2 デビュー曲が決まる
「それって、僕らのデビュー曲がいつの間にか決まっていたっていう話ですか?」
司に言われて、俺は初めて気付いた。
「確かにそうだな、もうちょっと慎重に考えた方がいいよな。わかった、周防に言い戻しておく。周防によるとかなり良い曲らしいんだが」
「そうなんですか?興味が出ました。きいてみたいんですけど、曲を送ってもらうことはできますか?」
「それがだな、まだ旋律が書かれただけの状態なんだ」
「え、それを今から曲に仕上げて歌を入れてPVで流すんですか?間に合いますか?」
「やっぱりそう思うよなあ。作った人間のこともあるし、全然間に合いそうにないんだが」
「作った人間……?さっき、上月さんが持ってきた、と言っていませんでしたか?上月さんが作ったのではないのですか?」
司に立て続けに訊かれて、俺は、しまった、と思った。が、よくよく考えたら、隠しても意味がないことだ。俺は、ここだけの話と前置きをして話すことにした。
司は少々呆れた様子だった。
「いろいろと無茶な話ですね。作曲者の許諾がとれていないし、曲自体も仕上がってないし、それなのにPVに入れようだなんて」
「そうだな。あと、社長の了解を今日これからもらわないといけないんだが、今から電話して、こっちに降りてもらうよう伝えるのが今から億劫でやれないよ。休みの日に呼び出すと、ものすごく機嫌が悪くなるんだ」
「え、でも社長さん、今ならそんなに機嫌悪くなく話せそうですけど」
「どういうことだ?」
不思議に思って俺が訊くと、司の方も不思議そうに俺に言った。
「だって、社長さん、今、巧たちとゲームしてますよ?健吾くんのエイムを鍛えるんだって、巧と二人で健吾くんにいろいろ言ってます」
「そうなのか?じゃあ、ちょっとすまんが、そっちから社長に状況を簡単に伝えてもらえないか?」
「わかりました。事務所に行ってもらえないか言ってみます」
司はにこやかに言い、電話を切った。
それから五分後、本当に社長が事務所に降りてきた。マネジメント室の自分の机で仕事をしていた俺に、
「話はきいた。周防を呼べ」
「収録中ですけど」
「じゃあ、桜田が作ったという曲のノートを預かってこい。まずはそこからだ」
俺はすぐに収録ブースに行き、周防に理由を言ってノートを預かってきた。社長は俺に、それをスキャンしてデータを司に送れと言った。
「それは構いませんけど、司は楽譜を読めるんですか」
「司も巧も昔ピアノを習っていたことがあるらしい。とにかく、楽譜をスキャンしたら、データは私にも送ってくれ」
そして社長は社長室に引っ込んだ。俺は言われた通りにノートをスキャンし、データを司と社長に送った。社長も楽譜は読める。社長室には電子ピアノもあるし、弾いてみたりするんだろう。
俺は仕事に戻った。そこから十分も経たないうちに、司から電話がかかってきた。
「津和さん、楽譜、ありがとうございます。一つ確認したいのですけど、周防さんがユニットのPVに使おうと言っていたのは送ってもらった楽譜のうち、どの曲ですか?」
「一番最後の曲だと言っていたな。Break a legとかいうタイトルの」
すると、巧の声がきこえた。
「ほらな、やっぱりそうだろ」
「しかし、一番最初の曲も素晴らしいぞ」
これはグラハムの声だ。どうやらスピーカーにして話しているらしい。というか、これはどういう状況だ。
「えっと……何でグラハムさんが?」
「僕たち、今、グラハムが東京に持っているマンションにいるんです。健吾くんも一緒に、昨日、PVの公開を見守ったんです」
「あー、そういえばそんなことを巧が言ってたな。じゃあ、昨日は配信もそこで?」
回線が不安定だとか言ってなかったか?
司はあっさりと、
「はい。業者に見てもらって、回線はもう大丈夫なんです。さっき社長さんとゲームをしていたときも問題なかったですよ」
そこへ巧が話に割って入る。
「それでさ、ツカズ、この一番最後の曲、俺らのPVに使おうぜ」
「俺らって、お前たちのPVか?もう完成してるのは送っただろう?見てないのか?」
「違うって。俺と司のじゃなくて、ユニットの。周防も同じ意見なんだろ?さっさと編曲して、歌入れて、映像に乗せればいい。使うのはイントロとサビくらいにしておけば、仕上げるのは間に合うだろ」
「アレンジャーは私の方で手配する。幾らでも伝手はある」
グラハムが言う。その声は高揚している。
「待ってください。編曲は、周防が知り合いに頼むと言っていて」
「いや、この曲は私の知り合いに頼む。そちらに頼めば間違いない」
そのとき、俺の上に陰がさした。見上げると、周防がいた。
周防は冷ややかな笑みを口元だけに浮かべながら言った。
「もしかして、さっきのノートの曲についての話ですかね」
「お、周防じゃん。ちょうど良かった」
周防の声をきいたらしい巧が軽い調子で言った。俺は、こっちのスマホもスピーカーモードにした。これでこっちの話を司たちも聞けるだろう。
巧は明るく、
「お前の案の通り、Break a legをユニットのデビューPVで使おうぜ。編曲はこっちで知り合いをあたるから」
「いえ、そこは僕の知り合いで。どんな腕前かわからない相手に委ねることはできませんよ」
「それ言ったらこっちも同じなんだけどなー。そっちが頼もうとしてるお前の知り合いってのも、俺たちからすれば知らない誰かなんだけど」
「僕のPVに使われる曲を手がけた人です。PVが出来ればあなたたちも彼の腕前を知ることができますよ」
「そんなこと言ったら、グラハムが紹介してくれる奴の過去の作品をきいたら同じ話になるじゃん?」
話が平行線になりそうだと見て、俺は介入することにした。
「待て待て、二人とも落ち着いてくれ。この曲を気に入ったのはいいが、肝心の作曲者の許可を取れていないんだぞ。まずはそこをどうにかしてだな」
「そんなことを言っていたら間に合いませんよ」
周防が言うと、巧も、
「同感。第一、そんなの大した問題じゃないだろ。作曲したのは事務所のライバーなんだし、さっさと許可どりすればいいだけじゃないの。いや待てよ、作曲した桜田って、なりすましと情報漏洩してた奴か。そういえばそいつの処分ってどうなったんだっけ」
「ヒアリングのために呼び出しを掛けているんだが、反応なしだ。曲を持ってきたのも別のライバーだしな」
「あー、そっか。あれ、もしかして情報漏洩した奴の曲を使うのは難しいとか、そういうのはあるのか?」
「社長次第だな」
とそのとき、社長室のドアが開いた。社長が俺と周防を見て言う。
「決めた。Break a legをデビュー曲にする。まずは、桜田と話をしないと。それと同時進行でアレンジャーを探せ」
「アレンジャー候補は既に二人いますよ。そのことで今、話をしていたんですけど、平行線で」
周防が言うと社長は少し驚いた様子で、
「それは随分と手回しがいいな」
社長の感想に、俺は少し脱力しながら今までの流れを説明した。社長は呆れた様子で、
「贅沢な悩みだな。どちらかに絞らないとならないが、コンペをやっている時間はないし」
すると巧が明るく言った。
「じゃあ、作曲したライバーに許諾を先にもらった方がアレンジャーを誰にするか決められるってのはどうだ」
……それは、至極まっとうな提案にきこえるが、それだけじゃなさそうに思えるのは俺だけか?




