4 俺にはわからない会話が続く
周防は流し目で俺たちを見ながら言った。
「まさかこんな風にやってくるとは思いませんでした。おかげでかなり消耗させられましたよ」
その言葉は巧に向けられていて、当の巧は上機嫌で返す。
「そりゃ、やられたらやり返すだろ。認識阻害とかそう珍しいものじゃないけど、この環境でやるとかなり消耗したろ」
「あれをそういう風に言うのは、僕の感覚とは違いすぎますね。まあ、それを全て打ち砕いてきて余裕っていうことからすると、言うだけのことはあるってことですか」
「そいつはほめ言葉ってことでいいよな?」
にやりと巧が笑う。そんな巧の前に出るようにして司が立った。
「こんにちは、周防さん。僕は司です。前に画面越しに会いましたよね。それで、こちらが巧。ほら、巧、挨拶。直接会うのは初めてなんだから」
「あー、まあ、一応挨拶しとくか。ま、そういうことなんでよろしくな」
「どうも。今のところは右手で握手でもしておきますか」
しかし、実際に握手することはなかった。
司は何事もなかったように、
「それで、桜田さんは?」
「あそこですよ」
周防は正面にあったカフェの中を指さした。ガラス窓越しに、桜田が見えた。桜田の正面には鈴木が座っていて、懸命に何か話している様子だ。
「あいつに説得を頼んだのか?」
巧は顎で鈴木を示した。
「ええ。そもそも僕は初対面ですし、彼女は元地下アイドルで、芸能人として活躍している氷上さんに対して敵対心を持っているということだったので、僕のことも受け入れないと思ったんです。まあ、あなたたちを迎え撃たないといけないというのもありましたけど」
「確かに、あなたが行くよりは良かったかもしれないけど、それでも状況は良くなさそうですね」
司は店の中に目をやりつつ言った。確かに、桜田の反応は芳しくなかった。鈴木を睨みつけ、席を立ちそうな気配がある。俺は焦った。折角ここで見つけたのだから、桜田を確保しないと。
和が唸りながら言った。
「もう、お兄、しっかりしてよ。時間を稼いだら、上月ちゃんが来てくれるのに」
「上月に連絡を取ったのか。というか、何で上月の連絡先を知ってるんだ」
俺が驚きとともに訊くと、
「さっき交換したの。桜田ちゃんを探しに行くのについてこいってお兄に言われて、そしたら上月ちゃんが、見つけたら知らせてほしいって言ってきて」
「大丈夫ですよ、津和さん。和ちゃんは口が堅いです。僕が保証します」
虫の息ながらも周防はしっかりと言った。まあ、もう信じるよりほかないわけだが。
司が周防に言った。
「あなたの認識阻害、彼女に使わないんですか」
「僕は怪異が関わらないことについてまで自分の力を使ったりしませんよ」
「そうですか。それは残念でした」
司は店へと足を向けた。巧が声を掛ける。
「お前が行くか?」
「そうだね。普通に足止めくらいはできると思うよ。巧は運転手さんを呼び戻しておいて」
振り返りもせずに司が答え、そしてそのまま店に入っていった。
司はまっすぐ桜田たちがいるテーブルに近づいた。そして何か話しかけたらしい。桜田は司を最初警戒するように見ていたが、そのうちにその視線が下に落ち、俯くようにしながらもぞもぞと何度も椅子に座り直していた。その様子からは、さっきまでのような苛立ちとか逃げようとする感じは微塵もない。
その様子を見ていた周防が困惑したように言った。
「説得した……?でも、ほとんど話していないのに、どうやって。もしかして、魅了……?」
「そこまで大層なもんじゃないけどな。ただ相手の心の内にすっと入っていってるってだけだ」
つまらなそうに言う巧に、周防が、
「簡単に言いますね」
「そんなこと言われても、そういうもんなんだから仕方ないだろ。あいつの母親は、そんなものは矢鱈に使うもんじゃないって窘めてたけど」
「彼の能力を母親も知っているんですか」
「能力っていうか、素で出したり引っ込めたりっていうだけだけど」
後で鈴木からきいた話によると、司は静かに鈴木たちのテーブルまで来て、椅子から立ち上がろうとしていた桜田にほほえみかけながら、
「初めまして、こんにちは。僕は司といいます。座ってお話しさせていただいても?」
と話しかけ、それだけで桜田は椅子にまた腰を下ろし、司が差し障りのない話題を振ると、はい、とかいいえ、という返事だけを返し、目線も下に落ちてもう完全に落ち着いた様子になったとのことだった。
結局、巧が呼んだグラハムの運転手の車で桜田は俺や司、巧と一緒に事務所に送り届けられた。巧が助手席に座り、桜田は俺と司に挟まれるようにして後部座席の真ん中に納まっていた。
車に乗ってすぐ、桜田は無言だった。結局曲を使わせてもらう話はどうなったのだろうと思いながら、俺は会話の機会を窺った。
車が走り出してしばらくしてから、桜田は俺の方を見ながら訊いてきた。
「さっき、カフェの入り口で主任と一緒に周防章がいたと思うんですけど。あの人ももしかして、今回デビューするんですか?」
「ああ。あいつも氷上健吾と同じユニットのメンバーだよ。で、お前の隣に座っている司と、助手席に座ってる巧もそうだな」
「でもそれじゃ、人数が合わないですよ?主任もデビューするんでしょ?」
「俺はまあ、Vのガワを被って出るには出るが、アイドルとかじゃなくてスポークスマンとしてだな」
「スポークスマン……」
呆然としたように桜田は呟いていたが、次には自嘲するように言った。
「そんなのがいたら、活動、すっごく楽だったろうな……」
俺はそれには何も言えなかった。桜田はもう覚悟を決めているように見えた。
事務所に着くと、入り口で社長と担当マネージャーの長野さんが待っていた。長野マネージャーは、桜田一人ではなく五光全員を見ており、本来は今日は別件で動いていた筈だったのだが、急遽こちらに呼び出されたらしい。
桜田は二階の会議室にそのまま入れられ、そこでヒアリングが始まった。




