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8 周防デビュー

 平素より弊社所属ライバーへの温かいご支援を賜り、誠にありがとうございます。

 この度、弊社所属ライバー桜田緋狩につきまして、重大な契約違反行為が確認されたため、本日付けで契約を解除いたしましたことをお知らせいたします。

 本件に関する詳細につきましては、関係各所への影響及び契約上の理由により公表を差し控えさせていただきます。何卒ご理解賜りますようお願い申しあげます。

 日頃より応援してくださっているファンの皆様、関係者の皆様にはご心配をおかけする結果となりましたことを、心よりお詫び申し上げます。

 今後とも弊社所属ライバーの変わらぬご支援を賜りますようお願い申しあげます。


 こんな文書を公式サイトに上げたのが午後六時。その五分後に、桜田緋狩のXにて本人の謝罪コメントがアップされ、その三十分後には桜田のアカウントは非公開になった。とはいえ、コメントのスクリーンショットはネット上に多く出回っており、桜田の最後のコメントは誰もが知ることのできる状態になっている。

 そして炎上が始まった。桜田は最後のコメントで淡々と、自身の軽率な行動でこのような結果になったこと、事務所の判断を受け入れていること、これまで応援してくれたファンへの感謝の言葉を述べていた。特に問題のないコメントだったが、それが一部のファンには良くなかったらしい。運営に無理矢理書かされたのではないか、とか、もっと説明をすべきだ、という意見が多数出ていた。

 木曜日の昼には炎上の勢いは少しおさまっていたが、その夜にはまた鴫沢レンの配信がある。ここで明日の周防のデビューPV公開についての情報を出すのだが、そちらに支障が出るのではないか。

 そんなことを俺は心配していたのだが、社長はあっさりと、

「桜田のコメントは、これ以上ないくらい問題のないものだった。これで文句を言う奴は、何を出したところで文句を言う。気にしても仕方ない。今夜の配信も明日のPV公開も予定通りやるぞ。それより、デビュー曲の方だが。デモが届いていたな」

「はい」

「あの曲をユニットのデビューPVに確実に使えるようにしろ」

 言わるまでもない。こちらとしても、その点に不安はなかった。何しろ周防が乗り気で、家業の隙間時間を見てこちらに来る時間を捻出しており、明日には仮歌を入れに来ることになっている。歌割りも周防が考えていて、嬉々として健吾と司に連絡を入れていた。

 そのノリで、周防は俺にこんなことまで言ってくる。

「出来れば低音を増やしたいので、津和さん、歌ってもらえませんか?」

「俺は歌わないぞ」

 即答すると、周防は、つれないなあ、と笑っていた。

 その周防のデビューPV公開は予定通りに行われた。金曜日の夜、鴫沢レンのPV公開のちょうど一週間後だ。前日の鴫沢レンの配信で、ユニットメンバーの二人目のデビューPVが公開されることが告知されており、結果として周防のPVは、鴫沢レンのPVの視聴数よりも多く再生された。

 俺はずっとネットの評判を追っていた。やはり、周防章がその名前のまま、そして本人を元にしたビジュアルのままでVTuberとしてデビューするというのはかなりのインパクトをもって受け止められていた。

 公開直後は、このVTuberとしてデビューしたのが本当に俳優の周防章本人なのか、というコメントばかりだった。声も似ているが本人か?と。コメントの中には、歌ってもらったらすぐ本人かどうかわかるのに……!というものもあった。あー、それはだな。ユニットのPVに流れるユニットのデビュー曲で一部周防のソロパートが入るから、そのときのお楽しみだな。

 実は、周防の単独PVに、周防のオリジナル曲を入れる案があった。これは以前に周防が俳優として活動していたときに出していた曲ではなく、活動休止状態になった後で、作曲活動をしている周防の知り合いが、どんな形でもいいからそのうち周防の歌声で発表してくれと託していたらしい。

 が、まだユニットの全容も出していないところで、周防のソロ曲を出すのは早すぎるのではないかということで、今回はインストだけ入れることにした。周防のソロ曲は、ユニットのデビュー曲公開から四週間後に公開する。となると、これまたPVを作っていかないといけないのだが、これはもう既に目途がついていた。曲は周防が一発録りでOKをもらい、映像制作は鈴木が志願してきていて、鎔蘭描き下ろしの素材が欲しいとの要求が出ていた。……まだユニットのPVも出来ていないのに、これは一体何なんだ。

 とはいえ、ユニット名がまだ決まっていないので、いずれにしてもユニットのPV完成とはならないのだが。

 ユニット名がここまで決まっていないのは間違いなく問題だった。前島主任は常に何か言いたそうに俺を見てくるし、夏代室長は俺の顔をみる度に、ユニット名だけでも早く決めろ、決まらないならうちのプロモーションチームに考えさせるぞと言ってくる。

 それはそれで俺は構わないのだが社長が頑として方針を変えない。

 PVは公開の三日前には完成させておきたい。となると、それまでに当然ユニット名を決めておかないといけない。

 そんな宿題を抱えたまま、日々の業務は進んでいった。

 周防のPVが公開から二日後、鴫沢レンの配信が行われた。

 健吾も周防も、事務所から配信をすることになっていた。俺は前と同様、事務所でモデレーターをすることにしていた。

 今回もモデレーターは俺を含めて三人用意したのだが、今回は、鈴木と、そして何故か巧が立候補してきた。巧はもう地元に帰っていたが、自宅からモデレーターとして参加するとかで、副社長の了解のもと、当日の配信に臨んだ。

 鈴木が今回モデレーターを志願してきたのは簡単なことで、今回が周防章の実質的なデビュー回だからだった。鈴木の家は少し遠くて、帰りが遅くなるからせめて自宅から参加してはどうかと言ってみたが、折角の周防のデビューなんだから事務所から参加すると言ってきかなかった。妹は大丈夫かと訊くと、同じ集落の仲が良い同級生の家に泊まりに行くという。

「変なコメントはどんどん消していきますから!」

 と頼もしい限りで、コメントに表示させないNGワードを設定画面からどんどん入力していた。うん、周防が絡むと本当に頼もしいよ、お前さんは。

 実のところ、氷上健吾と周防章は共演経験があるが、今回は鴫沢レンと周防章なので、今日の配信は初めて仕事を一緒にするという設定である。

 配信が始まり、健吾が軽快に話し始める。

「みんな、こんばんは!今日はスペシャルゲストが来てくれています!」

 今回で配信も4回目だ。慣れた感じが出てきている。まあもともと、健吾は芸能活動をやってきてるしな。

「こんばんは、周防です。今日はレンくんの配信にお邪魔しています」

 対する周防も、ナチュラルに言う。ここで「レンくん」呼びをするように、とは俺が出した指示だ。鴫沢レンの初配信のときには年齢はぼかしていたが、今回の配信にあたり、レンの年齢を二十歳にすることに決めた。これは、健吾の実際の年齢と同じになる。つまり、神隠しで異世界に行っていた期間を除いた年齢。これまで年上として接していた周防は戸惑うかもしれないが、健吾にはこの方がやりやすいと思ったし、これから出てくる巧や司との絡みを考えても自然だ。あいつら、完全に健吾を年下扱いしてるからな。

 とはいえ、周防もさすがで、俺が指示した設定を織り込みながら、鴫沢レンと会話を進めていっている。

 コメント欄はかなり勢いがあった。特に、周防の以前からのファンだったと思しきリスナーからの書き込みが多い。


 本当に、本物の周防章?

 お帰りなさい!芸能活動しなくなって、心配してた!


 こういった書き込みには、

「心配してくれた皆さん、本当にありがとう。僕は元気です。ちょっと表現方法についていろいろ考えていて、そんなときに誘われて、ライバー活動をすることになりました」

 と周防は返した。これも想定通りのやりとりだ。

 今後、ドラマや舞台にリアルで出る気はないのかという質問が多数来たが、それに対しては、

「僕は今のこちらの活動に力を入れていて、前みたいに舞台とかドラマとかに出る予定はないんですけど、ライバー活動だと皆さんとこうして直に接することができて嬉しいです」

 と、嬉しさを声に滲ませながら答える。うーん、さすが役者。きいているこっちも嬉しくなる、そんな感じだ。

 健吾がコメントを拾って話を振った。

「さっき、誘われてライバー活動をすることになった、って言ってましたけど、誰に誘われたのかって、コメントに質問が」

「ああ、それは言っていいのかな?レンくんを誘った人と同じ人なんだけど」

「言っていいと思いますけど。残りの二人も同じ人に誘われたんだし、結局あの二人が喋るんじゃないかなあ?」

「そうだね。まあ、当の本人もそのうち表に出てくるし」

「そうそう。僕らの切り札、ですよね?」

「思わせぶりに言うと、本人にプレッシャーがかかるから、ほどほどに。実際のところはマネージャーなんだけど、あの声はなかなかびっくりするよね」

 ……待て。それは俺のことか?いや、想定問答と違うだろう。想定問答では、うちの社長に誘われたということにする予定だった筈だ。

 内心で動揺しながら、俺はモデレーターとしてコメントをチェックしていた。鈴木が設定してくれたNGワードのおかげで、桜田緋狩関連のコメントは表示されていない。

 が、時間が経つとだんだん雲行きが怪しくなってくる。桜田のことは名指しせずに、事務所は説明すべきだ、というような曖昧な言い方で桜田のことを遠回しに指し示しているコメントが多数上がるようになってきた。勿論、モデレーターの方で消していく。

 コメントに上がっていたのは、勿論、そんな不穏なものばかりではない。純粋に周防への歓迎コメントも多い。そして、鴫沢レンと周防がユニットの話をすると、残りの二人への興味を寄せるコメントが増えてくる。


 どんな人たち?歌、うまい?

 レンくんとどういう関係?やっぱり元芸能人?


 これも想定された質問だ。

 健吾は軽く唸って、

「うーん、これはもう言っておくけど、芸能人ではないです。でも、凄い人たちですよ。僕のPVにも二人の歌声、少し入っていたんだけど。そう、あの歌声の二人です。元々Twitchで配信していて」

「レンくん、それ以上は止めておきましょう。気持ちはわかるけど、これは来週のPV公開までお楽しみに、ということで」

「そうですね。早く四人で配信したいなあ」

「そうだね。ユニットメンバー全員で、いろいろやってみたいことがあるから、これは今後のお楽しみ、だね。とはいえ、うちのユニット、ちょっと問題があるんだけど」

「問題、ですか?」

「そう。ユニット名、まだ決まってないでしょう」

 ……待て、何故それをここで言う。


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