7 話し合い
夏代室長は副社長に吠えるように言った。
「例の件、外注するためにあらかじめ粉かけておこうと思ってとりあえず今までの取引先に連絡とってみたけど、どこも断ってきたんですよ。納期が短すぎるって。まあ、コンセプトもこれからっていう段階なのに、後ろは動かせないっていうんじゃ無理もないと思いますけど」
「となると、内製ですか」
「そうなりますけど、それには社長の許可を取らないと。あー、もういろいろと忙しいのに!あと、グループのコンセプトとか、PV用の音声をどうするかとか、いろいろ考えないとならないことがあるでしょう」
「わかりました。津和主任、社長は出社していますか」
「まだです」
「じゃあ、起こしてきてください」
俺はため息をついた。
社長はこのビルの最上階に住んでいる。その入り口は電子ロックがとりつけられていて、限られた人間しか通れない。俺が知る限りでは、そこに入れるのは鎔先生と俺だけだ。
俺は最上階に向かう前に、社長に電話をした。社長は起きていた。俺が手短に用件を言うと、すぐに降りる、と答えが返ってきた。
その十分後、社長室に、社長、俺、副社長、前島主任、それに夏代室長が集まり、男性ライバーユニットのデビューに係る諸々について確認があった。確認事項は夏代室長が出してきた。
夏代室長はまず、外注先の目処が立たないことを報告した。
社長はこともなげに、
「じゃあ、内製すればいいだろう。パイロット版で試しに周防章のPVをバイトに作らせてたんじゃなかったか」
「あれは自主制作というか、あいつが好きでやったことですからねえ……。まあそれはそれとして、許可を貰えたんで早速とりかかります。ただ、グループのデビューPV作るにしても全然方針が決まってないんで、そこを固める必要がありますよ。どういう見せ方をするか、それによって音についての方針をどうするか。本当は四人全員出すんでしょうけど、時間もないですし、鴫沢レンという話題性のあるライバーがいるんで、一人ずつ出していくのもありかなと思うんですよね。それだと、まずは鴫沢レンから音を録っていけばいいんだし」
「だとしても、次のメンバーの紹介PVの公開まで間を空けることはできませんよ。もし時間稼ぎのつもりでの提案なら、それは良くないですな。作成するPVの本数だけが増える結果になってしまう」
副社長が言う。夏代室長は天を仰いだ。
「まあ、それはそうなんですけど。でも、鹿鳴にいる二人がなかなかこちらに来られないっていうんですよ。司くんは自分たちで録ったサンプルを幾つか送るって言うけれど、どうせなら直接ディレクションしたいじゃないですか」
「巧は司みたいな働き方はしていないんだろう?一人だけでもこっちに来てもらえないのか」
社長が室長に訊くが、そんな方向に話を持っていけないのだと室長は言った。PVの制作のために夏代室長と司との間でやりとりをしているが、本当に事務的な会話で終わるのだとか。
「もっと打ち解けようと思いながらオンライン通話を始めても、毎回通話が終わる頃には事務的な話で終わってるって気づかされるんだ。何でだ……!」
室長が呻くように言うと、社長が呆れたように言った。
「そりゃお前、そうなるように誘導されてるんじゃないか」
社長のコメントに内心で同意しながら俺は言った。
「多分ですけど、巧は一人では来ないんじゃないですかね。基本的に面倒くさがりというか、それを司がうまく話して動かしている印象を受けました。とりあえず、健吾に相談してみます。ボイスの収録のこととか、巧たちをどうするかも」
「じゃあ、まずは鴫沢レンからお披露目、ということになりますけど、それって本当にいいんでしょうか。ユニット全体のストーリーとどう絡めるか決まってないのに、鴫沢レンの存在だけ前に出したら、後で困りませんか」
前島主任が言うと、室長も頷いて、
「そういうのに触れないでPVを作れないこともないけど、やっぱり映像の屋台骨を支えるものがあった方が後で困らないですよ。津和主任に荷が重いのなら、ストーリーを考えるのは前島主任にお願いした方がいいのでは」
だが、社長は、
「担当は変えない。それは津和に任せた」
「しかし、時間がないんですよ。津和主任だって、前島主任に担当替えになることに反対はないでしょう?」
室長に問われて、俺は答えようとした。が、それよりも先に社長が言った。
「四人のバックストーリーを津和に考えさせること、それも巧から追加で出された条件の一つだ」
初耳だった。俺は戸惑いながら訊く。
「すみません、社長、そんな条件、いつ……?」
「お前たちが鹿鳴から戻ってきた日だな。野良で参加したVEMのトリオ戦でたまたま同じチームになって、そのときに言われた」
「きいてないですよ、そんなこと」
「お前はとうに承知していることだと思っていた。そのようなことを巧も司も言っていた。理由はお前もわかっていることだから、と」
そんなことを言われても、俺には心当たりがない。
室長が鼻を鳴らした。
「そんなの、黙ってればバレないでしょう。前島主任に作ってもらったものを津和主任が作ったことにすればいい」
「司が言っていた。他の誰かに任せれば、それはすぐにわかると。そうなったら、この件から降りると。そして私は、あの二人に降りてほしくない」
「そんなのはただのハッタリですよ」
室長は言うが、俺はそうは思わなかった。巧は俺が一時的にでも妖精を見えるようにしたし、司も魔法は使えると言っていた。
だから、こちらが嘘をつけば、司や巧にはわかるのではないか。
「社長、室長、俺がやります。もし難しければ、そのことを巧たちに言います。二人が納得すれば、他の人に任せられると思います」
「だったら今すぐ二人に連絡をとってそのように言ってくれ。こっちは確実に作業を進めたいんだ」
室長がイライラした様子で言ってくる。室長は映像制作のセンスを買われて社長のスカウトを受け、入社した人だ。社長のゲーム仲間というだけで入社してきた俺のことを軽くみている感じがある。これもその延長線上だろう。
あちらの言葉や不機嫌にこちらが動く必要はない。
そう思って、俺は腹に力を入れ、ただ室長を見返した。室長もぐっと俺を睨んでくる。
とそのとき。俺のスマホが鳴った。
副社長が穏やかに言う。
「津和主任、スマホが鳴っていますよ」
「あ、すみません」
言いながら、俺はポケットからスマホを取りだし画面を見た。そして、一瞬で固まる。
「……何で?」
「どうした」
社長に問われ、俺は言った。
「司からです。電話、出ていいですか」
社長は頷き、他の三人も興味津々という風に俺を見る。俺はその場で電話に出た。
「もしもし?」
「あ、すみません、ツカズさん。司です。実は今、事務所のビルの前に来てるんですけど。……あ、巧、待って。ツカズさんに迎えに来てもらうから。グラハムも、待って!」
「グラハム?」
思いがけない名前に、俺は思わず訊き返した。
「あ、はい。グラハムが日本に来ていて、ツカズさんとか社長さんに挨拶に来たいと言い出して。すみません、僕も中に入ります」
「わかった、俺も今すぐ下に降りる」
俺は電話を切り、椅子から立ち上がった。社長が訊いてきた。
「どうした」
「司と巧が下に来ています。グラハム・オニールCEOも一緒だそうです」
社長はさすがに驚いている様子を見せた。




