5 ヒアリング
うちの事務所は、他の同規模の事務所に比べるとタレントの不祥事は少ないが、過去に問題を起こしたタレントがいたことはある。そのときにタレントの契約解除は経験しているため、実のところ、気は楽だった。初めてそういう問題が起きたときに顧問弁護士にいろいろ相談しまくったり調べたりしたのは、今となっては良い経験だった、と言うよりほかない。
ヒアリングに同席した運営側のメンバーは、社長、五光のマネージャーである長野さんと俺だった。長野さんは五十代の女性で、副社長が以前いた事務所から引き抜いてきた人だ。やり手というわけではないが、実直で真面目な人で、男性嫌いの上月や不安定な柳沢といった扱いが難しいタレントも特に問題なくやれている。
俺の役目はこのヒアリングの場の仕切だ。これも前に経験があるので、そのときに倣って始める。
俺はまず、今日は事実確認の場であること、正直に答えてほしいこと、この会話は録音され、後日記録を作成することを桜田に伝え、そして聞き取りが始まった。
桜田は最初、自身が情報漏洩をしたことを否定していたが、こちらがグラハムから受け取っていた証拠を見せると、黙り込み、次には吐き捨てるように言った。
「尾行とか、何なの。こんなの卑怯じゃない」
「桜田さん、駄目ですよ、そんな口のききかたをしては」
長野さんが窘める。桜田は長野を睨みつけた。長野さんは人の良さそうなオーラを常時醸し出しているので、そこを桜田は下に見ている感じはあるんだが、人としてはかなり信用が置けると俺は思っている。柔そうに見えて相手の圧に屈しない、タフなところもある。
今も桜田が睨みつけてきたのに対し、長野さんは静かに見つめるだけだったが、決して目を逸らそうとしなかった。桜田の方が視線を逸らす。
結局、桜田は情報漏洩やなりすましの事実を認めた。
俺は訊いた。
「何故そんなことをしたんだ。男性ライバーが同じ事務所に来るのがそんなに嫌だったのか」
「違います。前も言ったでしょ、氷上健吾みたいなのが来るのが嫌なんです。ライバーが、芸能人が落ちぶれたら行くところとか思われたら嫌なんです」
「健吾は芸能人としてやれていると思うが」
「……まあ、地下アイドルでもやれてなかった私なんかとは比べようもないポジションにいる人ですけど、世間的には終わってるんです。知ってます?昨日の鴫沢レンのPVだって、顔出ししてやってる芸能人がガワ被る意味あるかとか、二世の保険、とか言われてネットで叩かれてるんですよ。挙げ句の果てには、うちの事務所自体が、コネ事務所じゃん、とか言われて」
そういった書き込みがあるのは知っている。だが、多くはない。確実に少数派だ。
「本当にそれだけが理由なのか」
俺は訊いた。桜田は少し怯んだが、
「何が言いたいんですか」
「いや、芸能人として顔出しでやれている人間にこっちの世界に来てほしくない、とか思っているんじゃないのか。前もそんなことを言っていたしな」
「わかっているんだったら、訊かないでくださいよ。そうですよ、顔出しでやれてるんだから、いいじゃないですか。氷上健吾が今やってる雑誌の専属モデルだって、業界を知ってる人間からしたらかなりのポジションなんですよ?それなのに、何でこっちに来るんですか。私の立場、ないじゃないですか」
最後は半泣きになっていた。
俺は訊いた。
「つまり、健吾たちをデビューさせたくなくて、妨害するつもりで情報を漏らしたってことか。そうしたら、ファンが騒ぐと思って。他の件は漏洩はしていないということでいいんだな?」
「そうですよ。私だってそこまで馬鹿じゃないです」
「そうか。じゃあもう一つ訊くが、何故鳳の名前を騙った」
「……それは、あの女が鼻持ちならないから。私と大して登録者数違わないくせに、いちいち上から指示してきて。頭いいかもしれないけど、だからってあんな風に言われる理由はないです」
「あんな風に、って何かあったのか」
「いつもいつもですよ。いちいち覚えてられないくらい。言葉の端々にそういうのが透けて見えるんです。それに、あんな頭がいいキャラで売ってる女が情報漏洩みたいなやばいことしてたら、本当にやばく見えるでしょう。だからですよ」
「やばいことをしている自覚はあったってことか」
俺が訊くと、桜田はじろりと俺を睨んできた。
「主任も私のこと、馬鹿にしてますよね。地下アイドル上がりは、って。高校出てるからって、人のこと見下してくんなよ」
地を這うような低音で言われて、俺は固まった。まさか、自分がそんな風に見られているとは思わなかった。
そのとき、社長が口を開いた。
「わかっていると思うが、今回の件は契約違反だ。契約は解除になる。さらに損害賠償も検討することになる」
そこで桜田の表情が変わった。怯えが見える。それはそうだろう。借金もあるのに、損害賠償も求められるとなったらそうなる。
社長はそんな桜田をまっすぐ見ながら、
「ただ、お前に借金があることもわかっているからな。そこで提案だが。お前が作った曲の権利を買い取らせてもらえないか。そうなれば、そういう名目でこちらもいろいろ配慮できる」
桜田は驚いたような表情になった。
「何で、私が作曲してるって」
「上月からきいた。曲も見せてもらった」
「上月ちゃんが……何で」
「あいつは、お前に作曲の才能があるから、今回の件は見逃してほしいと言ってきたんだ。勿論、そういうわけにはいかないが。私としては、お前の才能をもっと早く知りたかったよ。こんなことをする前に」
しみじみと言う社長の言葉に、桜田は泣き出した。長野マネージャーも泣きそうな顔をする。
少し間を置いて、社長は言った。
「こちらとしては、あのノートに書かれていた曲を全て、こちらで買い取らせてもらいたい。金額はこれくらいを考えている」
社長はスマホの画面に金額を入れ、それを桜田に見せると、その後で俺たちにも見せた。あのノートに書かれていた曲の数は結構あって、その曲数とその金額とが見合っているかはわからないが、借金を返せる額ではある。
「まあ、曲の買い取りについては明日くらいにでも返事をくれればいい。とりあえず、契約解除は確定だ。手続きは月曜日以降に進める。曲の買い取りのことについては明日中には返事をくれ」
「随分急ぐんですね。……もしかして、氷上健吾たちに歌わせるつもりですか」
「それに答える義務はないな」
「桜田さん、社長さんが言われているのはとっても温情のあるお話なのよ。本来なら、一切のお金はもらえずに、逆に損害賠償を請求されるところを、損害賠償請求はなしにして、曲を買い取るという形でお金をいただけるの。ですよね、社長。この話を受けたら、損害賠償請求はなし、ということでいいんですよね」
長野マネージャーが縋るように訊く。社長は頷いた。
「ああ。それでお互いに手打ちということで。これは当然書面にする」
桜田は少し考える様子を見せながら、
「……曲が買い取られたら、それを誰が歌うかとか、私に口出しする権利はないですよね」
「ああ。何かあるのか」
「ノートにある曲の中に、星へ行く船を見送るとき私は、っていうタイトルの曲があるんですけど。あれは、上月ちゃんに歌ってほしいんです。あの曲は、上月ちゃんをイメージして作ったので」
「そうか」
「それと、私の曲、誰が歌うにしても、下手に歌ったら許さないんで。そこさえちゃんとしてもらったら、私、文句はないです」
そう言う桜田の表情は、少し凛々しいものになっていた。




