1 スポークスマン、デビューする
新しくデビューした男性ライバーと既存の女性ライバーとは絡ませる予定はない。
そのことを事務所の方針として公式から言ってしまえば、女性ライバーについている男性ファンたちによる炎上を止められるかもしれない。でも、止まらないかもしれない。
しかし社長は、
「うちに男性ライバーが入ること自体に反応している連中の大部分は、そこがはっきりすればある程度は冷静になる可能性が高い。……そうだ、津和、お前がやれ」
社長はにやりと笑った。俺は呆けた様子で聞き返した。
「……は?」
「だから、スポークスマンとして出ろ、ということだ。こういうときこそ出番だろう」
「いや、普通にコメントを事務所のホームページにアップしておけばいいでしょう。それに、いいんですか。健吾たちの活動の今後の可能性を摘むことになりますよ」
「今後も何も、今を乗り切らないとならないだろう。まあ、とりあえずのところは、だ。鴫沢レンたちが他を黙らせられるくらい人気者になれば、なんとかなる。とにかく、方針を出す。津和、準備しておけ。手っ取り早く周知するためには、配信という形で多くの人に同時に見てもらうのが一番だ」
「いやでも、男性ライバーの加入が問題になってるのに、またアバター使って男が出てくるってのは逆効果なんじゃ。それに、アバターのデザインだってできてないし」
「運営側の人間だって最初から名乗っておけば問題ないだろう。あと、キャラクターデザインならできてるぞ。鎔から預かってる」
そう言うと、社長は手元にあったタブレットを操作し、俺に示した。……なんか、どことなく俺に雰囲気が似ているが、やっぱり鎔先生のデザインらしい魅力のある、どっしりとした感じの中年男性がそこにいた。
社長はそれを、副社長や前島主任にも見せた。前島主任が嬉しそうに声を上げる。
「あら、これ、素敵じゃないです?津和主任の面影もあります」
「そうだな。こうして見るとやっぱり鎔はうまいよな」
「俺、こんなじゃないですよ?」
「当然だろう。このキャラの身長は2mだぞ」
「2m?」
俺は絶句する。何でそんなことに。
「鎔曰く、お前の声から想像される身長が鎔の中ではそれくらいなんだと。まあ思うに、お前の声が昔から気味悪がられてたのは、外見と声のギャップが大きかったからじゃないのか。子どもの体から大人でもなかなかないような低音が出たらびっくりするだろうさ。お前、最近も声を気味悪がられたりしてるか?」
「まあ、前よりは少なくなっているとは思いますが」
というか、この会社に入ってからは、少なくとも社内の人間にそういう反応をされたことはない。
「それはきっと、年齢が声に追いついてきているからだろう。自信を持て、お前の声は良いんだから」
「そうと決まれば、告知のタイミングですな。木曜日に鴫沢レンの配信が予定されていますから、その前日にやっておきますか」
副社長が話を進めていく。
「勿論、NGワードの強化やモデレーターの増員、コメント即時削除、記録や保存も同時にやっていく、と。水曜日の配信に向けての原稿も作らないといけませんね」
「津和主任に演技はつけます?淡々と読んでもらったのでいいと思うんですけど」
前島主任の提案に、社長も副社長も頷く。助かった。演技しろとか言われたら困るところだった。そんなこと、急に言われてできる筈がない。
そして水曜日を迎えた。
俺が会社のコメントを読むだけの配信をする一時間前、公式のチャンネルから、午後八時に会社からお知らせの配信があることの告知動画を流す。
そして午後八時、俺は配信を始めた。
「……あー、あー、入ってますか。えー、音声大丈夫そうですね。失礼しました。改めまして、本日はこちらの配信をご覧いただきありがとうございます。私、当事務所の運営のツカズと申します。本日は、事務所からのご案内があり、お時間をいただいております」
ツカズ、というのが俺のキャラの名前だった。鎔先生がそのように設定していた。まあ、普段から健吾や巧、司にはそう呼ばれているから、自分で名乗っても変な感じはしない。
俺は淡々と原稿を読んでいく。
本日はお時間をいただきありがとうございます。運営よりお知らせです。
現在、一部のコメントにおいて、特定のライバーに対する執拗な書き込みや、不安を感じさせる内容が確認されています。
該当のライバーについては、安全面を含め適切な対応を行っており、今後も活動は継続いたします。
また、当事務所における活動方針として、現在、男性ユニットと既存の女性ライバーは、それぞれ独立した形で展開しております。
そのうえで、特定の個人に対する攻撃的な発言、継続的な嫌がらせ行為、威圧的・不安を与える投稿については、固くお控えください。
今後、同様の行為が確認された場合、コメント削除やアカウント制限に加え、必要に応じて法的措置を含む対応を実施いたします。
本件は特定の方に限らず、すべての視聴者の皆様に安心して楽しんでいただくための方針です。
今後も各ライバーの活動を安心してお楽しみいただける環境づくりに努めてまいります。
この間、コメント欄は見ない。接続数がどうなっているかも見ない。
「以上が、当事務所からのご案内となります。本件につきましては、本配信および公式からの発信をもってご説明とさせていただきます。今後も、所属ライバーが安心して活動できる環境づくりに努めてまいりますので、引き続きご理解とご協力のほど、よろしくお願いします。それでは、本日の配信は以上となります。ご視聴ありがとうございました」
読み終わり、カメラを見て、三秒置いて配信終了。以上だ。
配信を切ると、俺は椅子の背もたれにもたれかかった。配信用ブースの入り口のドアが開き、前島主任と副社長が顔を覗かせる。
「お疲れさまです。良かったですよ」
「やはり、津和主任にやってもらってよかったですな。かなり説得力がありました。とりあえずは様子見ですが、コメント欄の感じでは悪いことにはならなそうです」
それは何だか微妙な評価のような気がする。
そんな俺の思いが顔に出ていたのか、副社長はにやりと笑いながら、
「気になるようでしたら、コメント欄、見てみますか」
「いえ、結構です」
断固として見ないぞ。きっと碌でもないコメントばかりだったに違いない。
俺はその日も翌日も、自分が出た配信のことはなるべく耳に入れないように過ごした。とはいえ、藍堂をはじめとする女性ライバーたちがお祝いメッセージを寄越してきたり、デビュー曲の歌録りのために事務所にやってきた健吾たち新ユニットのメンバーが直接俺に面と向かって言ってきたので、全くあの配信について触れないというのは無理だったが。
とはいえ、健吾と周防はデビュー曲の録音に意識が割かれていて俺の配信のことについては軽く触れる程度で、司も挨拶代わりに、聴きましたよ、と言うくらい。一番多く触れてくるのは巧で、俺が自分の配信を見返したり、動画のコメント欄を見ていないと知ると、見たらいいじゃん?とにやにやしながら何度も言ってきた。
俺は巧に言い返した。
「俺のことはどうでもいいから、デビュー曲の収録に専念しろ。あと、今日のお前たちのPV公開の後は明後日の鴫沢レンの配信にゲスト出演だからな。そっちも気を抜くなよ」
「はいはい、わかってるって」
巧は鼻歌交じりに俺の小言に返す。こんなので歌録りは大丈夫なのかと思ったが、ディレクターによると、巧は一度はリテイクが出るものの、その際の修正指示には一発で対応してくるらしい。司は巧より少しリテイクが多いくらいで、一番苦戦しているのは健吾ということだった。
「彼はいい声をしているんだけど、もうちょっとトレーニングがいるかな」
ディレクターが小首を傾げながら言う。音楽センスが抜群で、夏代室長も一目置いている人物だ。
「ライバーデビューすることが決まった後にボイトレに行き始めているんですが」
「うーん、周防くんの言うように、先生を変えた方がいいかもしれないねえ。周防くんがいい先生を知ってるらしいから、そちらにでも」
そしてそれは既に周防から健吾に話がいっているとのこと。
周防本人はというと、言うだけのことはあり、一発録りでOKをもらい、その後はディレクション側に周ってメンバーに指示を出していたのだとか。そのことについての他の三人の反応が心配だったが、健吾は真面目に、司もおとなしく、そして巧は愉快そうに周防の指示出しに従っていたという。
「このままでいくと、曲については周防くんにユニット全体のプロデュースまで任せてもいいかもしれないねえ」
……まあ、そのことは追々考えていこう。
とはいえ、曲の収録は夕方には終わり、健吾以外のユニットメンバーは帰っていった。健吾が残っているのは、八時からの鴫沢レンの配信のためだった。別に事務所からやらなくていいのだが、健吾は歌録りの流れでそのまま事務所から配信することにしていた。俺もモデレーターとして事務所に控えている。
配信が始まった。
昨日の今日なので、前日に俺がした事務所の公式発表のことに触れないわけにはいかない。
「昨日の運営からの案内についてですが、内容の通りとなっていますので、ここでは多くは触れません。これまで通り、僕は僕の配信をやっていきますので、今日もゆっくりしていってください」
コメント欄はあまりざわつかない。炎上はある程度は収まったと見ていいか。これまでの配信のときの傾向を見て、NGワードを追加で入れたりしている結果かもしれない。少数出てきている不穏な呟きは俺たちモデレーターの方で消していく。
「そういえば、明日なんだけど。新しいPVが出るので、よかったら見てください。そう、僕らのユニットの最後の二人の情報が出ます。二人はコンビでずっとTwitchで配信やってきたんだよね。僕のPVにも二人の歌声乗ってたから、もしかしたらわかった人がいたかもしれないですね。お楽しみに!」
配信の最後、鴫沢レンが今日の配信で出すべき情報をこんな風に入れ、そして今日の配信は終わった。
配信ブースから出てきた健吾に俺は声を掛けた。
「お疲れさん。帰るんなら、途中まで一緒に帰ろう。何だったら、飯を一緒に食べるか」
「いいですね。どこかお店探しましょうか」
二人でそう言いながら、お互い荷物を持ち、事務所を出た。何だかんだ言って、今日は平穏に終わりそうだな、と思いながら、どんなものを食べたいか二人で話しながら歩く。話すうちに、食べたいもののお互いの方向性は大体見えてきた。それなら心当たりの店がある。
「とりあえず、事務所でいつも使っている店でいいか」
交差点の信号待ちで、俺はスマホをいじりながら健吾に話しかけた。
と、突然俺の背中に痛みと熱が走り、呼吸ができなくなった。立っていられなくなり、俺はその場に膝から崩れ落ちる。
健吾の悲鳴のような声が上がった。
「ツカズさん?」




