9 助命嘆願
上月の後ろから伸び上がるようにしてこちらをのぞき込んでいたのは、中学生くらいの女の子だった。とはいえ、小柄な上月とあまり背の高さは変わりがない。
その子は髪の毛を不器用に結び、服もぞんざいに着ていた。服の選び方自体からしてもうちょっとどうかならないかとも思うが、何よりあの髪の毛、何とかならないか。
周防が少し呆れた様子で、
「和さん、下で待っている筈でしょう」
「えー、だって退屈なんだもん。あそこ、何もないし。あ、お兄の上司の人には許可もらったよ。おとなしくしてなよって言われた」
「それは、許可をもらったとは言わないでしょう」
ため息混じりに周防が言う。
俺は椅子から立ち上がった。周防の連れのようだが、部外者がここまで入ってくることはまかりならない。そう言おうとするよりも先に、和と呼ばれた少女は自分のすぐ前にいた上月に興味津々の目を向けてきた。
「あー、もしかしてライバーさんですか?まさか、柏宅様?」
「いえ、違います……」
「え、それじゃ鳳先生?」
「違います……」
上月はどんどん縮こまっていく。向こうは構わず、
「あー、そうなんだ?えっと、じゃあ誰だろう」
「和さん、それくらいにして。もし当たっていても、本人からは言えないから」
周防が声を掛ける。和は悪びれた様子も見せず、
「えー、でも気になるじゃん?あ、あと一回だけ!一回だけ当てさせて!えっと、柳沢梨雨ちゃん、でしょ?だって、五線譜がバッグに入ってるもん」
和は上月のバッグの中を見やりながら言った。確かに、柳沢は配信で曲を作ったりしている。
上月はしどろもどろになりながら、
「あの、違います。これ、私のじゃなくて。友だちのを預かってるだけで」
「えー、そうなんだ?」
言いながら、ひょいと和は上月のバッグの中からノートを抜き出すと、それを広げて読み始めた。おい、それはまずいだろ。
俺が声を上げるより先に、周防が前に出ていた。
「和さん!」
つかつかと歩いて和のところまで行き、ノートを広げて見ていた和の手からノートを奪う。
和は抗議した。
「いきなり乱暴だよ、周防さん」
「乱暴なのはあなたでしょう。いきなり他人の鞄からひとの持ち物を取るなんて」
「いやー、まあそう言われるとごめんなさい、って感じなんだけど、そのノート、すごいよ。歌詞が書いてあったけど、素敵だった!」
和は目をキラキラさせながら言った。周防は一瞬間を置いて、
「だとしても、いけないことはいけない」
「わかってます。でもでも、本当に素敵だからさ、見てみてよ。その歌詞、周防さんが歌ったら本当に似合うと思う!」
周防は戸惑いながら上月を見た。上月は少し迷う様子を見せていたが、
「いいです、見てもらって。津和主任も見てください。私、このことで話をしに来たんです」
どういうことだ、と思いながら俺も上月たちのところまで行った。周防が既にノートを広げて目を走らせている。集中している様子で、時々小さく歌っている。どんどんとページをめくり、最後まで行ったところで、感嘆の目をしながら俺に言った。
「これ、いいと思います。何曲もあるけど、どれもいい。えっと、上月さん、これ、誰が書いたんですか」
周防に見下ろされ、上月は後ろに下がりたそうにしていたが、和がいるせいで下がれない。上月は覚悟を決めたように周防と俺を見て言った。
「桜田緋狩ちゃんです。桜田ちゃん、ずっと自分で曲を作っていて。でも、打ち込みとか得意じゃないからって私に頼んできたんです」
それでノートを預かっていたらしい。柳沢みたいに表には出していないが、上月も専門学校で学んだことがあり、そういうことはできる。
俺は言った。
「そんなの、スタッフに言ってくれれば良かったのに」
「桜田ちゃんは内緒でやりたかったんです。この曲がいいのは自分でもわかってるけど、自分で歌うにはいろいろと足りなくて、そんなところに会社がこの曲のことを知ったら、他の人に歌わせようとするんじゃないかって」
「それで手元に置いていても、発表されないままで終わるだろう」
「それは、桜田ちゃんがもっとボイトレとか頑張って、自分で歌えるようになるんだって」
「なるほど……。でも、上月さんは、今日、その曲のことで来たっていうことだったけど。どういうことなのかな」
「あの、桜田ちゃんの曲、スゴいんで、それで、その、この曲に免じて、桜田ちゃんがやったこと、許してもらえないかとお願いに来たんです」
桜田がやったこと。情報漏洩のことか。でも何で桜田の仕業だと知っている?そのことはタレントには知らせていない筈なのに。
上月は言った。
「昨日から、桜田ちゃんのチャンネル動いてなくて。本当は昨日、歌ってみたが一本出る筈だったのに出なかったし、Xでも何も呟いてないし。ディスコードにも反応ないし。桜田ちゃんのスマホにメッセージ送ったら、運営と揉めてる、もう駄目かもって返事があって。それで、この間から問題になってる情報漏洩のことが思い浮かんで」
俺はどうしたものかと考えあぐねた。確かに、桜田のチャンネルは停止中だ。Xもこちらで止めている。原因は、例の情報漏洩だ。
上月と一対一なら桜田がやったことを説明してもいい。あるいは、ここに居合わせたのが周防だけだったらまだ話せる。だが、和は部外者だ。部外者の前であんな話はできない。
と、その和が言った。
「んー、桜田ちゃんって、桜田緋狩のこと?さっきのノートの曲って、桜田緋狩が作ったの?スッゴイ!でも、あの曲に免じて許してもらうって何?桜田緋狩が何かマズイことしたの?」
俺がため息をつこうとする前に、周防が厳しめの声で和に言った。
「和さん」
「ごめーん。でもさあ、桜田緋狩が何したかは知らないけど、本人に内緒でそんな話をしに来てたら駄目なんじゃない?いくら友だちでも恨まれるでしょ」
和の言葉に、上月は泣き出した。
「わかってる。でも、こうでもしないと、桜田ちゃん、困ったことになるから。今、事務所をクビになったら、桜田ちゃん、借金を返せなくなって本当に困ったことになっちゃう……!」
借金?いや、あれは目途が立ったと、前に話していなかったか?




