健吾はさっきよりもしっかりした表情で、
「知り合いです。昔からの。ちょうど良かった、ツカズさん。僕、ちょうど撮影が終わったところなんです。どこかで話、できませんか」
「ああ。そうだ、俺、今、昼飯を調達できる店を探してるんだけど、どこか知らないか?」
「ツカズさん、その手に持ってるのはスマホでしょ。調べればいいじゃない」
言いながら、健吾の表情はどんどんしっかりしてきていた。俺は肩を竦めてみせた。
「ネットに載ってる情報をただ信じるのもどうかと思うんだが」
「レビューを信じて店を選べって言ってるわけじゃないよ。あ、ちょっと待ってて。すぐに荷物取ってくるから」
健吾は女のことなど無視し、一旦公園の中に戻って行ったが、その時には足取りは確かになっていた。
荷物を持ってすぐに戻ってきた健吾と俺は、結局コンビニで昼飯を買い、それを事務所の会議室で食べたわけだが、そのときに健吾はさっきの女に何をされたのかを話した。話しながら、健吾のテンションは少しおかしかった。まさかあの時のことを健吾が瑠璃に話すとは思わなかった。
健吾は瑠璃に、再会した俺は、直前にそんなことがあっても健吾のことを腫れ物のように扱うことなく前と同じように話をきいてくれて、心底助かったのだと言った。
「ツカズさんに再会するまで、無理して二十六歳の大人の男みたいに振る舞ってたけど、ツカズさんが昔みたいに接してくれたから、僕は素のままで話せて、心の底からほっとしたんだ。あんなことがあったすぐ後だったということもあって、本当にありがたかった。……ごめん、瑠璃ちゃん。ショックな話をして」
瑠璃はというと、涙を流しながら、何度も頷いていた。ほら、言わんこっちゃない。何でこんな話を瑠璃にしたんだ。お前の好きな子なんだろ。心配させたくないんじゃないのか。
でも、今の話でよくわかった。健吾は、実際の年齢が世間で言われている本来の年齢に十年足りないことをずっと悩んでいたんだ。仕事をもらえないことも本来の年齢に求められる雰囲気がないからだと言っていたが、仕事の面だけでなく、それ以外の部分でも困っていたらしい。
だとしたら、鴫沢レンの年齢を二十歳に設定したのは、かなりのファインプレーだったんじゃないか。その設定のおかげで、健吾は自身が認識している年齢で振る舞えるのだから。……健吾がそういう風に振る舞える機会をもっと広げていくにはどうすればいいか。俺に出来ることがあるんじゃないのか。
と、俺の隣でぶつぶついう声が聞こえた。
「何でこんなときにそんな話を。……ていうか、もしかしてもしかして何か狙ってる?」
真田だった。真田は何か考えこんでいたが、そのうちふっとニヒルな笑みを浮かべた。
「まあ、いいですよ。ヘタレな王子様が何を言うか、聞き届けようじゃないですか」
真田の上から目線をよそに、若い二人の会話は続いている。
健吾は涙を流す瑠璃にハンカチを差し出しながら、
「瑠璃ちゃん、本当にごめんね、ショックな話を聞かせて」
「いいえ、私は大丈夫です。ただ本当に、ツカズさんがいてくれてよかったって。最初のときも、二回目のときも。じゃなかったら、きっと健吾さんは今の健吾さんじゃなかった」
「うん、そうだね。きっと今の僕じゃなかった。最初のあのときに助けてもらえなかったら僕は違った風になっていて、そうしたら異世界に行ったあのときにもっと早くに精神がおかしくなっていたかもしれない。そうなったら、瑠璃ちゃんたちをあの野バラの茂みから助け出せなかった」
「じゃあ、ツカズさんは私にとっても恩人ですね。私、あのとき健吾さんに出会えてなかったら、今の私になれていないから」
瑠璃はにっこりと笑う。健吾はそんな瑠璃を眩しそうに見ていたが、
「瑠璃ちゃんは、今の瑠璃ちゃんになれて良かったと思ってるんだ?」
「はい。健吾さんとか真田とか司さんたちに会えて、そこからいろいろあったけど、こうやって健吾さんを助けることもできるようになって」
「うん、そうだね。本当に、僕も瑠璃ちゃんに会えて良かったと思ってるよ。そして、ずっと傍にいて欲しい、って思ってる。本当はね、薬を盛られて公園の隅で自分で解毒魔法を使ってた時、ミルクティが、瑠璃ちゃんがいてくれたらなあ、って思ってたんだ。向こうの世界でいつも僕の傍にいてくれたみたいに。そうしたら僕は無敵なのに、って」
すると瑠璃が微笑んだ。
「そうですね。私がいたら、そんなの一瞬で解毒します。健吾さんを危ない目には遭わせたりしません。守ります」
「そうだね。……でもなんか、情けないなあ。僕が守られる前提なんて。ほんと、僕って情けない。司さんみたいに、何があっても揺るがないっていう感じだったら良かったのに」
「情けないなんてことないです。健吾さんは凄いと思います。学校の勉強だってお仕事だって、武道だって努力して。それに、ツカズさんを刺した犯人が逃げられないように風の魔法を使って、逮捕に貢献だってしたじゃないですか。魔法の制御をものすごく頑張って、犯人以外にけが人は出ないようにして。誰も健吾さんに文句を言う資格のある人はいないです」
瑠璃はまっすぐに健吾を見て言った。健吾は苦笑しながら、
「ありがとう。でも、僕は瑠璃ちゃんにそんな風に言ってもらえるような男じゃないんだ」
「そんなことないです」
「ううん、そんなことあるんだよ。だから、僕はもっと頑張らないといけないって思ってる。瑠璃ちゃんに幻滅されないように。それで、瑠璃ちゃんにはそれを傍で見守って欲しいんだ。挫けそうになったら、すぐに瑠璃ちゃんに励まして欲しいから。あと、何かあったときには僕に相談してほしい。司さんじゃなくて」
……うーん、この話、この場所でしないといけないんだろうか。ここ、仮にも俺の病室なんだが。
俺の隣では真田が腕を組み、渋面を作りながら呟いている。
「なるほど、話をここに持ってきたかったのか。あーもう、何でこんな回りくどいことをするんだか。そんなことしなくたって、瑠璃さんは氷上健吾に惚れてるし、司さんなんて眼中にないっての」
だが真田の言葉とは違い、瑠璃は少し困った様子で、
「えっと、すぐ傍に、ですか?」
「そう。ずっと傍にいてくれたら」
「傍にいるのはできると思いますけど、ずっと、っていうのは、途中で病気とかになったら難しいですよ?」
「じゃあ、そういうことがなかったら、ずっと一緒だね。死が二人を分かつまで、かな」
にっこりと健吾が笑う。瑠璃も笑いながら、
「そうですね。そうなりますね」
……俺は一体何を見させられてるんだ?
俺の隣で真田が呻くように、
「これ、瑠璃さん、きっと意味がわかってない……。本当にただ傍にずっといればいいと思ってる……」
「まさかそんなことないだろう。もう完全に告白だし何だったらあれはプロポーズじゃないか」
俺が思わず言うと、真田は顔をしかめながら、
「そう思うじゃないですか。でも十分有り得るんですよ。まあ、今はとりあえずあなたは目を覚ましてください。そうすれば、いかな氷上健吾といえど、瑠璃さんを口説くのをやめるでしょう」
真田は俺の後ろに立つと、ベッドで眠る俺の体に向けて、俺の背を推した。途端に俺は強いめまいを覚えた。
そのとき、病室の扉がノックされた。瑠璃が返事をし、扉を開ける。
「津和はどうだ。目を覚ましたか」
社長だった。社長の顔を見て、俺の中で衝動が生まれた。
そうだ、仕事をしたい。今、猛烈にパソコンがほしい。ユニットの名前とか、バックストーリーとか、いろいろ書きたいことがある。その出来によっては、健吾が苦しんでるのを少しでも助けられるんじゃないか。
そして俺は何かに吸い込まれる感覚を覚えた。




