8 グラハム来社
「司と巧が下に来ています。グラハム・オニールCEOも一緒だそうです」
社長はさすがに驚いている様子を見せた。そうだよなあ、そのうち挨拶に来たいとグラハムが言っていると健吾からきいてはいたが、日程が決まったら事前に連絡が来ることになっていたし。
とるものもとりあえず、俺は受付がある一階に降りた。この建物は元は雑居ビルだったのだが、この事務所が入居するにあたり改装して一階の部屋を幾つかぶち抜き、エントランスを広く作っていた。俺がそこに降りていくと、エントランスにぽつねんと置かれた受付のデスクの前に三人の男性がいた。淡いグレーのスーツを着た白い髪の若い男と、長い黒髪の和装の男性と、そして二人よりも優に十センチ以上は背が高い白人の男と。
白人の大男がグラハムだ。四年ぶりくらいに会うが変わりないように見える。というか、初めて会った二十年前からほとんど変わっていないんじゃないか、この人は。俺より少し年上の筈なんだが、今は年齢不詳の人物だ。
そして気になるのは、グラハムの周りに光の玉がいくつも浮いて見えること。これって、気のせいじゃなくて妖精か?でも何で見えるんだ?
淡いグレーのスーツに白い髪の男は勿論巧だ。巧は受付のデスク越しに身を乗り出すようにして、
「だから、ツカズに会いに来たんだって。あと、社長さんにも。この間、ゲームで一緒になったんだ」
「巧、そんなこと言われても受付の人が困るよ」
苦笑気味に言うのは司だ。無地に見える細かなストライプの着物に上から揃いの羽織を羽織っている。長い髪を後ろで緩く結っているのはいつも通りだが、何で和装?
受付対応をしていたのは若い男のスタッフだった。いきなり現れた美形集団に気圧されているように見える。というか、たまたま通りかかっていたらしいスタッフたちもそれぞれが足を止めて客人三人を見ていた。いや、お前らその間抜け面は何だ。
俺は受付に向かって歩きながら、スタッフに声を掛けた。
「すまん、その三人は俺の客だから」
「あ、そうなんですか、すみません、ありがとうございます、主任」
スタッフは俺に頭をひょこひょこと下げた。こいつもなー、普段はもっと普通にコミュニケーションできるんだが、巧たちの雰囲気に呑まれたらしい。
俺は三人を空いている会議室にとりあえず案内した。歩きながら司が詫びる。
「すみません、突然来て。本当は健吾くんも一緒に来るべきだったと思うんですけど、彼は今日は大学の授業だって。午後もモデルの仕事が入ってるとかで」
健吾はライバーデビューした後も専属モデルの仕事は続けると言い、こちらもそのことは了承している。
「別にそれはかまわないが。ええっと、社長に挨拶に来た、ということでいいですか」
俺はグラハムに確認をとる。グラハムは頷いた。
「健吾のマネジメントを引き受けてくれたことの礼を。そして、この二人も世話になるときいたので」
健吾の話では、この人は、英語を話せない健吾の父親や健吾と話をするために日本語を覚えたということだった。
この人はものすごい低音で屋台骨を支えるような雰囲気のある声をしているのだが、俺みたいに気持ち悪がられたりはしないんだろうな。羨ましい。
俺は言った。
「巧くんはそちらの会社の相談役だそうですね。そんな人を相談もなくライバーに誘ってすみません」
「いや、別にそれはいいんです、彼個人の意思なので自由にすればいい。我々は彼の時間の一部分を契約によって使わせてもらっているだけに過ぎない」
じゃあ何でグラハムが巧のことで挨拶に来るんだ。しかも司のことも含んで言っていた。どういう関係なんだ。自社の役員の友だちは身内扱いか?そんなまさか。
巧がつまらなそうに言う。
「こいつは俺たちの兄貴分のつもりでいるんだよ。だからこういう態度なわけ」
「津和さん、私はこの二人を前から知っている。それこそまだ子どもだった頃から。なので、責任感というか、そういうものを感じています」
「だってよ、司。お前も要注意って思われてるぞ」
「僕は巧のおまけでしょ。いつも巧がやらかしてて、それで僕のイメージも引きずられてるんだよ」
「私に言わせれば、司、お前も十分気をつけてみないといけない。巧とセットで見ているというのは否定しないが、それだけではないのはお前もよくわかっている筈だ」
司は黙って肩を竦めて見せる。
そんな司をそっちのけで、巧はうきうきした様子で俺に言った。
「それでさ、俺たち、今日の午後にVEMの大会に参加する予定なんだけど、社長さんの機材とかここの環境とか貸してもらえないかなと思って」
「は?」
いや、グラハムが挨拶に来たのについてきたのではないのか。
グラハムが重々しく、
「それはお前の用事だろう。私は純粋に挨拶に来たんだが。それと、株主総会までに会議が幾つかあると言っておいた筈だ」
「今日は会議ないから、昼間に大会に出ててもいいだろ?」
意味がわからなくて俺は司を見る。司は少し首を傾げて、
「今週の金曜日がグラハムの日本法人の株主総会で、それまでの間、巧は会社関係の対面でのミーティングとかに出たりしないとならなくてこっちに来ているんです。今日の大会はグラハムのマンションにあるPCを使うつもりだったんだけど、回線の調子があまり良くなくて。それで今日はこちらでお願いできないかと思って」
「会議とかいつもオンラインでやってるのに、直接会うことに意味があるとか何とか言って呼ばれてよ。パーティとかうざいんだよ」
「パーティ」
俺がオウム返しに言うと、司は小さく頷いて、
「ええ。関係者で小さなものをやることになっているんです。グラハムが日本に来たときには関連会社の限られた人を呼んでやるんです。そういうのもあって、僕もこういう格好ですよ」
「司くんも、グラハムの会社の関係者なのか?」
「違います。巧の世話係、かな?」
小首を傾げて司は巧を見たが、巧は司の発言を特に気にする様子もなく、
「お前はそれを着て歩きたいだけだろ?そんなのこっちに送っておいて、パーティのときだけ着ればいいのに」
「それだと着付けに必要なものを持ってくるのを忘れたりしがちなんだよ」
「知るかよ。あ、そうだ、お前も来いよ、ツカズ。今度の日曜日、健吾も来るんだぜ。いいよな、グラハム」
「ああ。スタンも来ることになってるからな、ちょうどいい」
招待状は明日にでも届けさせるとグラハムは言い、それで事は片づいたという風だった。というか、俺、行くとも行かないとも言っていないんだが。
「それで、大会用の機材のことなんだけど。貸してもらえない?」
巧はあっけらかんと言った。俺はため息混じりに、
「それは社長次第としか言えない。それに、こんな時間から大会なんてあるのか。視聴者も学校とか仕事とかで忙しい時間帯だろ」
「大会は三時からだ。で、主催はロサンゼルスにいるんだよ」
あー、それならちょうと向こうは夜の時間か。
俺はもう反論せずに、
「わかった。じゃあ、社長に掛け合ってみる。でも、期待するなよ。一応ここは会社なんだからな。今だって社長室で会議をしていたんだ」
俺はすぐに社長室に行き、事の次第を伝えた。社長は口角を上げ、笑みを浮かべながら言った。
「いいぞ、使わせてやる。但し条件がある。それを呑んだら、だ」




