6 過去と未来を結びつける
「いらっしゃい!芦原監督と北田さんも、ようこそおいでくださいました。食事をしながら今後のことについて話していきましょう」
鎔先生はにこやかに俺たちを出迎えた。
「今後のこと……?」
健吾は呟いて俺を見た。まあ、気持ちはわかる。俺だって社長からはっきりとはきいていないし。
「社長、例の件は了解を得られたっていうことでいいんですよね。健吾のライバー名のこととか」
「あらあら、津和くんに話してないの?」
呆れたように鎔先生が社長を見た。社長は面倒くさそうに、
「炎上騒ぎで話すタイミングがなかった」
「まあ確かにそういうこともあるんでしょうけど……」
鎔先生は心配そうに芦原監督たちを見た。芦原監督が大きく頷いて、
「大丈夫ですよ、話はついているんで。それより、食事にしませんか。腹が空いてしょうがない。あ、これ、うちの家内からの差し入れです」
「私の方は、ケーキを持ってきました。すみません、甘党なもので」
北田は紙袋を両手で捧げるようにして鎔先生に渡す。鎔先生はにこにこで、
「ありがとうございます。冷蔵庫に入れますわ。じゃあ、食事を始めましょうか」
ダイニングのテーブルの上にはオードブルが既に並べられていた。思い思いの飲み物を片手に食事が始まった。とはいえ、酒はない。
料理がなくなってきた頃に、鎔先生が棚からクリアファイルをとってくると、それを渡しながら社長に言った。
「そろそろ甘いものに移りましょうか。ケーキを持ってくるわね。で、祷子はこれを氷上さんに」
「そうだな。健吾、お前さんのライバー名とキャラクターデザインが固まった。お前が嫌だと言ったら、また新しく考えるから、そこは遠慮しないでくれ」
そう言う社長に、健吾は芦原監督たちを気にしながら、
「それは……あの、監督たちは僕のデビューの件、ご存じということでいいんでしょうか」
「勿論、相談済みだ。まあ、これを見たらわかる」
社長はクリアファイルからA4の紙を一枚取りだし、健吾に渡した。健吾はそれを見て大きく目を見開く。
「これって……!」
「お前のライバー名と、ガワの最終稿だ。お前が嫌でなければこれで行きたい。どうだ」
「嫌じゃないです。愛着はあるし。でも、いいんですか、これ」
健吾は芦原監督たちを見る。監督たちは頷く。
健吾の戸惑いは当然だろう。その紙に書かれているキャラ名を知っている俺はそう思う。
鴫沢レン。
健吾がかつて演じた、ナイトレイヴンの登場人物で、健吾の当たり役だ。
「ツカズさん、知ってたの?僕のライバー名がどうなるか」
健吾は、隣に座っていた俺に紙を見せながら訊いてきた。健吾のガワの最終稿は俺も初めて見る。ベースは今の健吾だが、あのナイトレイヴンの鴫沢レンが着ていそうな服装にしてある。
「社長からきいてはいた。権利関係があるから、許可が出るかどうかは疑問に思ってたが」
社長が言った。
「勿論、ナイトレイヴンの鴫沢レンそのままじゃない。同じ名前の別人という設定だ。本当はそのまま鴫沢レン本人でやらせてもらえたらと思ったんだが、それは難しくてな」
「社内でもいろいろ話し合ったんだが、別の世界線の鴫沢レンという感じで行こうということになったんだよ」
芦原監督が言う。
「誤解しないでほしいんだが、権利関係のことだけでそうなったわけじゃないんだ。せっかく健吾が新しいことに挑戦しようとしているのに、昔の当たり役を引きずるっていうのは違うんじゃないかと思ってね」
「そうだ。我々としても応援したいという気持ちがあって、それで一ノ瀬社長の提案にどこまで乗れるか考えたんだよ」
北田も言った。
「それに、健吾は一人でデビューするわけじゃないときいたし。グループの他のメンバーとの釣り合いを考えても、一人だけ大きな設定が既にあるというのは良くないと思ったのでね。まあ、ナイトレイヴンのファンが勝手に想像するのはさせておけばいいさ」
「津和、そういうわけだ。ライバー達の設定を考えるのに、ナイトレイヴンのことは脇に置いておいていい。広報のときも、ナイトレイヴンとは無関係であることを貫け。いろいろ訊かれても、うまく黙殺しろ」
俺は頷いた。わかっていたことだが、グループでデビューする以上、メンバー全員共通の世界観でないとならない。しかし、健吾は鴫沢レンの設定がある。そのまま使えないにしても、これは大きい。そして周防章は本人としてデビューする。鴫沢レンと周防を絡めるのだけでも難しいのに、更に巧と司がいる。二人のキャラ設定は全くの白紙だが、あの二人には、Twitchでやっているあの独特の言葉での配信と歌のことがある。あれとうまく関係づければ独特の世界観が構築できるだろうが、そうなると、健吾や周防とどう絡めるかという問題が出てくる。
俺が余程浮かない顔をしていたのだろう、北田が言った。
「もしお困りなら手を貸しますよ。勿論、仕事として、ですが」
「それは津和が本当に音を上げたらご相談させていただきます」
すかさず社長が言う。俺は頷いた。ナイトレイヴンの脚本家に参加してもらった場合、そのことが明るみに出たときに、今回のプロジェクト全体に必要以上にナイトレイヴンの色がついて見える。それは避けたい。
その後の時間は和やかに進み、終わった。芦原監督と北田は社長や鎔先生相手にいろいろと仕事の種らしき話を持ちかけていた。社長は淡泊に、鎔先生はにこにこと笑いながら話をきいていた。
そして週明け、健吾のライバー名と追加デザインが、前島主任を通じてプロダクト室に渡された。
俺はといえば、情報漏洩の出元を探っているスタッフからの報告をチャットやメールで受けながら、自分のデスクで事務所に対するネット上の炎上の様子を確認していた。法的措置をとると公式Xで表明した効果が出たのか、事務所に対する攻撃はかなり減った。ただ、うちのアカウントに直接攻撃してくる者がいなくなっただけで、いろんな掲示板等でぶつぶつと文句を言っている層がいるのは気になった。このままおさまればいいが。
と、前島主任が俺に遠慮がちに話しかけてきた。
「津和主任、ちょっとご相談があるんですが」
「何でしょう」
「プロダクト室から、PVを外注するにしてもコンセプトが見えないと出しにくい、と。話し合いをしたいんですけど」
「あー、すみません、俺のせいですよね」
デビューする四人の設定ができていないからだ。
「いえ、まだPVですから、そんなにそれを全面に出す必要はないです。名前とビジュアルと声を乗せられれば。ただ、夏代室長は、それはそれとしても話し合っておきたい、と」
と、マネジメント室の入り口から大きな声がした。
「もう話にならないから直接来たよ!」
プロダクト室の夏代室長だった。俺よりも年上で、前島主任とほぼ同世代の肥満体の男だ。俺はこの人がいらいらしているところしか見たことがない。
前島主任が、部屋の入り口まで出て行った。
「夏代室長、先ほどの話は終わったんじゃないですか」
「さっきの話とはまた違うんだよ。これはちょっと社長と話さないと。社長は来てるの」
「どうかされましたか」
廊下を通りかかった副社長が部屋に入ってきた。夏代室長が吠えるように言う。
「どうもこうもないですよ。例の件、外注するためにあらかじめ粉かけておこうと思ってとりあえず今までの取引先に連絡とってみたけど、どこも断ってきたんですよ」




