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俺はすぐに社長室に行き、事の次第を伝えた。社長は口角を上げ、笑みを浮かべながら言った。
「いいぞ、使わせてやる。但し条件がある。それを呑んだら、だ」
社長が出した条件というのは、今日、配信前に一時間程度のボイスの収録に応じるということだった。
社長の側でそれをきいていた夏代室長が頭をかきむしりながら言った。
「待ってくださいよ、収録って何を喋らせるんですか。脚本もできてないのに」
「そんなのすぐに用意しろ。長い文章を喋らせるもんじゃないだろう」
「あー、わかりました。とりあえず自己紹介だけでも喋ってもらいますか」
「そうだな。後は、歌か。いつも配信で歌ってるようなのを歌ってくれればいいが。まあいい、私から直接話そう。オニールCEOには会わないといけないと思っていたからな」
俺と社長と副社長、それに室長とで、巧たちを待たせている会議室に行った。社長はグラハムと挨拶を交わした後、巧に、機材を使わせる条件を伝えた。
巧はすぐさま、
「それって、俺だけじゃなくて司もだよな?」
「そういうことになるな。司はどうだ」
「かまいませんよ、僕は。どうせやらないといけないことだったんだし。他の人は収録ってどうなってるんですか」
「健吾も周防もまだだ。これから日程調整だな」
「じゃあ、どうせなら健吾を呼んで一緒に録ろうぜ。あと、ツカズも。どうせお前もデビューするんだし。それとも、もう録ったか?」
「いや、俺はPVとかないから」
「え、何で?」
「何でって、そりゃ俺はただのスポークスマンだからな。いらんだろ」
「PV一人分増えるだけで編集ラインが死ぬんだぞ」
室長が畳みかけるように言う。
巧は室長の言葉はスルーし、
「じゃ、健吾だ。あいつを呼ぼうぜ。仕事終わってからこっちに来させればいいだろ。あいつ、今日、何時終わりだ?」
巧は司に訊く。司はスマホを見ながら、
「メッセは今送ったけど、授業中ですぐには返ってもないかもね?……あ、来た。夕方には終わるって。七時には来られるっていうけど、それからの収録はできるのかな?」
「その辺、どうなんだ?」
巧は俺に訊いてくる。俺は室長を見た。室長はスマホを取りだし、すぐに音声スタッフに確認した。
「オッケーだと」
「だそうだ。あと、お前たちがいつも配信で歌っている歌を録音させてもらいたい」
社長が言うと、巧と司は顔を見合わせた。巧は少しばかり肩を竦めて見せながら、
「あれ、ただの音の羅列にしかきこえないんじゃないのか」
「確かに意味のある言葉には聞こえない。だが、あの音の連なりはかなり印象に残る」
「あれは、歌おうと思って歌うもんじゃないんですよ」
穏やかに司が言う。確か、巧が興が乗ってきたときに歌い出してあの重唱になるのだと司は言っていたか。
俺は二人に無理強いをするようなことになってはいけないと思い言った。
「とりあえず、二人には自己紹介のボイスとか幾つか台詞をとってもらいましょう」
「ツカズのもな!」
巧は変わらず主張する。グラハムはそんな巧を見つつ、
「それでは、二人は今日録音と大会参加のためにここにいる、と。ここの機材をお借りできるということでよろしいですか」
グラハムの念押しに社長が同意を返す。すると、グラハムは立ち上がった。
「ありがとうございます。それでは、二人をここに置いて挨拶回りをしてきます。司、迎えに来てほしいと思ったら連絡をくれ。車を回す」
「わかりました。多分夜になると思いますよ。そのときは健吾くんも一緒になりますね」
「ああ。私からも健吾に連絡を入れておこう。ツカズさん、二人をくれぐれもよろしく頼みます」
そう言ってグラハムは部屋を出て行った。社長と副社長とで会社の外まで見送りに行った。室長も同時に部屋を出たが、こちらは廊下の奥にあるエレベーターに向かっていた。多分、録音の準備に向かったのだろう。
「あの太ったおっさん、一体何なんだ」
巧がこぼすように言う。
「なんか、すっげえ偉そうだった」
「プロダクト室の室長だ。うちが出している映像はすべてあの人の部署が関わってる」
「もしかして、録音もあの人が指示とかするんですか?」
司が静かに訊いてくる。音の指示を出すスタッフはまた別にいるが、室長は立ち会うことはする。そう俺が言おうとする前に、巧が声を上げた。
「えー、嫌だぜ?あんな性格悪そうなおっさんと話とかしたくねえっての。なあ、ツカズも一緒に録ろうぜ。で、間に入ってくれ」
「PVもないのに何を今から録ろうっていうんだ」
「んー、何でもいいじゃん?雑談とか?」
「タレントとして出るお前たちならともかく、俺の雑談に何の価値があるんだ」
「いいじゃん、雑談しようぜ。健吾が来たら健吾も一緒に。よっし、そうと決まったら昼飯何にするか決めよう」
「いや、何も決まってないが」
「いーや、決まった。健吾が来たら四人で雑談な」
巧は上機嫌だった。食事の後、大会までの間に録音するかと思ったが、二人とも大会に向けて社長室でゲームをしていた。その時間帯は二人のことは社長に任せて、俺は今日の収録で二人に喋らせる台詞を前島主任と考えることに集中していたので、社長室の中がどんなことになっていたかは知らない。ただ、時折廊下に出てくる二人は、妙に楽しそうだった。
三時になると、俺は周りに断りを入れて大会を自分のデスクから見学した。巧たちは最後の三組まで残ったが、司が先に、それから巧が落とされて終わった。二人を落としたチームが結局優勝したのだが、どうやら相手はプロだったらしい。
試合が終わった頃合いで、録音スタッフがマネジメント室にやってきた。録音を始められるか様子を見に来たらしい。
「タイミングがいいな。ちょうど試合が終わったところだが」
俺が声を掛けると、向こうは少し苦笑いをした。
「室長に言われて、ずっと試合を見てました。今度うちからデビューするのが、あの三位のチームの人たちなんですよね。凄いですね、うまかったです」
「もしかしてお前さんもVEMをやるのか?」
「いや、ちょっとだけです。主任なんかと比べると俺なんか全然ですよ」
そこへちょうど巧たちが社長室から出てきた。巧は俺を見るなり、完全に上機嫌で声を掛けてくる。
「ツカズ、見たか?三位まで残ったぜ」
「ああ、凄かったな。うまかった。それで、録音、いけそうか」
「いや、これから反省会。社長がちょっとプレイを見てくれるって」
「は?」
俺は社長室の入り口に出てきた社長を見た。社長は俺の視線など構わずに、巧たちにどれくらい休憩は必要かと訊いていた。二人は、十分程度で戻ってくる、と言って廊下に出て行った。
二人を見送ってから、社長は上機嫌そうに俺のところまで来た。
「いい音が録れた」
「は?」
「さっきの試合の間、二人が歌いだすんじゃないかと思って中のやりとりを録音していたんだ。勿論、本人たちの許可をとって。そうしたら、本当に歌った。録音した分はPVで使っていいそうだ。データは後でクリエイティブ室に回しておく。あいつらに何を喋らせるかはもう決まっているな?」
「はい。前島主任と話し合って決めました。副社長と夏代室長の了解もとりました」
俺の言葉に、社長は頷き、自身も部屋を出て行った。
社長が出て行くのを見送ってから、俺の側に立っていた録音スタッフが俺に言った。
「さっき社長室から出て行ったあの二人が、今度ライバーデビューするんですか?さっきの大会で三位だった人たち……?」
「ああ、そうだけど」
「何か、本人たち、メチャクチャイケメンじゃないですか。ガワに負けてないっていうか。あの二人も顔バレしたらそのことで話題になりそうですね」
「顔バレは本人たちは全然希望してないけどな。……ていうか、あの二人も、って何だ」
「え、だって、氷上健吾はあの鴫沢レンとして出るんでしょう。だったらすぐに中身が誰かわかるし、話題になりますよ。周防章なんかそのままだし、そっちも話題になるでしょ。そういうのを狙っての人選だと思ってたんですけど、違うんですか」
「そういうつもりは全然なかったんだが」
健吾を誘ったとき、そこまで考えていなかった。あいつならやれると思った。ただ、それだけだった。
その健吾は、予定より早い六時過ぎに事務所に到着した。何故かグラハムが連れてきた。二人は事務所に着くなり、俺を呼び出し、どこか話ができる部屋を用意できないかと言ってきた。二人は穏やかな表情をしていたが、どこかひりついている感じがあった。というか、グラハムの周りに浮かんでいる光の玉が、午前中に会ったときとは違ってランダムにチカチカとそれぞれ明滅しているのが不穏に見える。
俺はすぐに部屋を用意し、二人を招き入れた。二人が椅子に座るなり、俺は訊いた。
「何かありましたか」
「あった。ツカズさん、あなたは今日、健吾のインスタグラムを見ましたか」
グラハムが切り込むように言う。
「いや、今日はまだ。すみません」
俺はすぐにスマホを取り出し、健吾のインスタグラムにアクセスした。そこの書き込みを見て、グラハムが何を言おうとしているのかがすぐにわかった。
健吾がライバーデビューについてのコメントが並んでいた。
歓迎するものよりも、「V落ち」「女ライバーに近づくな」といった否定的なものが断然多かった。
俺は胃の中が冷えるのを感じた。
健吾たちは、まだデビュー告知すらしていない。
なのに、もう燃えている。




