3 飛び火は内部へ
「今回の件、降りるつもりはないよ。デビューをとりやめたって、モデルを続けられるかは別の話だし」
健吾は小さく笑って言った。そうか、と俺は健吾に言葉を返そうとしたが、あまりに気分が悪くなりすぎて言葉を続けられなかった。ぐるぐる回る意識の中、健吾とグラハムが話す声が聞こえる。
「とりあえず、どこか寝かせないと。休養室とかないのかな」
「そうだな。それと、巧を連れてこよう。あいつなら調整できるだろう」
そこで俺の意識は暗転し、次に気がついたとき、俺はベッドに寝かされていて、上方から声が降ってきていた。グラハムだった。
「男性ライバーがデビューする、というのも公式に発表する前に外に出た。そして今回は健吾がデビューする、という情報が出ている。貴社の情報管理はどうなっている。そんなところに健吾を任せるのははっきり言って不安だ」
「懸念はもっともです、オニールCEO。本当に申し訳ない。男性ライバーデビューの件がどこから漏れたのかはツカズに調べさせているところだったのですが」
社長が言った。健吾が、
「でも、男性ライバーがデビューするっていうのは社内で流したけど、それが僕だってことまでは公になってなかったですよね。知っていたのって限られた人だけだったのでは?」
「そこが情報漏洩元を探る鍵になりそうだね。でも、向こうが煽ってきた根拠がインスタの書き込みだけだったら、聞き流しておけば良かったんじゃないの」
司の穏やかな声がした。健吾が戸惑った様子で、
「僕は黙ってきいていただけだったんだけど」
「いや、その。健吾があそこまで言われて黙っていられなくて」
グラハムが珍しく焦った風に言った。そこで巧が呆れた風に、
「いつものことだけど、グラハムは健吾が絡むと周りが見えなくなるよな。ああ、ツカズ、もう起きられるか?」
巧は俺が目をさましていると気づいていたらしい。声を掛けてきた。
俺は目を開けた。俺が寝かされていたのは、事務所の一角に設けられた休養室だった。ベッドの周りには、さっき声が聞こえてきた面々が立っていた。
「起きられるか」
社長の声かけに、俺はゆっくりと体を起こした。グラハムの周りの光の玉が相変わらずチカチカと光っているが、さっきほどの強烈な明滅ではない。
「大丈夫か」
「はい。すみません、急に」
「まあいい。最近いろいろと詰め込んでいたから、疲れが出たんだろう。お前はゆっくり休め」
「えー、ツカズの録音はどうするんだよ?」
巧が言う。社長が窘めた。
「それは今日必ずしないといけないことではないだろう。とにかく、津和は今日は収録に参加させない」
社長はそう言って部屋を出ていった。
社長が出ていったのを確認し、部屋のドアを閉めて、健吾が言った。
「ツカズさん、すみません。妖精たちの怒りに当てられたんでしょう」
「本当にすまない。君がそこまで繊細だとは思わなかった」
グラハムも言うが、それはちょっと失礼なニュアンスが含まれている気がする。
司が巧を見た。
「ツカズさんはもう妖精を見られないと思っていたのだけど」
「グラハムの力が強すぎるんだろ。それより、今日の録音だけど」
「何でそんなに津和さんと一緒に録りたがるんだ」
グラハムが当然の疑問を口にする。巧はあっけらっかんと、
「そりゃ、絶対にそっちの方が面白そうだから。なあ、社長には内緒で録ろうぜ。ツカズがいたらあの太ったおっさん抜きでやれるんじゃね?」
俺はため息をつきながら言った。
「夏代室長はそこまで録音には口出ししてこないと思うが」
「でも、ツカズが倒れてた間、ツカズがこんなじゃ自分がいろいろ見るしかないとか言ってたけど」
「何だそりゃ。いつもはそんなに音関係には口を出してこないのに。とりあえず、録音には立ち会うから。それで室長の口出しがどうなるかはわからないが」
まあ、俺は巧たちのマネージャーでもあるからな。
俺はスマホで録音スタッフに連絡を入れた。スタッフの話では、健吾が七時過ぎに来るだろうということで七時半スタートで段取りしており、スタッフは今、別口の収録中だという。そこでスマホの時間表示を見る。まだ七時前だった。俺が意識を失っていたのはそんなに長い時間ではなかったらしい。
俺は録音開始時間を健吾たちに伝えた。すると巧が、
「じゃあ、それまで飯にしようぜ。向かいのカフェのサンドイッチがうまそうだった」
「あー、それならテイクアウトもできるけどな」
まだライバーとしてのデビューについて公式アナウンスを出していないのに、事務所の目の前のカフェで健吾が食事をしているというのもどうかと思って俺がそう言ったとき、休養室の入り口のドアがノックされた。俺は返事をすると、ベッドから降りてドアを開ける。
すると、そこには鳳桐香がいた。いつものように顔の半分を覆うほどの眼鏡をかけ、髪をおさげにしている。大きな目が印象的な子だ。使っているガワは銀色の髪をポニーテールにした女子高生だが、ライバー本人は大学三年生だ。
鳳は俺の後方、部屋の中に健吾たちがいるのを見て怯んだような表情をした。まあなあ、初対面の男が何人も、さして広くもない部屋に集まっていたらそういう反応になるか。
俺は鳳を安心させようと、
「ああ、鳳。すまん、もう俺たちはここを出るから。休みたいんなら使ってくれ」
「いえ。今回の男性ライバーデビューに関する情報漏洩のことについて主任と話をしたくて。あの、情報漏洩の犯人は私じゃありません」
待て待て、何でそんな話をいきなりしだすんだ。




