2 翼の城
帰る前に少し店で食べることにして、俺は健吾と何を食べたいか話しながら歩いていた。食べたいもののお互いの方向性は大体見えてきた。それなら心当たりの店がある。
「とりあえず、事務所でいつも使っている店でいいか」
交差点の信号待ちで、俺はスマホをいじりながら健吾に話しかけた。
と、突然俺の背中に痛みと熱が走り、呼吸ができなくなった。立っていられなくなり、俺はその場に膝から崩れ落ちる。
健吾の悲鳴のような声が上がった。
「ツカズさん?」
呼びかけられた俺は、何も言えなかった。突然の痛みに理解が追いつかない。呼吸をするのもやっとだ。そしていきなりの暴風が起きた。ひどい耳鳴りもして、何が何だかわからない。
そんな中、健吾が俺に懸命に呼びかける声が聞こえる。
「ツカズさん、しっかり!今、救急車を呼んだから!」
健吾の声が裏返っている。うん、俺は大丈夫だから落ち着こうか。
俺は痛みと苦しさの中でそんなことをぼんやり思っていた。
そして突然、辺りが明るくなる。
さっきまで俺がいたのは夜の歩道で、周りの建物からの光もあり全くの闇というわけではなかったが、ここまで明るいわけではなかった。これではまるで昼間だ。
俺は目を開けた。そして、目の前に広がる光景に凍りつく。
そこには、砂漠があった。砂漠と青い空。妙に美しい。
俺は何故か白い羽毛に埋もれていた。横になっているのではないが、立っているのでもない、白い羽毛の感覚しかない。白い羽毛の山の中から顔だけが出ている感じだ。そして意識は、不思議な音のうねりの中にいた。
と、いきなり爆音が近くでして、タンパク質が焼けるときの臭いが辺りに立ちこめた。何故か俺の視界が斜めになり、水平だった砂漠の地平が、傾いでいく。
そして俺は落下しはじめた。加速度的に自分が落ちていくのがわかる。
地面まであと少し、というところで、俺の体は急に宙に止まり、そして今度は地平線の方へと急速に引っ張られていった。体の全体から白い羽がどんどん剥がれて落ちていく。
俺が引っ張られていった先には、一人の青年がいた。
白い髪に白い肌、赤い瞳の美青年。巧だ。
巧は俺が近くまでやってくるのを見ると、にやりと笑った。
「よっし、意識は大丈夫そうだな」
「巧?これは一体何なんだ」
「んー、夢?」
「夢。そっか。そうだよな。俺もお前も空を飛んでるしな。でもよりにもよって何でこんな夢にお前が出てくるんだ?」
「まあ、確かに?」
そう言っている間に、後ろが騒がしくなってきた。俺は後ろを向いた。
そこには、壮観な光景が広がっていた。
左右に果てなく続く灰色の断崖絶壁の中に、青く透明な光を放ちながら煌めく巨大なクリスタルがあり、その左右に大きな一対の白い翼が広がっている。
巨大なクリスタルはよくよく見ると窓のような穴が開いており、そこに白い光が灯ったり消えたりしている。そして、そちらから何か黒い芥子粒のようなものがこちらに向かって飛んできていた。
その芥子粒に見えていたものが、近づくにつれ、人間だったりそれ以外の動物だったり、現実には存在する筈のない生き物だったりするのがわかると、俺は混乱してきた。いくら夢でも、これは想像力が逞しすぎるんじゃないか。
それらの芥子粒との距離が小さくなるにつれて、さっきから聞こえてきていた音はどんどん大きくなってきていた。どうやらこちらに敵意があるらしい。
俺は焦る。
「おい、あいつらこっちに向かってきてるぞ」
「そりゃそうだろ。名にし負う翼の城の結界術式の詠み手に相応しい声の持ち主を久方ぶりに確保できると思ったのに、それをかっ攫われたら、追撃部隊も出てくるって。しかも、天然モノだしな」
巧は体を前傾姿勢にして俺を庇う位置に移動した。
「まあでも、相手が悪いっての」
巧は左手をすっと上げ、手のひらから白い光を幾つも発生させると、それを近寄ってくる黒い芥子粒の集団に向けて放った。放たれた光は星のような光を放ち、踊るように軌道を変えながら飛んでいく。
そのころには芥子粒は黒ごまくらいの大きさにまで大きくなっていたが、それらは巧から放たれた光を受けると、爆発しはじめた。同時に全てが、ではなく、一つ爆発するとその火花を浴びて隣も爆ぜ、そしてその隣も……という感じで、どんどん爆発していく。
巧は楽しそうに白い光をどんどん放っていく。星の誕生を間近で見ているような高揚感が俺の中に沸いてくる。誕生した星はそこで煌めき、踊る。踊る星たちは、俺の目には楽しそうに見えた。
そんな俺を、巧はちらりと見た。その目が愉快そうに煌めく。
「うん、いい感じに回復してきたな。じゃ、後のことは頼んだ」
声が向けられた先は俺の背後で、俺は振り返った。
そこにはかなり小柄な女の子がいた。中学生くらいに見える。猫のような印象の子だ。
その子はため息をつきながら、
「やれやれ、ですよ。司さんに頼まれてダイブしてみたら、こんなところに行かされるなんてね。道理で行き先を教えてくれないわけですよ」
「まあそうぼやくなって。今回は距離を稼げてるし、追撃部隊は全滅させるから安全だろ」
「でしょうねえ。まあ、城の外側に配置されていたのは幸いでした。それじゃ、もう行きますね。瑠璃さんの方もかなり状況を整えることができたみたいですから」
「ああ。じゃ、後でな」
「はいはい。じゃあ、ツカズさん、行きますよ」
女の子はくるりと背を向けると、両手を天に掲げ、何やらぶつぶつと呟き始めた。耳を澄ませると、それは神社できいたことのある祝詞に似ていた。
女の子はこちらを振り向き、
「じゃ、始めます」
言うなり、その手を俺の方へと向けて伸ばした。その指先がのびた瞬間、俺と女の子の周りに白い渦が巻き始める。
白い光がまばゆく俺の視界を染め、それがなくなったとき、俺はどこかの建物の廊下にいた。どうやら病院のようだ。廊下のところどころに、妖精が浮かんでいる。
女の子が言った。
「あー、ちょっとポイントがずれましたねえ。じゃ、行きますか」
「待ってくれ、これってどういう。それに君は」
「あ、申し遅れました。私、真田って言います。一度、ゲームの中で会いましたよね」
……ああ、巧が用意したVEMもどきのゲームの中で、銃身でいきなり巧を殴りに行った子か。
「覚えてる。健吾や巧たちの知り合いだな。それで、俺はこれからどうなるんだ」
「まあ、黙ってついてきてみればわかりますって。あ、言っておきますけど、あなた、助かりますから」
真田はつかつか歩いていく。俺はその後についていく。
そして、一つの病室の前で真田は立ち止まった。病室の入り口に貼られた名前を見て、俺は驚く。
そこには、俺の名前が書いてあった。
これはどういうことだ?




