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男性Vtuber四人の担当になったが、全員普通ではなかった話  作者: 弓園千尋
第1章 社長、無茶振りをする。
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6 スカウト担当者の叱責

「男性ライバーをアイドルとしてデビューさせるという話が動いているそうですね」

 出勤してすぐに俺を小さな会議室に引っぱり込んだ前島主任は真っ先にそう言った。俺は冷や汗が背筋を伝うのを感じた。

 俺や前島主任が所属するマネジメント室は一ノ瀬社長がトップで、俺と前島主任の二人がそのすぐ下のグループリーダーという形になっている。前島主任のグループは主にタレントの採用や育成を担当、デビュー後のタレント管理は俺のグループがやることになっている。

 なので、今回の男性アイドルライバーデビューの件は本来前島主任の管轄なのだが、俺はそちらに話を通すのを忘れて突っ走っていた。

「すみません、前島さんに報告するのを怠っていました。ええっとですね、その件は社長から直々の指示で」

「わかっています。私が出張中のことできっと報告できなかったんでしょう」

 前島さんは淡々と言った。前島さんが出張していても当然報告はできたわけで、俺は縮こまるしかない。そこで「そうなんです」と言おうものなら、非難が雨霰と降り注いでくるだろう。

「えっと……前島さんも、この件について社長から相談されたんですか?」

「いいえ。今日、出勤したときに受付の子の様子がおかしかったので何かあったのかきいたら、俳優の氷川健吾がこちらに昨日来た、と。もともと彼があなたの知り合いというのは知っていたので、ただ寄っただけなのだろうと思ったのですが、あなたは会議室まで押さえて会っていた、と聞きまして、これは何かあると思って社長に訊ねたところ、おそらく男性ライバーのスカウトの関係で会っていたのだろう、と言われました」

 それは良くないバレ方なのでは、と俺は思ったが、前島さんは表情を全く変えずに続けた。

「そこで改めて社長からプロジェクトについて説明を受けました。そして、社長からは、この件は社内でも主任どまりにしろと言われています」

「すみません、勝手に話を進めて」

「そんなに縮こまらないでください。別に怒っているわけではありません。驚きはしましたけど。ただ、今回の件、私としては結構大きな案件だと思っているので、普段タレントの採用に関わっていない津和さん一人に任せるのもどうかと心配しているんです。社長には、主担当は絶対にあなたから変えないと言われたんですけど。助言はいいが、手は出すな、とも」

 俺は天を仰ぎ、息をついた。

「助言だけでもありがたいですよ。とりあえず、人選の目処はついているんですが」

 俺は正直に、四人の候補者のことを話した。前島さんは細い眉をひそめながらきいていたが、

「Twitchで配信している二人がどんな人かわからないから何とも言えないんですが、氷上健吾と周防章の二人のバランスは悪いように思われます。このユニットのコンセプトはどうなっているんですか」

 健吾と周防章のバランスが悪いなどとは思っても見なかった俺は、その言葉に気を取られて、一瞬反応が遅れた。

「あ、いや……、まだ考えていなくて。とりあえず、歌って踊れるアイドル、とか?」

「そんなのコンセプトでも何でもないでしょう。そうじゃなくて、ストーリーです。物語。あるいは、それに裏打ちされたライバー同士の関係性。一つの小説でもできるような奴が」

「待ってください、前島さん。それ、うちの売り方じゃないですよ。ウミツグリのやり方じゃないですか」

 うちもタレントに設定はつけるが、ストーリーまで作れそうなモノじゃない。さっき言ったようなふんわりとした奴だ。

「わかっています。でも、今回の絵師は鎔蘭なんですよ。ただのタレントとかただの学生とかそういう設定だけではガワに負けます。鎔先生の代表作はファンタジーとか歴史モノであるところからしても、わかるじゃないですか」

「それは……でも、鎔先生の作品にも日常系はありますよ」

「でも、代表作というところまでではないでしょう。先生の真骨頂はやはり、あの美麗なキャラクターを生かせる非日常を舞台とした作品です。であれば、鎔先生の描いたガワを使うタレントたちもそういうカラーがいると思います。そして、その設定次第で、氷上健吾と周防章のバランスの悪さも緩和されると思います」

「はあ……」

「とにかく考えてください。最終的に、その設定を大々的に謳わなくてもいい、バックグラウンドというかカバーストーリーというか、そういうものを運営が持っておく、それだけでもいいんです。でも、何もないというのは駄目です」

 わかりました、としか俺は言えなかった。うちのタレントはあっさりしたキャラづけしかしていないが、それは表に出している分だけであって、前島主任は各タレントごとに、家族とかどういう生まれ育ちだとか、そういう設定をみっちり準備していることを知っているからだ。それが具体的にどんなものかは俺は知らないが、以前、ライバーの一人が、前島主任の持っている自分のキャラに関する設定の内容をきいて感動した、と話していた。

「前島主任って、ものすごく考えてくれてるんです。私、説明をきいて、このキャラとして頑張れる、って思いました」

 心ないリスナーの攻撃に逢って精神的に参りかけていた彼女は、そう言って持ち直し、今もうちでライバー活動をしている。

 そんな実績のある前島主任の言葉は、まっすぐ俺に突き刺さってくる。

「とにかく、考えてください。鎔先生だって、キャラを描き起こすのに設定がないと困るでしょう。大丈夫ですよ、津和さんは朗読劇をやりたくて以前、台本を書いていたんでしょう。できますよ」

 いきなり、過去の黒歴史を晒されたような気分になって、俺は顔がこわばった。確かに俺は一人でやれる朗読劇の台本を書いていた。だが、どれもうまくいかなかった。完成させることはできても、満足いくものにはならなかったのだ。

 一方の前島さんは、プロとしてやってはいないが小説を書いていて、以前にどこかの出版社の新人賞をとったことがあるときいている。俺とは全然違う。そんな人に励まされても、励みにはならない。

 そのとき、会議室のドアがノックされた。入ってきたのは、佐久間副社長だった。

「良かった、二人で話をしているときいて来たのです。男性ライバーのプロジェクトの話なんですが」

 大手芸能事務所で敏腕マネジャーとして辣腕を振るってきたというのが想像できないほど、いつも穏やかな物腰をしている。

 前島主任が言った。

「ちょうど今、その話をしていたところです。売り出すタレントのコンセプトをどうするか」

「なるほど。こちらも社長から指示がありまして、今後五年間の目標をたててみました」

 副社長は持っていたタブレットを俺たちに見せた。

 一年目にデビューしたところから、配信の計画や再生目標、ライブを毎周年開催し、五年目には一万人の観客を収容できるハコでライブを開催する、と。

 五年目に一万人の観客を入れられる会場でのライブ、は社長が最初から言っていたことなので、そこに書かれていてもそう驚きはしなかった。が、そこに至るまでの動画配信のこととか曲の販売目標とか毎周年のライブとか、そこまで入ってくるとは思わなかった。動画の配信については、再生回数の目標まできっちり入っている。

「歌ってみた動画の再生、一曲目から一年で100万回再生目指すとか、本気ですか。うちのトップタレントだって、出した動画が五年目でやっと達成できたくらいなのに」

「社長はやれる気ですけどね。あなたが氷上健吾さんに声をかけたと知って、自信を深めていましたよ」

「いやでも、氷上健吾として売り出すわけではないですし」

 そもそも健吾を本人として売り出しても可能か怪しいと俺は思う。健吾には悪いが。

 副社長は元々細い目をさらに細めてほほえんだ。

「社長には何やら策があるような様子でしたな。まあそれはともかくとして、計画はこれで良いですか」

 副社長の言葉に、俺は改めてタブレットの画面を見た。上がっている数字がどれも強気なのはもう変えられないとして、一つ気になることがある。

「この……各目標の隣に常に書いてある、達成できなかったら強力なメンバーを一名追加、というのは」

「達成できなかったら、津和さんを追加メンバーとしてライバーデビューさせる、と社長は言っていましたが」

 俺は肩を落とし、うなだれた。あの人はまだそんなことを言っているのか。傍で前島主任が掛けていた眼鏡の縁をくいっと上げて副社長に訊いた。

「その話、詳しく教えてもらえませんか。私はそこまではきいていません」

「待ってください、前島主任。本気にしないでください。いつもの社長の嫌がらせですから」

「でも」

「社長には冗談はいい加減にするように改めて話します。そもそもこれは副社長の案ということでいいんですよね?」

「ええ。本決まりではありません。社長からは、あくまで津和主任の担当なので、助けてやれと言われて案を作っただけです」

「わかりました。社長と話します」

 そもそもこういう計画を立てるのに、俺が何も知らされていないっておかしいのではないか。俺は担当だぞ?

 その日一日、社長を捕まえることはできなかった。俺は、七周年ライブの準備をしながら、これから始める男性タレントたちのバックストーリーをどうしたらいいか考えていた。前島主任は、非日常のものがいい、と言っていたが、どういうのがいいのか。

 そして次の日になった。午後一時から司と、三時から周防と会うことになっている。

 司との面談には健吾も立ち会ってくれることになっていた。一時になる十分前に健吾は事務所に来た。俺は大きなディスプレイのある会議室でスタンバイしていた。

 健吾は持参していた小さなモバイルノートをディスプレイに接続した。ブラウザを起動し、そこからネット上の会議室に入っていく。

 すると、既に画面には、長い髪をゆるく後ろで束ねた優雅な雰囲気の若い男性が映っていた。白い肌に整った顔立ちは中性的で、どことなく浮き世離れした空気を纏った人物だ。

 健吾が話しかけた。

「こんにちは、司さん。お忙しいところ、時間をとっていただいてありがとうございます」

「こんにちは。元気そうで何よりです。一昨日に連絡をもらったときにはその内容にちょっと驚いたけど」

「すみません、突然で。それで、巧さんはやっぱり無理でしたか」

 健吾がそう言うと、司は目線を少し画面の外に逸らした。そして彼が見た方から画面の中に一人の青年が映りこんできた。こちらも白皙の美形だが、中性的な感じの司に対し、やんちゃな雰囲気が滲み出ている。寝起きなのか癖毛なのか、ホッキョクギツネみたいな白い髪ははね乱れている。榛色の目が、回線のノイズのせいか時折赤く滲んで見えた。いずれにしても日本人離れしている容姿だ。というか、少なくとも純血の日本人ではないだろう。

 新たに現れた青年は俺たちを見るなり、にやりと笑ってみせた。

「ゲームをやろうぜ!」

 小学生みたいな台詞に俺は面食らったが、声でわかった。

 こいつが巧だ。


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