7 初配信
「あー、あー、こんにちは。初めまして。鴫沢レンって言います。緊張するなあ、こういうの初めてだから」
翌日の夜八時、鴫沢レンの初配信が始まった。健吾は鴫沢レンとして話していく。といっても、声は当然のことながらいつもの健吾のままだ。
俺はモデレーターとして、事務所の配信ブースに詰めて、コメントを見ながら喋る健吾を見守っていた。モデレーターはあと二人控えているが、そちらは二人とも自宅からのリモート参加だ。
鴫沢レンの初配信コメントには、特撮ファンかと思われるコメントが幾つか流れてきていた。
ナイトレイヴンの鴫沢レンじゃないの?
ナイトレイヴン、好きでした!また会えて嬉しい!
これについては、対応は打ち合わせ済みだ。
「それ、言われると思ったー!でもちょっと違うんだよね」
健吾は軽く明るく言う。
「見た目でわかると思うけど、皆さんが知っている鴫沢レンとは違う世界線の僕っていう感じです。年齢も上だし」
ナイトレイヴンとの関係は完全に否定はしない。
「まあこんな感じで自己紹介していきます」
ここで名前を改めて名乗った後、今は大学生をしていること、趣味は武道の稽古で、道場に通っていることを話した。
すると、すかさずコメントが飛ぶ。
お父さんと今も手合わせはしてるの?
ナイトレイヴンで司令官と稽古していたシーン、怖かったー!
「そうなんだ?違う世界線の方の鴫沢司令のことは知らないけど、僕の父は相変わらず、かな。世界をいろいろと飛び回っていて、最近あまり手合わせできてないです」
これは打ち合わせにはなかったが、この回答だと鴫沢レンの父である鴫沢司令と健吾の実の父親である氷上甚の両方を掛けた回答になり、うまいと思える。
コメントの中には、何故Vtuber活動をしようと思ったのか、という質問があった。これは想定はしていた質問ではあるんだが、どう答えるかは健吾が自分に任せて、と言ったので、実は俺は回答の内容をチェックしてない。
健吾は軽快に、
「何故こういう活動を始めたか、だけど。ぶっちゃけて言うと、知り合いに誘われたんです。僕がいろいろ頑張っているのをずっと知っていてくれてて、こういう世界もあるけど挑戦してみないかって、声を掛けてくれて。僕も、新しいことに挑戦したいなって思ってたからちょうどいいタイミングでした」
俺は少しめまいを感じた。本当に事実を言うとは。大丈夫か、これ?
配信から四十分が過ぎ、雑談パートから告知パートへ移る。今後の配信予定についてだ。
健吾は木曜日の夜にまた配信をする、と言い、
「次はちょっとゲームをやってみようかな。その次も一人配信だけど、その次はメンバーと一緒に配信をする予定なんで。そう、僕のデビューPV見た人はわかってると思うけど、僕、今回ユニットの一員としてデビューしたんです。ユニット名はまだ内緒。メンバーも、これから発表していきます。メンバーの中には、皆さんがどこかで見たことがある人もいるかもしれません」
健吾のこの発言に、コメントがざわつく。
え、誰?もしかして、芸能人?
特撮界からまた誰か参戦?
健吾は苦笑気味に、
「僕も早く紹介したいけど、今後のお楽しみってことで。じゃあ、別の世界線の僕を知ってる人も、初めての人も、今後ともよろしく!」
約四十五分の配信は無事に終わった。
コメントは、心配したようなものは流れなかった。桜田のアカウント停止について説明しろ、というのも少しはあったが、そんなものは当然コメント欄に表示していない。そのためのモデレーターだからな。
健吾が収録ブースから出てきた。にこにこしている。うまくいったという手応えがあったんだろう。
「僕、配信中はリスナーの数、見ないようにしていたんだけど、どれくらいの人が見てました?」
俺が数字を言うと、健吾は更に破顔した。
「良かった。副社長さんからは、それくらいが成功のラインだって言われてたけど、本当に良かった」
俺は思わず少し顔をしかめた。余計なプレッシャーを与えたくなくて、俺は健吾には数字のことは言わなかったんだが。
健吾は俺の内心がわかったらしい。
「僕が副社長さんに訊いたんだ。どれくらいの数の同接があったら成功と言えますか、って。副社長さんは、初回の数字だけじゃなくて、三ヶ月後にどれくらいの人が残ってきいてくれてるかが勝負だって言ってたけど」
確かにそうだ。
でも、健吾は言う。
「桜田さんが辞めることになったの、僕にも原因はあるんだから、僕がしっかり数を稼いでいきたいんだ」
「それは違う。お前は何も悪くない。責任を感じることなんて何もないんだ」
健吾の言葉に、俺は思わず強い口調で言い返していた。健吾はくすりと笑う。
「うん、ツカズさんはそう言うと思ってたよ」
そのとき、収録ブースに巧と司が入ってきた。
「お疲れだったな。楽しそうで良かったんじゃねえか?」
「そうだね。コメントも見てたけど、好意的なのが多かったよ?」
実は、巧と司も健吾一緒に午後から事務所に来て、会議室で配信をきいていた。二人が来たのは、グラハムの会社のパーティから逃げるため。そんなことで事務所を居場所にしないでくれと思うのだが、他ならぬグラハム自身が、二人を頼むとわざわざ電話してきたので、俺は受け入れるよりほかなかった。まあ、健吾の配信が始まるまでの間、デビュー曲のための音域の確認を受けたりして、有意義に時間を使わせてもらっていたわけだが。
そのとき、健吾のスマホに着信があった。断りを入れて、健吾はスマホを見た。健吾の頬が緩む。
「グラハムから。おめでとうって。あ、また来た」
健吾は次に来たメッセージが誰からのものかは言わなかったが、余程嬉しかったのだろう、頬がかなり緩んでいる。
グラハムが手配した車が迎えに来て、三人は帰っていった。
翌週、事は淡々と運んでいった。
週が明けてすぐに桜田との契約解除合意書と、上月が持っていたノートに書かれていた曲の著作権譲渡契約を作成。水曜日の午前中には桜田のサインをもらい、同日の夕方六時に事務所の公式サイトとXで桜田緋狩の契約解除を発表する。
予想通り、その翌朝にはネットで炎上していた。




