3 健吾の告白
一つの病室の入り口に貼られた名前を見て、俺は驚いた。
そこには、俺の名前が書いてあった。
「俺……どうなってるんだ?」
「あなた、最後の記憶、どうなってます?巧に助けられる直前の記憶」
「えっと……なんか、白い羽毛に埋もれてて」
「その前は?」
「健吾と信号待ちをしていて、夕飯をどこに食べに行くか話していたときに、いきなり背中に痛みが走って」
「それ、刺されたんですよ」
「は?」
俺は相手をまじまじと見る。真田は肩を竦めて見せた。
「犯人の身柄は警察に確保されていて、事情聴取中ですけど、マスコミの報道だと、特定のライバーの契約解除についてあなたがたの事務所に強い不満を抱いていたらしいです。多分、桜田緋狩の件でしょうね」
「……待ってくれ。それで何で俺が刺されたんだ」
「ここからはまだマスコミに出てない情報ですけど、通りすがりにきいたあなたの声であなたがPostnuvila Worksの社員だってわかったらしいですよ。まあ、スポークスマンとして前の日の配信に出てますからねえ」
……何でこの子はマスコミも知らないようなことを知っているんだ。
俺の内心の呟きを向こうは予想していたらしい。にやりと笑って、
「私は、異次元の果てにある翼の城まで行って帰ってこられる女ですよ。警察の建物の中でされてるやりとりなんて、探るのは朝飯前です」
「……なんか怖いな」
「大丈夫ですよ、絶対に悪用はしません。それは私の矜持が許しませんから。とにかく、あなたは通りすがりの桜田緋狩のファンにその声で身元を特定されて刺されたんです。これは助言ですけど、今後は外を歩くときにはなるべく喋らないようにすることをおすすめします」
「でもなあ、あんな短い配信で俺の声を覚えられるものか」
「あなた、自分の声についてもっと自覚を持った方がいいですよ。その声、本当に唯一無二ですからね。だから翼の城にも目をつけられて。まあ、いいです。今の状況を説明しますね。今、あなたは魂だけになってここにいます。で、あなたの体は手術して大丈夫になっているんで、そこに戻ってもらわないとならないんですけど」
「それって、俺は死にかけてたってことか?」
「まあ、それに近いですかね。肉体と魂の繋がりが弱くなってたところを翼の城に狙われて、防御機構の一部にされかかって。普通の人間じゃなかなか起こらないことですよ」
「翼の城ってのは何だ。さっきから話に出てるが」
巧も言っていた。
鼻を鳴らしながら真田は言う。
「私たちがいるこの世界とは別な世界にある巨大な戦闘訓練所みたいなものです。まあ、そんなこと知らなくても私たちの世界で日常生活を送るには全く困りませんけど。とりあえず中に入りますよ。個室です。おたくの社長さんが手配してくれたんですよ。気っ風のいい人ですね、あの人」
それは同意する。
真田は当たり前のように部屋の扉をすり抜けた。俺も後に続く。
部屋のベッドには確かに俺が寝かされていた。点滴の管とかが繋がっている。
ベッドの傍には二人の人間がいた。健吾と瑠璃だ。健吾の周りには妖精たちが大勢飛んでいる。大勢いるが、全く音は立てていない。俺には聞こえないのだろう。
瑠璃は俺のベッドの足下の方に立って、両腕を伸ばし、俺の方に手のひらを向けていた。その手がゆっくりと下がる。
「健吾さん、もう大丈夫ですよ。お医者さんに不審がられないギリギリのところまで魔法で回復を進めておきました」
「ありがとう、瑠璃ちゃん」
ベッドの傍のパイプ椅子で祈るように手を組み合わせ、額に押し当てるようにしていた健吾が顔を上げる。その目は泣き濡れていた。髪も心なしか乱れている。
瑠璃が心配そうに健吾に近寄った。
「健吾さん、大丈夫ですか」
「うん。……ごめん。ちょっと大丈夫じゃないかも」
「少し休んだ方がいいですよ」
「うん、大丈夫。明日の配信までには立ち直るから」
「……明日、配信あるんですか」
「わからない。多分、やるんじゃないかな。ここでやめたら、今回の事件に僕らが関係あるんじゃないかって勘ぐられるし」
「それじゃ、健吾さん、なおのこと休まないと」
「うん、そうだね。でも、実のところはここにいるのが一番いいんだよ。僕が現場に居合わせたっていうのは、マスコミが嗅ぎつけてるらしいから、下手に外に出るとつかまってしまう。今、この状態で隠蔽魔法をうまく使える自信はないし」
「でも、健吾さん、顔色よくないです」
「ああ、そっか。うん、そうかも。……実はちょっと参ってる。僕、もともと病院が苦手で。こうしてると、母さんが死んだときのことを思い出して。まだ小学校に上がる前だったけど、よく覚えてるんだ。母さんがもう危ないって病院から連絡を受けて、僕は父さんとずっと一緒に病院に詰めてて、でも父さんは仕事があって、おばあちゃんが代わりに付き添いにきてくれることになってた。病院に着いたおばあちゃんを父さんが迎えに行ってる間、僕は母さんの傍で一人でいたんだけど、その間に母さんが息を引き取って」
健吾は泣いている。
「母さんが繋がれてた機械から、それまでしなかったような音がして、僕は怖くなって固まっていることしかできなかった。もしあのときお医者さんとかを呼べていたら、母さんは助かったかもしれない、とか」
「それは違うと思います」
「うん。わかってるけど、病院に、特にこういう病室に来ると、やっぱり考えちゃうんだよ」
瑠璃は健吾の傍にひざまづき、健吾の顔を見上げるようにして覗きこんだ。
「大丈夫ですよ、ツカズさんは助かります。もともと手術は成功してるし、私が魔法を掛けたので、絶対に助かります」
「うん。そうだよね。ありがとう、瑠璃ちゃん。瑠璃ちゃんって、お医者さんとか看護師さんとかになれば良かったのにね。そうしたらきっと、いろんな人を助けられたよね」
「治癒魔法を使えるからですか?でもそれは、やめた方がいいって司さんに言われたんです」
「司さんに?」
「はい。もし医療の道に進むのなら、治癒魔法を捨てなさいって。私の性格上、医療に携わったら、きっといろんな患者に対して魔法を使いたいっていう誘惑に駆られるだろうけど、治癒魔法はこの世界の理には元々ないもので、治癒魔法をたまに使う程度ならいいけど、出会う患者さんたち全員を魔法で治してたら、いつか気付かれて、人の心に歪みを呼ぶかもしれないって」
「誘惑に負けるとは限らないんじゃないの?」
「そうですね。でも、苦しんでいる人を目の当たりにしたら、私、簡単に負けてしまうんじゃないかなって。それで、私は医療の道に行くのはやめようと思ったんです。治癒魔法を捨てたくなかったから。使ったらいろいろな理を曲げるかもしれないけど、私は自分の回りの人を助けるための力を持っておきたくて」
「そうなんだ……。ごめんね、そういう力を使うようなお願いをして」
健吾は俯いた。
瑠璃は立ち上がり、部屋の隅にあったパイプ椅子を健吾の傍に持ってくると、腰掛けた。
「前から思ってたんですけど、健吾さんってツカズさんのこと、すっごく好きですよね」
健吾は顔を上げ、瑠璃を見た。そして、微笑する。
「うん、まあね。昔からお世話になってるから」
「前に、ツカズさんがテレビ局で働いていたときにたまたま知り合ったんだっていうのはききましたけど、タレントさんって、テレビ局で働いてる人とそんなに仲良くなるもんなんですか?」
「そんなことはないよ。ツカズさんは特別。……僕を助けてくれた恩人なんだ」
そして健吾は話し始めた。俺と出会ったときのことを。子どもの頃に小児愛者の餌食になりかけた、というのはなかなかショッキングな話だと思うのだが、それを隠さずに。
瑠璃は初耳だったらしい。驚いた様子で、
「そんなことがあったんですか。それは……本当に、ツカズさんが気がついてくれて良かったです」
「うん。でも、僕がツカズさんのこと好きな理由は、それだけじゃないんだよね。ツカズさんって、いつも態度がフラットなんだ。会っていない時間が長くても、つい最近にも会ったみたいに気さくに話してくれて。僕がナイトレイヴンでブレイクしたときも、全然態度変わらなかったし。でも、ツカズさんと知り合いで良かったと心底思ったのは、異世界からこっちに戻ってきた後だね。一年ほどアイルランドに行っていて、その後芸能界に復帰するために日本に戻ってきた後」
「ツカズさんはそのときにも普通に接してくれたんですね」
「うん、普通に接してくれたよ。あの状況でそうしてくれたのは、本当にありがたかった」
「マスコミが凄かったですもんね、神隠しから帰ってきた、って」
「いや、そういう意味じゃなくてね。実はもう一度、ツカズさんには助けられたんだよ。最初にテレビ局で会ったときみたいに」
おい待て、まさかあのときのことを瑠璃に話す気か?




