5 キーパーソン
名瀬社長がインターフォンの前で話していた。
「鎔先生、また来ます」
名瀬社長は話し終えると、振り返った。これはやばい、と思ったときには目が合っていた。
俺がどう反応しようか迷っていると、向こうが言ってきた。
「あなたは、一ノ瀬社長のところの」
「どうも。えっと……」
「鎔先生のところのお客さんというのは、あなたのことですか。そちらは?」
名瀬社長が俺の後ろにいた健吾に目を向ける。健吾は軽く会釈をした。俺は健吾に目を向けさせなくて、前に出た。
「すみません、約束の時間があるので」
「そうですか、でも少しいいですか。そちらの事務所から男性ライバーがデビューするとかいう情報がネットに流れてますけど、あれは本当のことですか」
「すみません、俺は何も言えません」
「なるほど。それじゃ、シンクロニシティ・レッスンのことはどうなっていますか。あなたは、鎔先生を助けて続きを考える、と言っていたでしょう」
確かに俺は前回このマンションに来たときにそう宣言した。が、鎔先生の部屋のインターフォンのカメラは切ってあったし、名瀬社長はインターフォン越しに俺がそう言ったのをきいただけだ。誤魔化せるのではないか。
「何のことを言っているのか」
「その声。インターフォン越しに聞いただけだが、間違えようがない。あの日、一ノ瀬社長に、鎔先生を助けてシンクロニシティ・レッスンの続きを考える、と言った」
即座に言い返された。どう言い返すか俺が脳味噌をフル回転させていると、後ろから声がした。
「津和、健吾、二人して何でこんなところで立ち止まってる」
うちの社長だった。年配の男性を二人ほど連れている。二人はそれぞれビニール袋や紙袋を提げていた。
その男性たちを見た健吾が驚いたように声を上げた。
「芦原監督?それに北田さんも?」
「おお、健吾。久しぶりだなあ」
男性二人のうち、ふくよかな方が満面の笑みで言った。
「15周年イベント以来か。本当にイイ男に成長したなあ」
「監督、白々しいですよ。健吾くん、監督は君が載ってるファッション雑誌、毎月チェックしてるんですよ」
もう一人、痩せぎすの男性が言った。監督、と呼ばれた男性が照れ笑いを浮かべる。
「あれは孫が買ってるんだよ。健吾のファンで、同じような着こなしができないかってしょっちゅう考えてるみたいなんだが、儂に言わせれば、全然スタイルが違うんだから諦めろ、ってなもんだ」
健吾は少し恥ずかしそうに笑いながら、
「ありがとうざいます。えっと、お二人は今日はどうして……?」
「一ノ瀬社長に誘われてな。鎔先生に会いにきた」
健吾は問いたげに俺を見た。いや、俺は知らん。今日は、健吾のライバー名やキャラクターデザインについて鎔先生と話しにきた筈だが。というか、そもそもこの二人は誰だ。
一ノ瀬社長は名瀬社長を睥睨した。
「うちの社員と弟子が何か?」
「弟子?」
名瀬社長が怪訝そうに訊き返す。一ノ瀬社長は鼻を鳴らし、
「ゲームの弟子だ。そっちの津和も弟子だがな」
「確かに社長の薫陶は受けましたね」
俺は出会った頃の社長のしごきを思い出しながら言った。
「それで、そちらは?」
監督が不躾な視線を名瀬社長に向けた。名瀬社長は唇を引き結び、黙って立ち去った。それを見送って、一ノ瀬社長が鼻を鳴らす。
「あいつ、鎔に会いに来たのか。何の用だったかわかるか?」
「何の用かはわかりません。シンクロニシティ・レッスンのことを訊かれましたけど」
すると、痩せぎすの男性の方が興奮した様子で言った。
「シンクロニシティ・レッスン!いいですね、私、あの続きが気になっているんですよ」
「おや、職業病ですか?北田さん」
監督が茶化すように言う。俺はこの二人が何者なのかわからないまま、取り残されたような気分になっていた。
そんな俺に気がついて、健吾が言った。
「こちら、ナイトレイヴンの芦原監督と脚本を担当した北田さんです」
なるほど。この二人は、健吾のライバー名とキャラクターについてのキーパーソンだ。社長が呼んだのだろう。ということは、良い結果が出たということでいいのか?
「とにかく、中に入ろう。鎔が待ってる」
スマホで何やらメッセージを送っていた社長が言った。




