2 飛び火
健吾のライバーデビューについてのインスタグラムへの最初の書き込みは昨日の深夜で、そこから数回繰り返された。それらは最初は無視されていた。だが、書き込みが繰り返されるうちに、「事実無根なら法的措置を取られるぞ」と忠告する者が現れ始めた。
すると、デビューについて書き込んだ人物は、証拠がある、と書き始めた。健吾がライバー事務所に移籍したこと、スタッフの間では男性ライバーが来月デビューするという告知がされていること、そして事務所の幹部が氷上健吾がライバーデビューすると社内で明言したこと。
それに対して、周りが段々と反応しだした。半信半疑だったのが、これは事実なんだろう、という風に変化し、そして、それぞれの立ち位置での意見が書き込まれていった。
肯定的な反応もあった。「声が向いている」「新しい挑戦を応援したい」。そういった、元から健吾のファンだったと思しき書き込みだ。
が、後のコメントは、困惑、嘲笑、反発といった感じだった。
「顔出ししているのに何でVをやるの?」「ナイトレイヴンであれだけブレイクしたのに、それがV落ちとか」「二世って結局こうなるよな」「Vって芸能界で売れきれなかった人の受け皿?」とか。
激しいコメントは、これはもう間違いなくうちの事務所のタレントたちのファンが書き込んだのだろうというもので、罵詈雑言が飛び交っていた。「だから、何でお前があの箱に入っていくんだよ!」「どうせ恋愛営業とかになるんだろ。ふざけんなよ!○○ちゃんに近づくな!」。この「○○ちゃん」には、うちの事務所の女性タレントの誰かの名前が入っていた。割合的には、柳沢と上月が多い様子だったが。
俺は健吾に頭を下げた。
「すまん、書き込みをもっとこまめにチェックしておくべきだった」
俺の詫びに対し、健吾は困ったように笑う。
「別に、ツカズさんの落ち度じゃないよ。僕だって今日の午後まで知らなかったんだし」
健吾の今日の仕事は、神隠しから戻ってきて以降ずっと契約モデルをしている雑誌の撮影だった。その休憩時間、スタッフも誰もいない廊下で共演のモデルが健吾にインスタの画面を見せながら、
「なんか恥ずかしくないんですか?仕事がないんならさっさと引退でもすればいいのに」
と言ってきたときに初めて、健吾は自分のインスタのコメント欄が炎上していることを知ったのだという。
「雑誌の編集さんにも今後仕事をどうするつもりかって訊かれて。僕は続けたいです、とは言ったけど、あっちの雑誌のイメージっていうのもあるから、少し考えさせてほしいって言われた」
「今回の撮影の分も使われないっていうことか」
「そこも含めて判断するって。今日話をした担当者さんは僕を切りたくないって言ってくれたけど、上がどう判断するかはわからないって。でも、切られてもおかしくはないかな。今日そう言わなかったのは、グラハムの怒りようにおそれをなしただけで」
「グラハムさんが?」
俺はグラハムを見た。何でこの人が撮影現場に来ているんだ。というか、何でこの人が健吾を連れてきたんだ。
グラハムの話では、午前中にここで巧たちと分かれてから関係先を予定通り回っていたが、その移動の車中、健吾のインスタのコメント欄を見て、少し途中で立ち寄るくらいの感覚で健吾の撮影現場に足を向けたのだという。そして、どうやったのか知らないが、撮影スタジオに入り込み、そこで健吾が共演のモデルにこのことで馬鹿にされている現場に出くわした、と。
その場面を見て、グラハムは怒りながら割って入り、相手のマネージャーを呼びつけ、そして雑誌の編集者も呼びつけたらしい。
その話をするグラハムの周りに浮かぶ光の玉が、ものすごい光を発しながら明滅する。それを見て俺は気分が悪くなった。健吾が俺の様子に気づいて声を掛けた。
「ツカズさん、大丈夫?」
「ああ、なんか、グラハムさんの周りに浮かんでるモノがものすごい光り方をしていて」
「え、今、ツカズさん、見えてるの?」
健吾は驚いた様子をみせた。グラハムも、はっとしたような表情をする。
「彼は見える人だったのか?」
「いや、この前巧さんたちの家に来たときに、巧さんが一時的に見えるようにして。でもあれは一時的なものだってきいてたけど」
「きちんと見えたのはあのときだけだよ。今は光の玉が見えてるだけだ」
俺が言うと、グラハムが軽く頭を下げた。
「すまない、小さき者たちは私の怒りに同調しているのだろう。申し訳ない」
「いや、別に謝ってもらうことじゃ。でも健吾、モデルの仕事、なくなるかもしれないのは大丈夫なのか」
めまいがする中俺が訊くと、健吾は小さく笑って、
「今回の件、降りるつもりはないよ。デビューをとりやめたって、モデルを続けられるかは別の話だし」
そうか、と俺は言葉を返そうとしたが、あまりに気分が悪くなりすぎて言葉を続けられなかった。




