9 鎮火のための選択肢
配信中、周防が言った。
「とはいえ、うちのユニット、ちょっと問題があるんだけど」
「問題、ですか?」
「そう。ユニット名、まだ決まってないでしょう」
……待て、何故それをここで言う。
レンも少し面喰らった様子で、
「まあ、そうですね。えっと多分、事務所が慎重に考えているからかなって。でも、まだ決まってないってことは、みんなで考えられるっていうことですよね」
「確かに。コメントで募集する?」
「そうですね。候補を募集しますか。採用されるかどうかは別として」
そこからは、リスナーがコメントにいろいろユニット名の候補を書き込み始めた。そんな中でも例の、桜田の件を暗示するようなコメントは延々と書き込まれていが、幾つかのアカウントはブロックしていったので、そんなコメントも減ってきた。
俺は段々と気楽な気持ちでコメント欄を眺め始めた。ユニット名の候補は実に様々だった。俺は気になったものを幾つかメモした。
メモはしなくても、気になるものはあった。そのうちの一つが、
翼の城
というものだった。これは、同じ人物が何度も書き込んでいた。そして何度か表示された後、何故だか俺以外のモデレーターが非表示にし始めた。
俺はそばでやはりモデレーターをしていた鈴木に訊いた。
「鈴木、お前、翼の城っていうコメント、非表示にしてるのか」
「え、何ですかそれ?」
鈴木ではないらしい。となると、巧か。何でそんなことを?
まあ、大したことではないので、後で確認することにして、コメントの流れを確認しつつ、配信を見守る。
配信は、今後の展開についての告知に移っていった。
レンが言う。
「で、次は残る二人のPVですけど」
「いつ公開になるんだったかな」
「来週の金曜日の午後八時ですね。詳しいことは木曜日の配信でお伝えする予定ですけど、二人はもともとTwitchで二人で活動していて」
「巧くんと司くん、いいコンビだよね。アクセル役が巧くんで、ストッパー役が司くん、かな?」
「うーん……一概にもそうとは言えないけど……。まあ、それは実際の本人たちを見てもらってのお楽しみかな。それじゃ、周防さん、今日は来てくれてありがとうございました。周防さんのアカウントも今日これから開設されるので、そちらもよろしくお願いします」
「お願いします。というか、今、開設されました」
「そうなんですね、おめでとうございます」
コメントは、そっちにも行くよー、とか、おめでとうー、といった明るいコメントが並ぶ。
そして周防のゲスト回は無事に終わった。
俺は久々に浮ついた気分でその日は家路についた。電車の中でふと俺は思いついて、司にメッセージを送った。
モデレーターお疲れさまって巧に伝えてくれ。ところで、どうして「翼の城」っていうコメントを消したんだ?特に害はなさそうだったけど。
対して司からの返信は、
お疲れさまです。巧にコメントの話をきいてみましたが、自分はそんなコメントは消していない、だそうです。
と返ってきた。あれは俺の勘違いだったのだろうか、と思った俺は、「こっちの勘違いだった、忘れてくれ」とメッセージを送った。
そのときは、全てうまくいっている、と思っていた。が、その翌日、思いもよらないところで問題が起きていることがわかった。
というか、鴫沢レンのPV公開以降ずっと起きていたことを俺は知ることになった。
女性ライバーしかいなかったうちの事務所から男性ライバーがデビューすることを知ったファンたちが、女性ライバーだけの箱に男性を入れるとは許せない、と女性ライバーたちのYouTubeのチャンネルやXにいろいろと書き込んでいたのは以前からあった。しかし、いざ実際にデビューした新人男性ライバーが男性芸能人だったと知って、そのコメントが過激になっていた。
当初は「女性ライバーだけの箱に男を入れるな」という程度だった。だが、デビューした二人が氷上健吾と周防章だと判明すると、空気は一変した。
「イケメンに近づきたいから、事務所に残っているんだろ」
「男と絡みたいだけだったんだろ」
「裏切られた」
そんなコメントが各ライバーの配信やXに溢れ始め、やがて脅迫めいた書き込みまで現れた。
とはいえ、全ての女性ライバーのチャンネルのコメント欄やXがそうなっている訳ではない。悪質なコメントに対し毅然とした対応をとった藍堂、柏宅、松島、鳳のコメント欄はすぐに治安を取り戻し、それ以上のコメントは書き込まれなかった。
問題は、柳沢と上月のチャンネルだった。
月曜日の午後、そのことで対策会議をした。運営側は、社長、副社長、前島主任、二人の担当である長野マネージャー、そして俺。柳沢と上月はオンラインで参加だ。
会議の冒頭、柳沢は俺たちに謝ってきた。
「すみません、こんなことになってしまって……。藍堂さんたちみたいにはっきり言えば良かったのだけど」
「柳沢さんはちゃんと言ったわ。私、配信を見てたけど、ものすごく頑張って言ってた」
長野マネージャーが慰めるように言う。一方、上月は今にも泣きそうな顔をしている。
「ごめんなさい、ネットの向こうにいる人たちだってわかっていても、私、こわくって」
「大丈夫よ、上月さん。上月さんも一生懸命言っていたの、私も見ていたから。新しくデビューした男の人たちとは絡まない、事務所もそう約束してくれたって、きちんと言ったものね?」
前島主任も言う。
副社長が言った。
「どうしたものですかな。事務所の方針として自ら言ってしまいますか。ただ、収まるかどうかはわかりませんが」
「そうだな。だが、うちに男性ライバーが入ること自体に反応している連中の大部分は、そこがはっきりすればある程度は冷静になる可能性が高い。……そうだ、津和、お前がやれ」
社長はにやりと笑った。俺は呆けた様子で聞き返した。
「……は?」
「だから、スポークスマンとして出ろ、ということだ。こういうときこそ出番だろう」
スポークスマンとしてデビューさせる、とは言われていた。だが、まさか本当に表に出ることになるとは思わなかった。




