4 炎上
うちの事務所から男性ライバーがデビューするらしい、という情報がネットに流れたことが原因で、うちの事務所はネットで炎上した。事務所の公式XとYouTubeの公式チャンネルにアンチコメントが殺到した。
アンチコメントのほとんどが、女性ライバーの近くに男性ライバーを近づけるな、というもので、予想はしていたが、まさかここまで燃えるとは思わなかった。
社長は事態を知ると、すぐさま俺と副社長と前島主任を社長室に呼び、四人で会議が始まった。
皆が椅子に座るなり、社長は言った。
「事態の沈静化がまずは必要だな。とりあえず、悪質なコメントに対しては法的対応をとることをXで流せ。情報の出所も洗え。それと、タレント達のケアだ。タレント達は大丈夫か?」
そこは俺の領分だ。
「皆と話しました。柳沢が少し不安定になっていましたが、それ以外は大丈夫そうでした」
「それは、あの新人四人も含むということでよいのですかな?」
副社長に確認され、俺は即座に答えた。
「勿論です。寧ろ、彼らにはねぎわられました」
健吾は心底心配そうに、周防は少しうすら笑いを浮かべながら、司はいつもと同じほほえみで、そして巧は何故か口元をにやつかせながら、俺はねぎらわれたのだった。
副社長が少し考え込むようにしながら言う。
「今後デビューしたら彼ら自身が大変になるんですが、そういった想像はできているのでしょうかね」
「大丈夫でしょう。健吾と周防さんは元々芸能人ですし、司と巧は今までTwitchで変なのに絡まれたことがあると言っていたので」
「そうですか。安心しました。津和主任は大丈夫ですか」
「俺、ですか?」
問われた意味がわからず俺がきょとんとしていると、前島主任が横から、
「津和主任もデビューするでしょう」
「俺は大丈夫ですよ。アイドルとして出るわけじゃないし、攻撃対象にはならないでしょう」
すると、心配そうな表情をして前島主任は副社長を見た。副社長は少し肩を竦めて見せた。
「まあ、いざとなったらあなたは一人ではないので、安心してください。それで、新人たちが動揺していないのは良いこととして、デビューの件、次はどうしますか。不退転、は良いとしても、タイミングをどうするかというのはあります。少し先に延ばすか、予定通りいくか」
「社内報では、来月デビューとしか言っていない。来月末までまだ一ヶ月半はある」
社長の言葉に、副社長がすぐさま訊ねる。
「それだと、PVを流すタイミングはどうしますか」
「そうだな……来月最終週の最初にPVを流し初めて、最終日にデビュー、でどうだ」
「でしたら、PV用の素材をもっともらわないと困ります。プロダクト室からクレームが来ています」
前島主任が言う。
「特に、キャラクターの絵については氷上健吾の分が。彼のライバー名も未定ですし」
すると、社長が言った。
「それについてはほぼ整った。津和、この土日のどちらかで健吾を呼び出せないか。VTuberとして使う名前とガワの件で本人と話をしたい」
場所は鎔先生のマンションということだったので、ようやくデザインができたのかと俺は思いながら、健吾に連絡をとった。土曜日の午後に来てくれることになった。
土曜日、約束の時間の10分前に最寄り駅で待ち合わせる。現れた健吾はいつものようにありふれた服を身に着け、帽子とサングラスで顔はほとんどわからないようにしていたが、しかしそのスタイルの良さで際だっていた。
二人で連れ立って歩く。健吾が少し疲れているように見えたので、俺は眠れているかと訊こうとしたが、それより先に健吾が俺に聞いてきた。
「事務所、炎上してるみたいだけど、大丈夫ですか」
「大丈夫だ。それよりお前、最近、眠れてるか」
「眠れてますけど、どうして」
「いや、なんか疲れているように見えてな」
「それは最近、ゲームをやる時間が増えてるからじゃないですかね」
「ゲーム?何か面白いゲームでも見つけたか」
俺が訊くと、健吾は苦笑した。
「違いますよ。FPS、最近、社長さんにしごかれてるんです。ゲームの配信とかしないとならなくなったときのために、って」
「そいつはまた……。社長のしごきはきついだろ」
「的確なコーチングをいただいていますよ。それにしても、社長さん、凄いですね。還暦越えてるんでしょう」
「ああ。それであの視力と集中力と反射神経だからな、恐れ入る。でも、ほどほどにしておけよ。ゲームに時間を割きすぎて、人間関係疎かになるとまずいからな。ほら、榊木さんのこととか。巧くんが彼女をVEMに誘ったのだって、気を利かせてのことだったんだろう」
今の会社に入る少し前、社長と大会に出るために仕事から帰ったらすぐにゲームにログインして大会に向けて仕上げていた結果、当時の彼女を他の男に寝取られてしまった俺からの助言だ。有り難く受け取れ。
俺の言葉に、健吾は小声で言った。
「巧さんのやったこと、僕は許すつもりはありませんから。それと、ツカズさん、人の耳ってどこにあるかわからないものですよ」
「すまん。そうだな、お前は目立つからな」
確かに、さっきからすれ違う人たちの視線が気になっていた。すれ違う人々がちらちらとこちらに視線を送ってくるのだ。健吾は変装みたいにしてきたが、あまり効果がなかったらしい。
「なんかお前と一緒にいると、人の視線が飛んでくるよな。今日みたいに顔を隠してても、お前はいつも目立つんだな」
「今見られてるのは、僕のせいじゃないと思いますけど」
「他に理由があるか。俺が一人で歩いているときには、こんなに人に見られることはなかったぞ」
「それって、黙って歩いてるからでしょ。今は話しながら歩いてるから、みんなツカズさんの声をきいてこっちを見てるんですよ」
「まさか」
「まさか、って。ほんとに、ツカズさんって、自分の声を過小評価してますよね。そんなのでデビューして大丈夫ですか?」
「大丈夫か、ってどうなるっていうんだ」
「だから、身バレとか」
「俺はただのスポークスマンだからな。バレても特に問題ないだろ」
「そうかなあ……」
健吾は心配そうに言う。前島主任も心配しているようだったが、俺はピンとこない。まあ、スポークスマンだから、事務所の立場で喋ることになり、そのせいでリスナーのヘイトを買うことになるかもしれないが、仕方がない。そこは避けては通れない。なのに心配してどうするんだ。
そんな話をしているうちに、鎔先生のマンションに着いた。俺は、エントランスに入ろうとして足を止めた。
インターフォンのパネルの前に立って、一人の男性が話していた。
ウミツグリの名瀬社長だった。




