5 妖精は嘘に集まる
グラハムからくっついてきた光の玉は、ある一人のタレントの傍でそれまでとは違った風に明滅しはじめた。
桜田緋狩。元地下アイドルだったが、売れなかったために活動場所を変えようとうちの事務所のオーディションに応募してきた。売れるためには何でもやる、というところがある。健吾のデビューを知ったときのあの反対ぶりからすると、それを邪魔するために情報漏洩をしたと言われても意外ではない。
「主任?」
俺の様子が変だったのだろう、松島が怪訝そうに俺を見た。俺は何とか気を取り直して、七人を相手に、場を収めようと話を始める。情報漏洩の犯人が誰か、というのは触れずに、とりあえず収録を続けられる程度には雰囲気を戻さないといけない。光の玉が桜田の周りにいるからといって、それを証拠に桜田が犯人だ、とは言えない。だったら、ここで犯人探しをしても仕方がない。
とはいえ、言わないといけないことは一つはある。
「情報漏洩なんてこと、鳳は絶対にやっていない。柏宅のリスナーが伝えてきた話だって、ただのネットの書き込みだ。鳳が犯人だと決めつける証拠にはならない」
「でも、誰か情報を漏らした人が社内にいるのは間違いないですよね」
桜田が言った。俺を睨んでいる。桜田の周りに浮かぶ光の玉がさっきグラハムが怒りをみせていたときと同様の明滅を始める。少し気分が悪くなるが、あのときよりも数が少ないので何とか持ちこたえる。
「だろうな。男性ライバーがデビューするというのも社内だけに流した情報だし、そのうちの一人が氷上健吾というのは更に知る者は少ない。俺が知る限りだと、社長と俺と副社長、前島主任に夏代室長。それと、柏宅、桜田、上月だけだ」
鎔先生や健吾側の関係者も知っている者はいるが、それはひとまずおいておく。今回はそちらに焦点を広げる必要はないからだ。
松島が不思議そうに、
「そうなんですか?私、社内のみんなが知っているものと思っていましたわ。少なくとも、ライバーは全員知っていましたし」
「それは私が教えたからだよ」
柏宅が言った。
「氷上健吾さんのことは、私が主任にカマかけて、それに主任がひっかかって、それでバレた、っていう感じだったのよ。で、それを桜田ちゃんと上月ちゃんもたまたまきいてたっていう」
「まあ、それでは本当はデビューまで氷上健吾さんのことは私たちにも秘密にしておくつもりだったんですのね?」
「デビューまで、とは言わないが、情報開示はもっと後にするつもりだったな。とにかく、情報漏洩の犯人探しはこっちでやっているから。お前たちは何も心配するな」
俺が言い、柏宅と藍堂は鳳に謝罪した。鳳はそれを受け入れた。さっきよりも落ち着いてみえた。
収録を再開することになり、俺はマネジメント室の自分の机に戻った。鳳たちの収録が少し押しており、健吾たちの収録は当初予定していた七時半には始まらないという。なので、少しゆっくり食事して戻ってきていい、と健吾にメッセージを送った。
健吾たちは七時半に戻ってきた。
午前中も使った一階の会議室で待機させることにして、俺もそれまで健吾たちと一緒にいることにした。グラハムが何故か一緒にいる。いや、まあいいけど。健吾や巧や司の保護者みたいなもんだし。しかしこの人、仕事が忙しいんじゃないのか。
「こいつのことは気にすんな」
巧がグラハムを見ながら言った。
「仕事はもう今日はないらしい」
「グラハムは健吾くんのことが心配なんですよ。で、情報漏洩の犯人はわかりましたか」
司が訊いてくる。俺は戸惑いを覚えながら、
「犯人かどうかはわからないが、光の玉……妖精か?あれが変な様子をみせている相手が一人いた。桜田緋狩というタレントなんだが」
「桜田緋狩。わかった」
グラハムは揺るがない様子で、どこかに電話を始めていた。英語で話していて、内容はよくわからないが、桜田の名前だけは聞き取れた。
まさかこの人、桜田を調べようとしている?
俺が内心焦っていると、司がほほえみながら言った。
「グラハムの親切です。いただいておきましょう」
「親切って」
「まあ、そうとしか言えないよなあ。別な言い方をしたら、おせっかい?でなければ、過保護とか」
巧があくびをしながら言う。健吾が困惑したような表情で巧を見る。
「過保護、って」
「だってそうだろ。今の話しぶりだと、グラハムはお前がこの事務所からデビューするって決まった時から在籍しているライバー全員のことも含めて色々調べてた感じだぞ。今のは、その調査指示の追加と、調査結果の提出の指示だ。向こうは調査結果をまとめてないらしくて、グラハムは追加調査分も含めて三日以内によこせ、って指示を出してた」
俺は思わず顔を顰めた。まあ、保護者を自認するグラハムからしたら、健吾だけでなく、巧や司を託す先であるうちの事務所を調べるなんてのは当然のことなんだろうが、正直、いい気分はしない。
司がほほえみながら言った。
「グラハムには悪気はないんです。放っておきましょう。それで、僕らは今日、どんな内容を収録するんですか?」
俺は持ってきていたノートPCを広げ、前島主任から預かってきた台本を司たちに見せた。巧が拍子抜けしたように、
「え、これだけでいいんだ?」
「とりあえずは。すまんな、お前たちのバックストーリーが固まっていないんで、これくらいしか喋らせられない」
「いや、別にいいよ。ていうか、気が楽になったし。それより、いっそのこと雑談も録ろうぜ。絶対に使えるから」
巧がまだ言う。俺は拒否しようとしたが、何故か司と健吾が目配せをし、
「できれば録りませんか」
「うん。僕も賛成。ツカズさんも録ろうよ」
「何でお前たちはそんなに雑談を録りたがるんだ。そんなのはデビューして、どれくらいか時間が経ってから出すようなもんだろう」
「勿論、そのとき用に録っておくんだよ。僕たちがデビューして、何年か経って、デビュー前にこういうの話してたんだよね、って出す。それってありじゃない?それとも、ツカズさんは僕たちがそこまで続けてないと思うんだ?」
「いや……それじゃ、お前たちだけで録れば」
「何言ってるんだ、お前もデビューするんだから一緒にだろ」
巧が言った。
司が少し首を傾げながら、
「もう一人の彼がいれば完璧なんだけど、無理でしょうね?」
「あー、声を掛けてみることはできるが」
「別にそんなの気にせず録ろうぜ」
巧は気楽に言う。俺はとりあえず周防にメッセージを送った。すぐに返事は戻ってきたが、今、家業の関係で地方に行っていて、こちらに来ることはできないとのことだった。
結局その日は、健吾と巧、司のそれぞれのPV用の音声だけでなく、俺も入っての雑談の収録もした。
話題は、何故デビューしようと思ったかとか、今後どういう風にしたいかとか、そういう差し障りのない話題だったが、俺だけ何故か途中で酒が入っての収録だった。気がついたら俺の飲み物が酒になっていたのだ。
意味がわからないことを言っていると思われるのはわかっている。いや本当に、自分で持ち込んだ水のペットボトルから水を飲んでいたはずなのに、それが酒になっていたんだ。俺は自分の勘違いかと思ってもう一度口に含んでみたが、間違いなくそれは酒だった。
俺はそのことを口に出そうとしたが、俺の向かいに座っていた司が、意味ありげに微笑みながら人差し指を一本立てて唇に当てた後、その指を横にずらした。その指先に光の玉が止まる。司の視線が俺のペットボトルに向いているのに気づき、俺も自分の手の中のペットボトルを見た。ペットボトルにも光の玉が止まっていた。
巧も俺を見てにやりと笑った。……待て、まさかこの光の玉が水を酒に変えたとか、そういう話か?
俺はたまらず休憩を宣言し、新しい水をもってくることにした。
廊下に出た俺を、グラハムが追いかけてきた。グラハムは当然のように収録に立ち会っていた。ちなみに、収録には社長、副社長、前島主任、そして夏代室長も立ち会っている。
グラハムは自販機に水を買いに出た俺についてきた。
「すみません、小さき者たちはいたずら好きで」
俺の水が酒に変わったのは、やっぱり光の玉のせいらしい。
「それはあなたが謝ることではないですけど、そういうのをいつも連れているとこういうことが起きて、なかなか大変ではないですか」
運転手の飲み物がいきなり酒に変わっていたりしたらまずいだろう。
だがグラハムは、
「普段は小さき者たちはあそこまでのことはしません。多分、気が大きくなっているのだと思います。思い切りいたずらをしても怒られないと踏んだんでしょう」
「誰がそんな許可を出すんですか」
「まあ、それはおいおい……。とにかく、今日のところは小さき者たちははしゃぎまくっているので、恐らくまた同じことが繰り返されると思います。帰りは私の車で送りますので、安心してください」
……つまりは、また俺の水は酒に変わるということか?
そしてその予想通り、録音ブースに入って飲み始めた俺の水は酒に変わっていた。
酒が入った俺は、いろいろ喋った気がする。顔には出ないが、あまり酒には強くないんだ、俺は。酒が入っていることを最後まで社長たちに悟られなかったから、やっぱりいつものように見た目は普通だったんだろう。俺としては何を喋ったか覚えていないんだが。
録音した音声はどれも出来が良かったらしく、録り終わった後、録音チームや夏代室長ははしゃいでいた。彼らが嬉しそうに話すのを後目に、俺は帰宅した。約束どおり、グラハムが車で送ってくれた。
そして木曜日の夕方に、俺のところにグラハムの部下が桜田緋狩についての調査結果を届けてきた。前から調査をしていたとは聞いていたが、ここまで証拠が揃っているとは思わなかった。結果を言うと、真っ黒だった。桜田は収録があったその翌日には男と会っていた。
桜田は男にいろいろと話していた。男性ライバーがデビューすること、そのうちの一人は氷上健吾であること、今いる所属ライバーの中には男性恐怖症の子もいるのに事務所は強引に押し進めている、このままだと男性ライバーと共演させられてしまうのではないかとその女性ライバーは心底怯えている、等。
そして、桜田は鳳の名を騙っていた。まあ、顔バレしていないライバーなら、それは十分可能な話だ。声も少し似ているし。
送られてきた証拠は、そのときの男との会話の録音だけでなく、桜田がネットを通じていろんな男性リスナーとやりとりしているメッセージのスクリーンショットまでもがあった。……どこまで合法的に集めた資料なのかは考えたくなかった。
俺はすぐさま社長にこの調査結果を見せ、社長はその十分後には副社長、俺、前島主任を召集した。対応方針はすぐに決まった。桜田は本人の事情聴取を行った後に契約解除、事務所の発表は来週には行う。桜田のアカウント停止のタイミングはこれから調整する。
その段取りを話し合っている最中、副社長が言った。
「いっそのこと、鴫沢レンのPVを出してしまいましょう」
俺は自分の耳を疑った。




