6 いろいろ解決
社長が確認する。
「つまり、お前は曲の買い取りの件、承知したということでいいんだな?」
「はい。さっきの金額でなら」
「わかった。契約書は月曜日以降に詰める。契約解除の手続きについて、副社長と話をしてくれ。あと、お前さんの曲に載せるクレジット名をどうするか考えておけ。桜田緋狩では出せないからな」
桜田は頷いた。
こうして、曲を使う許可を桜田から得ることができた。
が、俺の中で次なる疑問が生まれる。
結局、曲のアレンジは誰に頼むことになるんだ?
ヒアリングが終わると、桜田は長野マネージャーに連れられて会議室を出ていった。俺も見送りのためについていく。
と、会議室前の廊下に健吾と巧、司の三人が立って待っていた。
桜田の足が止まる。折角話が円満に落ち着いたのに、ここで揉ませるなよと俺は内心冷や冷やしながら、桜田を見た。
健吾は桜田を少し見て、でも話しかけることはせず、すぐと俺に視線を移した。
「ツカズさん、お疲れさまです。いろいろと気になって、来ちゃいました」
「おう、お疲れさん。明日の収録の打ち合わせでもしていくか」
「そうですね、それがいいかな。ちょっとそわそわして落ち着かなくて」
健吾は苦笑してみせる。
巧が健吾を呆れたように見た。
「お前、長いこと芸能活動やってるのに、まだそんななのかよ。新しい仕事のたびに緊張するのか?」
「そりゃそうだよ。特に今回は、完全に新しい分野だしね。というか、そっちは緊張とかないの?」
「そうは言っても、配信はずっとしてるからな」
健吾と巧がそんな会話をしているのを、桜田は立ち止まったまま、じっと見つめている。そんな桜田を司は見返し、
「何か?」
「……あなたたち、完全な新人ってわけじゃないんだ?」
「アバターを使っての配信は初めてなので、間違いなくVtuberの世界では新人ですよ」
「今まで顔出しで配信してたのが、ガワを被って活動するとか、どういう意味があるわけ。あなたたちみたいなルックスだったら、顔出しの方がファンにはいいんじゃないの」
「僕たちは声だけでゲーム配信していたんです。今回のデビューで僕たちの声にヴィジュアルがついたって、元からきいてくれていたリスナーは喜んでくれていますよ」
司はにっこりとほほえんで言った。桜田は今度こそ歩きだしたが、その足がまた止まる。
上月が、廊下の向こうに立っていた。泣きそうな顔をして、桜田を見つめている。桜田は上月のところまでまっすぐ歩いていくと、上月の前でたち止まった。
桜田は上月をまっすぐ見つめ、
「私の曲、社長に売り込んでくれてありがとね。助かった」
「それじゃ、契約解除はないってこと?」
「ううん。クビはクビ。でも、曲を買い取ってもらって、借金は返せる目途がついたから」
上月は泣き出した。
「ごめん、桜田ちゃん。私、役に立とうと思って、でもできることが他に思いつかなくて」
「いいって。上月ちゃんが動いてくれなかったら、私、クビになったうえに損害賠償まで請求されて、詰んでた」
言いながら、桜田は泣いていた。そんな桜田を上月が抱きしめ、二人でお互いを抱えるようにして階段を下りていった。
「とりあえずは、一区切りついたか」
後ろから静かにやってきた社長が言った。そんな社長に、巧が訊く。
「それで、曲のアレンジは結局誰に頼むことになったんだ?桜田を見つけたのは周防だけど、許可をもらったのは社長だろ?」
「そのことだが、うちの事務所と前からつきあいのある人に頼むことにした。お前たちが事務所を出てから、改めてオニールCEOと周防の知り合いにそれぞれ納期を示して、それで対応できるか確認したんだ。そうしたら、二人ともそんな短期間では無理だと」
「納期はどれくらいだったんですか」
司が訊く。
「一週間だ。三週間後に流すユニットのデビューPVで使おうというのだから、当然だろう」
「ああ……それでよく引き受けてくれましたね」
社長は肩を竦めて、
「厳密に言えば、PVで使う部分だけでも仕上がっていればいいんだが、オニールCEOの知り合いも周防の知り合いも、丁度手が放せない仕事に取り掛かっているところだとかでな。オニールCEOは次の候補を当たると言っていたが、こちらも待てないので、次の機会にと伝えておいた」
この結果に巧が食い下がってくるかと思ったが、そんなことはなかった。巧はあっさりと、
「いいんじゃね?とにかく間に合えば」
「ああ。間に合わせるのが最優先だ。というわけで、巧、司、再来週にはまたこちらに来てもらうぞ」
「は?何で?」
巧が心底驚いた様子で言うのに対して、司は呆れたように、
「歌を録らないといけないでしょ」
「あー、そっか。宿、どこにすっかなあ。グラハムはもう日本にいないだろうし。あとは、真田の家か?」
「そうだねえ。それができるといいんだけど」
そう言いながら、司は少し目線を健吾に向けた。健吾はにっこりと笑って、
「僕からグラハムに言って、グラハムのマンションを使わせてもらえるようにしておくから」
「おお、サンキュ。助かった。いやー、配信を気兼ねなくできる環境ってのが難しくてさ」
巧は上機嫌だった。司もにこやかに言う。
「本当に助かりました。真田さんの家だと、広いけれど、プライバシーがあるようでないので」
「それはどうも」
健吾もにこやかに返す。……何だろう、目の前で何か空中戦が行われている感じがするのは俺の気のせいか。
こうして、桜田の情報漏洩に対する処分と、ユニットのデビュー曲についての問題は解決した。
そして、俺はまだ解決していない問題が差し迫っているのを感じて、胃がきりきり痛むのを感じた。
うん、まだユニットの名前とバックストーリーを考えてないんだよな。




